⑤ 証言パート(ミスリード)
詰所の空気は、重く沈んでいた。
誰もが口を閉ざし、
言葉を選ぶように息をしている。
神谷は椅子に腰掛けることもなく、
立ったまま、淡々と告げた。
「順に聞く」
視線が、最初の一人へ向く。
「護衛の騎士」
名を呼ばれた男が、喉を鳴らした。
「もう一度確認する。被害者の入室時、何を見た」
「……はい」
一瞬の間。
だが、すぐに言い切る。
「誰も入っていません」
「被害者以外は?」
「いません。確実に、一人でした」
迷いはない。
その言葉は、確信に満ちている。
神谷は何も言わず、次へ視線を移した。
「結界担当の魔導士」
年配の男が、一歩前に出る。
「結界の状態を改めて」
「異常は一切ありません」
即答だった。
「破られた痕跡は?」
「ない」
「干渉は」
「ない」
「転移の兆候は」
わずかな間。
だが、答えは変わらない。
「確認されていません」
断定。
その声には、専門家としての自負が滲んでいた。
神谷は軽く頷き、最後の一人を見る。
「侍女」
若い女が、緊張した様子で前に出る。
「お前は、何を見た」
「……被害者様が、封印室に入るところを」
「一人でか」
「はい」
震えながらも、はっきりと言う。
「誰も一緒ではありませんでした。フードも、付き添いも……何も」
「確かだな」
「……はい」
俯きながらも、否定しない。
沈黙が落ちる。
三つの証言。
「誰も入っていない」
「結界は破られていない」
「被害者は一人で入った」
綺麗に、揃っている。
神谷はゆっくりと目を細めた。
(密室は成立している)
疑う余地がないほどに。
論理的にも、物理的にも。
だが――
「他に、見ていた者は?」
神谷の問いに、騎士が答える。
「……複数います」
「何人だ」
「三人。別の巡回と、通りがかった使用人です」
「内容は一致しているか」
「はい。全員、“被害者が一人で入った”と」
空気が、わずかに変わる。
補強された証言。
しかも複数。
偶然ではない。
錯覚でもない。
「……なるほど」
神谷は小さく呟いた。
(潰されている)
通常のトリックが。
変装は使えない。
同行者もいない。
侵入も不可能。
あらゆる“抜け道”が、事前に塞がれている。
まるで――
(最初から、疑われることを前提にしている)
「つまり」
神谷が静かに言う。
「被害者は、一人で部屋に入った」
誰も異論を挟まない。
「誰も、入っていない」
頷きが広がる。
「結界は破られていない」
魔導士が、無言で肯定する。
「――それでも、死んでいる」
沈黙。
その事実だけが、場に残る。
完全な密室。
完全な証言。
完全な状況。
だからこそ――
神谷はゆっくりと息を吐いた。
(おかしい)
完璧すぎる。
整いすぎている。
矛盾すら、隙なく成立している。
視線が、封印室の扉へと向く。
閉じられた場所。
誰も入っていないはずの場所。
(……本当に、“入っていない”のか?)
その疑問だけが、静かに浮かび上がっていた。




