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魔王はこの中にいる  作者: 南蛇井


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⑥ 神谷の分析

隣室を出た神谷は、人気のない回廊へ移った。


 


夕刻の光が細い窓から差し込み、床石に長い帯を作っている。


城は静かだった。


だが静けさの奥で、人の営みはいつも通り進んでいる。


食器の触れ合う音。

遠くの足音。

誰かの笑い声。


 


世界は平常を装うのがうまい。


 


神谷は窓辺に立ち、城下を見下ろした。


視界の先で、人々が小さく動いている。


 


(誰も確認していない)


 


王が部屋に入るところを。


王が眠るところを。


王が朝までそこにいたことを。


 


それでも侍従も護衛も、迷いなく言った。


陛下はお戻りになった、と。


 


(だが全員、確認したつもりで話す)


 


その構造を、神谷は知っている。


 


第2話の廊下の殺人。


黒い影を見た者。

白い服を見た者。

誰も見ていないと言い切った者。


 


全員が嘘をついていなかった。


ただ、脳が空白を埋めていた。


 


断片しか見えない時、人は意味の通る形に補完する。


 


影が走れば、犯人が逃げたことになる。

白い布が揺れれば、白衣の人物がいたことになる。

何も見なければ、何も起きなかったことになる。


 


記憶は記録ではない。


理解した物語だ。


 


王の夜も同じだった。


 


王が回廊を歩く。

私室の扉が開く。

扉が閉まる。


 


その三つの断片から、人々は自然に結論する。


 


陛下は中へ入り、休まれた。


 


誰も内側を見ていないのに。


誰も声を聞いていないのに。


誰も寝所を確かめていないのに。


 


神谷は目を閉じる。


 


人は確認するのではない。


納得するのだ。


 


納得した瞬間、確認は不要になる。


 


(王の夜は、習慣として処理されている)


 


それが最も危険だった。


 


事件なら人は疑う。


異常なら人は見る。


だが日常は見ない。


 


毎日同じことほど、検証されない。


 


太陽が昇ることを誰も確かめないように。


王が私室へ戻ることも、ただの前提になる。


 


もしその前提が、ある日から偽りになっていたとしても。


誰も気づけない。


 


神谷は目を開いた。


 


「だから隠せる」


 


王の秘密は、厳重な鍵で守られているのではない。


誰も疑わない習慣の中に埋められている。


 


それは最も安価で、最も強固な隠蔽だ。


 


人間の思い込みほど、壊しにくいものはない。


 


神谷は回廊を歩き出す。


向かう先は決まっていた。


 


今夜、自分の目で見る。


 


王が本当に部屋へ入るのか。


そして――


朝まで、そこにいるのか。

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