㉝ 【完結】3年後、そして10年後
婚約して二年。
ユーリィが学園を卒業したら、すぐに結婚するはずだった。
でも、その年に先王が崩御されて、式は延期になった。
三年も経てば、さすがに私も慣れてくる。
“婚約者”という立場も、ユーリィに触れられることにも。
だって、彼は“この国で最も美しい男性”って噂されるくらいだから。
その彼に抱きしめられても、キスされても、微笑んでいられるようになった。
私の心臓も丈夫になったのだ。
婚約中は、穏やかで、幸せだった。
悪戯っぽかった彼も、すっかり落ち着いて、大人になって。
私も、ガートナー侯爵家の跡取りとして、成長したと思う。
結婚と同時に、公爵の爵位も賜ることとなり、四大公爵家の一角に。
アンダーソン家の領地の一部も、王家から譲り受けることになった。
――そして、今日。
教会の扉が開いた瞬間、目を奪われた。
銀色の髪がステンドグラスの陽光に照らされて、彼が王族だと一目でわかってしまうくらい、堂々として美しかった。
王太子殿下夫妻まで参列してくださって、みんなが拍手してる。
なんで花婿がこんなに目立つのよ、って思ったけど……まあ、いい。
「ナタリア、綺麗だ。僕はこの日を、ずっと待っていました」
彼がそう言うなら、それでいい。
「ユーリィも素敵よ。一緒に、幸せになりましょうね」
誓いの言葉と指輪と、そしてキス。
その瞬間、義弟は、私の夫になった。
きっと、彼が我が家に来たあの日から――
運命は、もう決まっていたのだと思う。
祝宴が終わって、夜もすっかり更けて。
私たちは新しい部屋――夫婦の寝室に入った。
覚悟してきたはずなのに、扉の音が閉まっただけで、胸の奥がきゅっとなる。
慣れたつもりだったけど……やっぱり、今夜は特別すぎて、落ち着かない。
対してユーリィはなんのためらいもなく、するりと私の体を抱き上げた。
軽々と、重さなんて感じないみたいに。
「……最後は、やっぱり僕の勝利でしたね?」
唐突なひと言。
顔を覗き込んできて、あの悪戯な笑みを浮かべる。
「『僕が“弟”でなくなった時、貴方の負けを認めて下さいね』って、言いましたよね?」
――ああ、そんなこと言ってたわね。
随分前のこと、私はすっかり忘れてたのに。
まさか覚えてるなんて。
「そうね。じゃあ、受けて立つわ。負けたフリくらい、してあげてもいいわよ」
ベッドの上、彼がゆっくり顔を近づけてくる。
でも私は、彼の唇を指でそっと押さえた。
「私を負かすなんて……まさか、泣かせるつもりなの? 旦那様」
その言葉に、ユーリィが小さく目を瞬かせた。
「……旦那様?」
「ええ。私の、愛する旦那様」
わざと甘く言って、彼にキスしたら、びくりと体をこわばらせた。
それがちょっと可愛くて、私は彼の首に腕を回す。
「怖いの。だから……優しくしてね。絶対に幸せにしてくれないと許さないわ。だって、もうあなたしかいないのよ?」
恥ずかしいくらい甘い声。
囁きながら、自分でも笑ってしまいそうだった。
でも悪いのはユーリィの方。私を挑発してきたんだから。
……って思ってたのに、沈黙。
あれ? なにかしら、この空気。
「……ねぇ、怒ったの?」
そう聞いた瞬間だった。
キス。キス。キス。息もできないほど、降ってきた。
「これからは、旦那様って呼んでくれるんですね?」
「ちがっ、ちょっ、それは……今日だけ、ええええ……⁈」
――この夜、私は知ったのだ。
この人がくれる“愛”が、どれほど重たくて、甘くて、逃げられないものなのかを。
* * * * *
──あれから、もう十年が経った。
私とユーリィは3人の子どもの親になっていた。
八歳の長男のリアンドと四歳の双子の姉妹ナンシーとリーズ。
みんな、王家の銀髪にサファイアの瞳。
双子はとくに天使みたいで、今から婚約の申し込みが絶えない。
リアンドは私に似て、少し凛々しい顔立ち。家族思いで、まっすぐな子。
今朝のガートナー公爵家は、もう、大騒ぎ。
私の陣痛が始まっただけで、皆が駆けまわっていた。
「四人目よ? 軽く、ひねり出して見せるわ」
冗談めかして言っても、ユーリィの顔は不安なまま。
夫は甘えん坊のナンシーを片手に抱いて、部屋の中をうろうろ。意味もなく歩き回ってる。
リーズはというと、兄のリアンドの手をぎゅっと握って離さない。落ち着かないのね、きっと。
「おかあさま、妹が生まれるの?」
リーズの希望は、女の子らしい。
「ぼくは弟がいいけど……でも、どっちでもいいよ」
リアンドはそう言って、リーズの頭を撫でる。
「そうだな……どちらでもいい。けれど、ナタリアに何かあったら……私は……」
ユーリィの声がふるえる。
この人は、何年経ってもこうだ。
「だいじょうぶよ。ねえ、旦那様。あなたはしっかり生きて、子どもたちを頼むわね」
「ナタリア……」
「私は負けないわ」
これは戦い。命がけの、母親としての。
リアンドにも、弟を残してあげたい。
「おかあさま、無事を祈っています」
「……ええ、大丈夫よ」
*
そして。
産声が、屋敷に響いた。
やっと出会えた、待望の次男。
「無事でよかった……」
ユーリィが赤ん坊を抱いたそのとき、子どもたちが一斉にのぞき込む。
「おさるさんみたい~」
「わたしも、だっこしたーい!」
「おとう様に似てる?」
「いや、リアンに似てないか?」
家族の声が、疲れた身体に優しく染みていく。
夫は乳母に次男を渡し、私の手を握った。
十年経っても、ユーリィは変わらない。
私ひとりをずっと想ってくれる。
願うのは、ひとつだけ。
――この幸せが、ずっと続きますように。
永遠に、なんて言わない。
けれど、今日を、明日も、大切に生きたい。
この家族と一緒に。
それだけで、もう、充分。
──おわり。
最後まで読んでいただいて有難うございました。




