第1話『密室と聖女の死』 ① 導入:召喚と違和感
王の間は、静まり返っていた。
高い天井に吊るされた燭台の炎が、ゆらゆらと揺れている。石造りの壁は冷たく、重厚で、まるでこの空間そのものが息を潜めているかのようだった。
その中心に、神谷彰浩は立っていた。
つい数分前まで、彼は別の世界にいたはずだった。雑居ビルの一室、散らかった書類、ぬるくなったコーヒー。そんな現実は、今やどこにもない。
代わりにあるのは、剣と鎧に囲まれた異様な光景。
正面には玉座。そこに座るのは、壮年の男――王だろう。左右には、いかにも権力を握っていそうな男が二人。ひとりは痩せた眼鏡の男、もうひとりは鎧姿の大柄な男。そして少し離れた位置に、ローブをまとった魔導士らしき人物が立っている。
全員の視線が、神谷に向けられていた。
値踏みするような、あるいは確かめるような視線。
やがて王が、ゆっくりと口を開いた。
「勇者よ」
低く、よく通る声だった。
「よくぞ参った。この国は今、危機に瀕している」
間。
その言葉には重みがあったが、同時にどこか“定型的”な響きもあった。まるで何度も繰り返された台詞のような。
王は続ける。
「魔王を討て」
短い命令だった。
説明は、ない。
神谷は何も言わず、ただ王を見つめ返した。
(……魔王)
頭の中で言葉を転がす。
ファンタジーの象徴みたいな単語だ。だが問題は、そこじゃない。
神谷はゆっくりと周囲を見渡した。
宰相らしき男は無表情に立ち、騎士団長らしき男は腕を組んでこちらを睨み、魔導士は興味深そうに目を細めている。
誰も、補足しない。
誰も、説明しない。
神谷は口を開いた。
「その魔王というのは――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「どこにいるんですか」
王は答えた。
「分からぬ」
即答だった。
「……姿を見た者はいない。居場所も不明だ。ただ――」
わずかに間を置き、
「被害だけが、ある」
再び沈黙が落ちた。
神谷は視線を落とし、考える。
(目撃者なし)
(所在不明)
(だが被害は存在する)
それは“敵”の説明としては、あまりにも曖昧すぎた。
普通ならありえない。何かが起きれば、誰かが見る。痕跡が残る。証言が集まる。
だがそれが、何もない。
それでも被害だけが積み重なっている。
神谷はゆっくりと息を吐いた。
(目撃者ゼロの犯人?)
頭の中で、その言葉を反芻する。
そして、すぐに結論が出る。
(それは“事件”じゃない)
視線を上げ、王を見る。
(“異常”だ)
この世界は、最初からおかしい。
そう確信した瞬間だった。




