⑤ 宣言
神谷は深く息を吸った。
玉座の間に満ちる空気は張りつめ、誰もが次の一言を待っている。
燭台の火が小さく揺れる音さえ、耳につくほど静かだった。
王は玉座の上で穏やかに微笑んでいる。
老宰相は眉間に皺を刻み、
魔導士長は袖の内で指を組み、
神官長は祈りの珠を握りしめていた。
全員が不安を抱えながらも、まだ同じ勘違いをしている。
魔王は外にいる。
敵は遠くにいる。
この城の中にいる自分たちは安全だと。
神谷は赤い絨毯の中央で、一歩だけ前へ出た。
靴音が高い天井へ乾いて反響する。
その音で、全員の視線が自分へ集まった。
視線の重みを感じる。
期待、疑念、焦燥、苛立ち。
そして玉座から注がれる、静かな観察。
神谷は口を開いた。
「魔王の居場所が分かりました」
ざわめきが爆ぜた。
「なに……!」
「本当か!」
「ついに判明したのか」
「どこに潜んでいる!」
貴族たちが身を乗り出し、近衛兵が槍を握り直す。
神官長は青ざめ、記録官は慌てて筆を走らせた。
騎士団長が一歩踏み出し、鎧を鳴らして叫ぶ。
「どこだ!」
その声には怒気と高揚が混じっていた。
ようやく剣の出番が来たという、戦士の本能的な熱。
神谷は答えない。
代わりに、ゆっくりと周囲を見回した。
老宰相。
騎士団長。
魔導士長。
神官長。
侍従長。
有力貴族たち。
近衛兵。
記録官。
そして玉座の王。
全員の顔を一人ずつ見た。
その沈黙が、ざわめきを逆に削っていく。
誰もが息を止める。
誰の名が呼ばれるのかと。
誰が裏切り者なのかと。
神谷は静かに告げた。
「魔王は――」
一拍。
「この中にいる」
時間が止まった。
誰も、すぐには意味を理解できなかった。
次の瞬間、場が凍りつく。
騎士団長の顔が強張る。
神官長が一歩退く。
貴族たちは互いを見合い、侍従長の目が細くなる。
近衛兵たちは槍先を迷わせ、誰へ向けるべきか決められない。
老宰相だけが、玉座を見ずに神谷を見ていた。
王は微笑んだままだった。
「……勇者よ」
その声は穏やかで、むしろ諭すようですらあった。
「混乱を招く言葉は慎むべきだ」
場の空気が、王の一言でわずかに落ち着きを取り戻しかける。
皆が反射的に“正しい王の声”へ従いそうになる。
だが神谷はそれを許さなかった。
「混乱しているのは今じゃない」
玉座を真っ直ぐ見据える。
「ずっと前からだ」
再び沈黙。
今度は、誰も簡単に息をつけなかった。
疑念という毒が、ついにこの部屋へ流れ込んだのだ。




