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16.エリザベスとストーカー


 月に一度の約束の日。

 前回家に帰ったときから、あっという間に一ヵ月が経ってしまった。


 もちろん家に帰って、義父や妹のルナに会えるのは嬉しい。

 けれど、先月から何も進展がないことを突き付けられているような気がして、エリザベスは憂鬱だった。


 貴族のマナーを教えてくれるレイフォードは、ワルツの練習をするための段取りを組んでくれている。

 リリーシアたちは、恋愛の経験が足りないエリザベスに熱心にアドバイスをしてくれる。

 自分を卑下するつもりはないが、平民として育ったエリザベスを快く思っていない生徒が多くいる中で、手を差し伸べてくれる人が側にいるのは幸せなことだと感じている。


 それなのに、エリザベスの力不足でちっとも進展がない。

 手を貸してくれる人たちに対して、そのことが申し訳なかった。


 ハートレイ男爵にも探りを入れられてしまったし、変な横やりが入る前にどうにかしたい。

 アドヴィス家の三男なんて絶対に嫌だ。

 貴族学校自体は三年間あるけれど、卒業までいられると思うほどエリザベスは楽観視できなかった。


(……あ~~また女将さんに「どうだ?」って聞かれたら、何て答えよう……)


 先月尋ねられたときは笑って誤魔化したけれど、女将さんには出来るだけ心配をかけたくない。

 でも嘘もつきたくない。


 あああ……と項垂れながら、酒場に着いたエリザベスが扉に手をかけたとき――……



「みぃーつけた」


 後ろから男の低い声が聞こえて、ぞわっと背筋が凍る。

 勢い良く振り向いたエリザベスの前に、全身真っ黒な格好の背の高い男が立っていた。


「ザイールさん……」


 知り合いであることに安堵したものの、警戒は緩めない。

 エリザベスは今、頭からフードの付いたマントを被っている。なんで気付いたんだと思いつつ、同時に彼ならばと納得した。


「エルザ、ようやく見つけた。……なあ、知らないうちに貴方が酒場を辞めて町から姿が消えて、どれだけ俺が驚いたか分かるか?」

「……」


 早速繰り出される重い発言はとりあえず聞かなかったことにする。

 人目を避ける必要がある仕事柄なのか彼の趣味なのかは知らないけれど、黒のシャツに黒のスラックスに黒の靴という全身真っ黒な格好。

 それに、何て返すのが正解なのか分からない反応に困る言葉。

 エリザベスが知っているザイールのままだ。


「ええっと、お久しぶりですね。一年ぶりくらいですか」

「九ヵ月と十二日ぶりだ。なんで俺に何も言わず急にいなくなったんだ?」


 咎めるような顔で恨めしそうに見つめるザイールに、エリザベスは「あはは……」と愛想笑いを浮かべる。


 懐かしい。

 この感じ、全然変わってない……

 この男は、酒場で働いていた頃のファンという名のストーカーだった。



 なんでザイールに何も言わずにいなくなったのか。

 そんなの、ザイールとエリザベスの関係が、客と従業員の関係だからに決まっている。

 エリザベスが実は貴族の庶子で、男爵家の都合で急きょ引き取られることになった。……なんて誰彼構わず話してまわる話でもない。

 何よりエリザベスはザイールに告げる必要性を感じていなかった。


 でもこのストーカーは違ったらしい。


「女将に聞いても何も教えてくれないし、一向にエルザの行方は分からないし……何度実力行使に出ようと思ったことか……」

「……でも、無理矢理聞き出してはいないのよね?」

「ああ」

「……家族にも話しかけてないのよね?」

「ああ。それが貴方との約束だからな」


 ザイールの言葉を聞いてエリザベスは安堵する。

 ザイールがエリザベスのファンなのだと知り、そして彼の職業を知ってから、エリザベスはザイールによくよく言って聞かせていた。


 ――エリザベスが家にいるとき以外はもう、好きに見てもらって構わない。

 ――その代わり、家族には接触せず、職場の人たちには迷惑をかけないでほしい。


 粘着質そうなこの男に、そもそも見るなと言うのは諦めていた。

 それに、行動を抑制しすぎて強硬手段に出られても怖い。

 ザイールはその条件を承諾し、結果としてエリザベス公認のストーカーとなっていた。


「それなら良かったわ」


 エリザベスはニコッと笑みを浮かべる。

 ザイールならきっと約束を守ってくれると思っていたし、それに彼がその気になればエリザベスの居場所くらい自力で調べられるだろうとも思っていた。


「まさか貴方が男爵家にいて貴族学校に通っているとは思わなかったから、突き止めるのに時間がかかった」

「やっぱり……もう知ってるのね」


 予想通りすぎて呆れるエリザベスに対して、ザイールは悲しげな表情を浮かべた。


「なんで俺に言ってくれなかったんだ? 自分から望んで男爵家に行ったわけではないんだろう?」

「それは……」


 ザイールに相談するという選択肢が全く頭に浮かばなかったからなのだけど、それを本人に言ったらどう思うだろうか……

 言い淀むエリザベスをじっと見つめたまま、ザイールは真剣な顔で言った。


「エルザ、俺なら貴方をハートレイ男爵家から連れ出して、貴方の家族も一緒に逃がすことができる」

「え……?」

「俺にそれを許可してくれないか、エルザ」


 真っ直ぐにエリザベスを見つめる深い藍色。ザイールの魅力的な提案に、エリザベスの心は揺れる。

 ハートレイ男爵家に引き取られるとき、エリザベスだって逃げ出すことを考えなかったわけじゃない。

 でも、義父は病気を抱えて自由に動ける体ではなかったし、逃げるにしてもそもそも行く場所がなかった。

 だから抵抗せずに素直に男爵家に行き、少しでも自分に有利な条件を得られるようにしたのだけれど。


「……でも、やっぱりダメよ。一度逃げたら捕まることを恐れて生活することになるわ。私はともかく妹にそんな負担をかけさせたくない」


 エリザベスが溜息をついて首を横に振ると、ザイールがなおも食い下がる。


「大丈夫。捕まる心配なんてさせないから」

「どうやって?」

「俺がハートレイ男爵家の奴らを皆殺しにする」

「……」


 ――……こ……っ……怖ッ!! 発想が怖すぎる!!


 ただ、ザイールの職業を知っているエリザベスは、その言葉が出まかせではないことを知っている。

 エリザベスが望めばザイールは本当にやる。

 やるったらやる。


「……私、そんな罪を抱えて生きられないわ……」


 もしもの未来を少しだけ考えて、自分にそれは無理だとエリザベスは肩を落とした。





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