③ 証言ラッシュ(ミスリード構築)
「順番に聞く」
神谷は短く言った。
ざわついていた場が、わずかに静まる。
「見た者から話せ」
最初に名乗り出たのは、若い騎士だった。
まだ息が荒い。顔色も青い。
「俺が……最初に気づきました」
「何を見た」
神谷の問いに、騎士は即座に答えた。
「黒い影です!」
強く言い切る。
「フードを被っていて、顔は見えませんでした。細身で……すぐに走り去っていったんです」
「方向は」
「右です。あっちへ!」
廊下の奥を指差す。
迷いはない。
はっきりと“見た”者の言い方だった。
神谷は頷く。
「分かった」
メモを取る仕草だけして、次に視線を移す。
「次」
今度は、少し離れた位置にいた侍女が、おずおずと手を挙げた。
「……私も、見ました」
声は控えめだが、確信はある。
神谷は同じ問いを投げる。
「何を見た」
侍女は一瞬だけ考え、答えた。
「白い服の方でした」
沈黙。
若い騎士が思わず振り向く。
「は?」
侍女は続ける。
「フードはありませんでした。ゆっくりと歩いていて……」
指先が、反対側を示す。
「左の方へ行かれました」
完全に逆だ。
色も、動きも、方向も。
神谷は表情を変えない。
「顔は見たか」
「いえ……はっきりとは」
「だが、人だったと?」
「はい」
迷いなく頷く。
その様子は、嘘をついているようには見えない。
空気がざわつき始める。
神谷はそれを制した。
「次」
今度は、騎士団長が腕を組んだまま口を開いた。
「そのような者は見ていない」
低い声だった。
断定。
「私は巡回に出ていた。この廊下も通っている」
視線が現場を一瞥する。
「だが、異常はなかった」
神谷は問い返す。
「時間は」
「事件の直前だ」
「人影は?」
「ない」
即答。
一切の揺らぎがない。
若い騎士が反論しかける。
「ですが、俺は――」
「見間違いだ」
騎士団長は切り捨てた。
空気がさらに重くなる。
「最後に」
神谷は別の騎士に視線を向けた。
「お前は」
指された騎士は一瞬たじろぎながらも答えた。
「俺は……見ていません」
神谷は静かに促す。
「何を聞いた」
騎士は唾を飲み込む。
「音だけです」
「音?」
「争うような……何かぶつかる音と、それから……」
言葉を探す。
「短い声が」
「誰の姿も見ていないのか」
「はい。駆けつけたときには、もう……」
視線が床の遺体へ落ちる。
沈黙。
四つの証言が出揃った。
黒い影が、走って右へ。
白い服が、歩いて左へ。
誰も見ていないという断言。
音だけを聞いたという証言。
神谷はゆっくりと息を吐いた。
(……バラバラだ)
一致している部分が、一つもない。
色も、動きも、方向も、存在そのものも。
全てが食い違っている。
だが。
神谷は一人ずつの顔を見る。
若い騎士は必死に思い出そうとしている。
侍女は不安そうにしながらも、言葉を選んでいる。
騎士団長は揺るがず、確信している。
別の騎士は、戸惑いながらも正直に答えている。
(……嘘をついている顔じゃない)
誰もが、自分の見たものをそのまま話している。
少なくとも、そう“信じている”。
それでも、これだけズレる。
神谷は静かに目を細めた。
(なら)
答えは一つしかない。
(全員、間違っている)
その結論だけが、静かに浮かび上がった。




