⑬ 締め
揺らぐ輪郭の中で、それは神谷を見た。
王の位置に立つもの。
王冠を載せた何か。
人々の期待で編まれ、視線で支えられてきた存在。
もはや誰にも同じ姿には見えていない。
若き王と見る者もいれば、老いた影と見る者もいる。
空の衣だけが立っているように見える者さえいた。
だが、その視線だけは一致した。
全員が感じた。
今、この場でそれは神谷だけを見ていると。
神谷は一歩も退かなかった。
胸の奥では本能が逃げろと叫んでいる。
理解してしまった者としての恐怖。
目を合わせてはいけないものと対峙している感覚。
それでも逸らさない。
すると、初めてその声に感情が乗った。
「勇者」
低く、重く、玉座の間そのものが震えるような声だった。
先ほどまでの王の声音ではない。
慈悲も威厳も整然さもない。
むき出しの何か。
続く言葉には、明確な怒気があった。
「理解しすぎたな」
その瞬間だった。
玉座の間の灯火が、一斉に消えた。
燭台の炎。
壁灯。
高窓から差していた光さえ、誰かが塗り潰したように断たれる。
闇。
完全な暗闇だった。
誰の顔も見えない。
自分の手さえ見えない。
距離感も上下も失われ、空間そのものが消えたような闇。
一拍遅れて、悲鳴が上がる。
「うわああっ!」
「どこだ!」
「陛下は!?」
「兵を呼べ!」
「触るな、誰だ!」
鎧のぶつかる音。
何かが倒れる音。
紙が散る音。
泣き叫ぶ声。
祈りの言葉。
怒号。
人は見えなくなった瞬間、役割も失う。
騎士はただ怯える男になり、
貴族は押しのけ合う群衆になり、
神官は闇へ縋る者になる。
王を見失った世界が、一瞬で崩れていく。
神谷はその中心で、歯を食いしばって立っていた。
見えない。
だが気配だけは分かる。
何かが目覚めている。
今まで王という形に収まっていたものが、枠を失い、別の在り方へ移ろうとしている。
聖女が恐れた理由。
真実を公表できなかった理由。
ようやく理解した。
暴くことは終わりではない。
封印を解く行為でもある。
暗闇の中、神谷は剣の柄を握る。
手の震えは止まらない。
それでも離さない。
心の中で、静かに言葉が浮かぶ。
――正体を暴くことは、討伐の開始じゃない。
どこか近くで、何かが笑った。
――覚醒の開始だった。




