足りないもの
「(負けちゃいましたね)」
「(制限のある試合の中とはいえ、強かったね)」
「(仕方あるまい。実戦形式で真姿のクロとアンナが共闘するのは初めてなんだろう? 呼吸の合わせ方、互いの意思の汲み取りや攻撃範囲、可動能力の把握、どれをとっても初回で全て身につけられるものじゃない。他者と組んでの戦いに対する、単純な経験の差だ。こればかりは私とてどうしようもないぞ。
クロは誰かを乗せて戦う経験、アンナはそれに加えて魔法を交えた空中戦の経験もほぼゼロ。古竜の力を使わず、相手の条件に合わせての戦いなら必然の結果だろう)」
竜舎の中。
ラカス、アリカナージとの一戦を振り返る。
模擬試合はあの後更に互いに一回ずつ攻撃を当てて二対二となるも、最後はラカスの攻撃を受けてアリカナージの勝ちとなった。
別に勝敗にこだわるつもりは無かったが、やはり負けるのは悔しいものがある。
しかし遠巻きに自分たちの戦いを見ていたライカが分析した評価を聞いて納得する。
野生に身を置き、200年に渡って時間を重ねてきたライカでさえ難しいと言うのだ。
戦いながら肌で感じた自分の感覚は正しかったということだろう。
「(今後もクロが己を隠して戦う必要が多くなると言うならアンナとの連携は必要かもしれんが、地力が既に埒外なのだ。気にする必要は無いと思うがな)」
「(確かに、こういうパターンは稀かもしれないけど、幅は広げておいた方がいいと思うんだよね)」
「(そうですね。これからも人間の町は回るでしょうし、一時的にとはいえカガミさん達と行動を共にするならそうした場面が無いとも限りません)」
その場限りの相手で、どうでもいい奴なら遠慮などしない。
アリカナージのようにこちらを知っているならまだしも、一期一会でこちらを知らないのであれば怪しまれたって問題ないわけだ。
今回アンナは魔法での自己支援は行ったがアーティファクトは使っていないし、自分も周囲に知られないようにする星術はあるが使用しなかった。
古竜種という正体をラカスが知っていたこと、そしてそれでも正面から戦うという真摯な意思で対峙してくれた相手。その気持ちを前に、こちらも力ではなく技術で受け止めようと思ったこと。
スポーツマンシップなんて今更かもしれないし、何を言っても言い訳にしかならないが、経験不足を理解していながら相手の土俵に乗ってしまったのだ。敗因をあげるならそういうことになるだろう。
「(私ならある程度思考が読めるからな。一方通行にはなるが、合わせて動くことはできる。今度私とも組んでみるか?)」
ライカは背中の上でフフンと面白そうに言う。
それを聞いたアンナはちょっと不服そうだった。
「(それはそれで面白そうだけど、ライカは一人でも強いじゃん。僕と組む必要はあんまりないと思うけどね)」
「(別に強くはない。生き残る術を、お前達より知っているに過ぎない。クロの言う戦いの強さとはまた少し違うぞ)」
「(それにしても、アリカナージさんの臨機応変に動ける技術も凄かったですけど、ラカスの最後の隠し玉も凄かったですね)」
「(あーアレね。僕もまさかと思っちゃったよ)」
◆
「本当に、あの時思った通り、アンナ、あなたやるわね」
「……!」
アリカナージは大きく羽ばたくラカスの上からアンナを見つめる。
その視線を、アンナは正面から受け止めた。
三回攻撃を当てれば勝ち。
こちらも向こうも、有効打は一回ずつ。
「(ラカス達は場慣れしてる。模擬戦だとしても数をこなしているからね)」
「(それだけじゃないですよ。アリカナージさんは幼少から飛竜と触れ合っていたそうで、空中での立体的な視野が他の学生たちと比べて飛びぬけています。上下左右の急激な動きにもすぐに対応できるので、ラカスが激しく動いても動じずに攻撃に転じられるのだとか)」
「(尚更今の僕達じゃ無理かなぁ……アンナは僕が今より速度上げても攻撃できる?)」
「(ライカさんが動きながらの練習に付き合ってくれたので攻撃自体はできますけど、これ以上速く動かれて、相手もあの速度で回避してきたらいくら先読みしても当てるのは難しいです)」
自分も相手も高速で動き回る中での弓矢による正射はほぼ神業と言っていい難度だ。
偏差を考えるにしても今のアンナではまだまだ経験が足りないし、ましてや相手は空中を自在に飛び回る飛竜。
アンナに任せるだけではなく、別の手を考えた方がいいだろう。
「(今度は僕が仕掛けてみるよ)」
「(わかりました)」
グンと加速してラカスに正面から迫る。
ラカスは慌てるでもなく、こちらとの間合いを測るようにじっと自分を見据えた。
一気に距離が縮まり、こちらの攻撃が届くまで残り10数m。
アリカナージの動きを気にしつつ、ラカスの体に狙いを定め、叩き落として勝負を決めるべく体と前足に力を込める。
(今!)
そう思う一瞬前。
ラカスが後方に向かって大きく羽ばたく。
間合いを測って攻撃を準備していた自分は、間合いが開くことで一呼吸分タイミングをずらされる。
その間隙、カウンターを狙ったアリカナージの長大な突撃槍が掬い上げるように振られた。
「(ッッ!!)」
ブウンという風圧が鼻先を掠める。
先端を潰した槍による切り上げを首を曲げて回避。
(なら!!)
首を曲げた方向に進行方向を変え、その流れでラカスの胴に尾撃を見舞うべく撓らせる。
しかし、カウンターをアリカナージに任せ、回避する事のみに専念していたラカスは、尾による追撃も躱して見せた。
「(これも当たらないか! ……!)」
距離を取るべく反転したところを、アリカナージの魔法が追ってくる。
アリカナージも回避は全てラカスに任せることで、自分自身は隙を窺うことだけに集中しているようだ。
追撃に迷いが無く、タイミングも申し分ない。
「……! 〝風よ巻け〟っ!!」
背を狙った水弾。
それを見たアンナが咄嗟に叫ぶ。
途端に迫っていた水弾が弾けて霧散する。
「(おお! 使えるようになったんだ)」
「(ふー……はい。攻撃にとなるとクロさんのアーティファクトには全然及びませんし、使えるのはこれだけで……それにまだまだ制御が慣れてなくて失敗することもあるんですけどね)」
恐らく風の四象魔法。
突風を巻き起こして攻撃を散らしたのだろう。
「(いいじゃんいいじゃん。ここまで実戦に近い状況で試せることなんてなかなかないし、いい練習になるよ)」
「(が、頑張ってみます)」
戦いながら魔力を制御して発動させる。この経験があるのとないのとでは大きいだろう。自分が星術を制御できるようにする時もそうだった。
ヒュッと旋回し、体勢を立て直す。
ラカス達も深追いはしてこないようで、遠巻きにこちらの動きを追っている。
「(さて……)」
どうするかと思った矢先、ラカスが向かってきた。
背のアリカナージも身を屈め、加速する構えだ。
「(来たよ!)」
「(はいっ!)」
アンナはすぐさま矢をつがえると、そのまま弦を離した。
しかしラカスは避ける素振りを見せず、そのまま突っ込んでくる。
(!)
アリカナージが一瞬口元を隠すと、ラカスの前方に水が現れる。
アンナの撃った矢はパシャンと水に遮られて勢いを失った。
今度はラカスに代わり、アリカナージが防衛役か。
加速を続けるラカスはすれ違いざまに一撃入れるつもりのようだ。
(……! なら、受けて立つよ!)
突進しながら前足を構えたラカスに対し、こちらも前足を突き出す。
そのままの勢いで正面から激突した。
「……っう!?」
ドシンという衝撃でアンナが呻く。
しかしほぼ体当たりと言っていい状況にも、アリカナージは動じていなかった。
「(俺っちだってやるときゃやるッスよ!)」
「(……! こっちだって!)」
ラカスの闘志漲る視線と、自分の視線が交わる。
ギリリという鬩ぎ合いも僅かな間だった。
ラカスは押し合いになるとすぐに力を下方に逸らし、体を潜り込ませるように沈めた。
その時を待っていたというようにアリカナージの長槍が振り下ろされる。
「(ッ!!)」
ゴッという鈍い衝撃が頭を襲った。
痛みもほぼ無いし、攻撃というには甘すぎるものだったが、一撃は一撃だ。
当たったと思った瞬間には、ラカスが離脱の態勢を取っていた。
(行かせるか!)
体を潜らせるように捻らせているラカス目掛け、後ろ脚で踏みつける。
「(アデッ!?)」
ラカスの首に当たった後ろ脚での蹴りに、ラカスが戸惑った。
これで二対二。
後一手。
そう思った瞬間、アンナからギギッという音が聞こえた。
弦を引き絞る音。
「(……!)」
何も知らせていなかったが、アンナはアンナで隙を伺っていたらしい。
蹴りで体勢が崩れたラカス目掛け、矢が放たれる。
しかしアリカナージもそれを捉えていた。
長槍の穂先が、至近から放たれた矢の軌道を遮る。
「(……惜しい!)」
自分から見てもアンナの攻撃は申し分ないタイミングだった。
しかしアリカナージの反応の方が速い。
これは一度距離を取るべきと判断し、翼を開いた。
が。
「(俺っちだってぇ!)」
体勢を崩していたラカスが、首だけぐるりとこちらを向くと、その顎を開く。
次の瞬間。
「(しまっ───!)」
ラカスの口元から放たれるブレス。
それも飛竜の中では厄介な方に分類される、毒ガスタイプ。
ボボっという音と共に白煙が自分の顔を覆う。
「(あだーー!?)」
凄まじく染みる煙が目に入り、視界を奪う。
模擬戦だからと加減したのか、まだ幼竜の域を出ないからかはわからないが、量は少なかったためアンナに被害が出ることは無かった。しかしダイレクトに顔に浴びてしまった自分は悶絶する。
「そこまで! 勝者アリカナージ!」
痛みで目が開けられない状況だったが、アラミルドの声は聞こえた。
毒ガスブレスの一撃が三本目と判断されてしまったようだ。
「(ヒャッホー! やったー! クロさんに勝ったッスよー!)」
喜ぶラカスの声を尻目に、静かに着地する。
アンナが背中から心配そうに呼んできた。
「(大丈夫ですか!? クロさん!)」
「(むー。大丈夫。大したことないよ。でも、これはやられたなぁ)」
すぐさま星術で解毒して治したし、毒自体も強烈なものではないので大事には至らない。致死性の猛毒というよりも催涙ガスのような感じだった。成長すると毒の濃度や強度も変わるらしいので油断はできないが……。
今くらいのものなら仮にアンナが浴びてしまっても命に係わることは無いだろう。
しかし悔しさは込み上げてきた。
ラカスとアリカナージの技術に舌を巻き、アンナとの連携に意識が行き過ぎて、ブレスのことを忘れていた。
竜舎の幼竜たちの多くがそうだったように、ラカスの様子からも無意識にまだブレスは使えないのだろうと考えてしまっていた自分がいたのも事実。
詰まるところ、色々と足りなかった。
◆
「(あとでアリカナージとラカスにもお礼を言わないとね。今回の事で色々気付けたよ)」
「(はい。私もまだまだ訓練が必要ですね)」
新たな課題が得られただけでも無駄ではなかった。
ほんの僅かな時間ではあるが、知識、経験と学院で得ることができたものは大きかったと言えるだろう。




