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第32話 姉という人種と第8の事件

 俺は今日もバイクを転がしていた。二人乗りだ。

 後ろで俺にしがみ付いているのは佐藤静香。そんなこともあって今日はコーナーを攻めたりはしない。怖がるだろうし、ヘタしたら重心移動が上手くいかなくて倒れてしまうかもしれないからだ。慎重に行こう。


 田川真奈美の家に迎えに行くと、バイクの音が聞こえたのか、玄関から飛び出して来た。そして抱き着かれ、キスされた。それも本格的なやつ。後から出て来た田川さんとオバサンなんかは、横を向いたり、あっちを見たりしていたが、いつまでも離れようとしないから、何度も咳払いをしていた。





 昨日の夕方に読んだ着信メール。見た事もないアドレスが表示されていたが絶対にアイツだ。


「ハル、静香からか? ……あ!」


 俺は携帯をへし折った。そしてそれでも足りずに地面に投げ捨て、何度も何度も足で踏んずけた。


「………それって誰からのメールよ?」

「クッソ~~~………あいつだ!」

「あいつ?」

「ああ、あのクソッタレ女。俺のアドレスまで知ってやがった」

「ああ、河西早苗か………あ~あ~……完全にオシャカだ」


 そう言って大国照子が壊れた携帯を拾い集めていた。


「ハルが切れるってことは、どうせ静香の悪口だろ? なんて書いてあった?」

「……誘ったら……すぐに……股開いたんだろ……とか……自分から……跨ってきたんじゃないか…とか」

「あははははははは……それで切れたのか? 携帯までぶっ壊して」

「……笑うな」

「あ~悪い悪い。でもそれって………あはははは……あ、悪い、また笑っちまった。でも当たってるとこあったんじゃ?」

「………ちょっとは………でも静香はな……そん女じゃなくて……」

「そんなの言わんくたって知ってるって。それにしたって携帯買い換えんきゃならんだろ。データー移すのにこれ必要だぞ」

「あっ………」


 携帯に八つ当たりした自分のバカさ加減にウンザリだ。


「晩飯前の風呂にはちょっと早いな。走りに行くか。練習試合のこと瀬川から聞いた。アタシのジャージ貸すから。走ったらそんなモヤモヤ忘れる、行くぞ」


 テルのジャージを着ると流石に丈が長い。コイツってやっぱ俺より足長いんだ。


 20分くらい走り続けた辺りでしんどくなってきた。マズイな、こんなに走れなくなるものなのか。汗だって、前はこれくらい走ったってそんなにかかなかったのに、今日は酷い。頭からも滴ってきて、目に入って痛い。


「ダッシュ!」


 テルがそう怒鳴った途端、一気に置いてかれた。うわ、ここでダッシュかよ。必死に追いかけた。テルがペースを落とすとやっと追いついた。

 暫くすると、


「ダッシュ!」


 予想通りだが、さっきよりもキツイ。とにかく腕を振って振って振りまくって追いかけた。ずいぶんと向こうでテルがペースを落としているのが見えた。そしてようやっと追いついた。


「ハル、汗すごいな。水持ってこなきゃダメか。ほら、あそこの公園に水飲み場ある」


 水を飲み終えて再び走り始めた。

 ダッシュ10回までは数えていたが、もうそれ以上は惰性でダッシュを繰り返していて、数える余力もなかった。それに何回水分補給したのかもハッキリしない。


 ヘロヘロの汗だくになった。とにかく風呂だ。湯船に入る前にシャワーだ。


「ああああ、気持ちいい……」

「一週間も続けりゃ~戻る」

「そっか……………はぁぁあああああああああああああああ?!」


 シャワーの音で入って来たの気づかなかった。

 シャワーの蛇口が2つあるな~って思ってたけど、どうして一緒に浴びる? ガッツリ見ちゃったよ、オッパイと毛っ毛……それにスタイル良くて外人の女優みたいだった。とにかくこっち向くなって。


「何やってんだハル、急に後ろ向いて」

「テッ……テル……前隠せって……見えるだろ」

「彩音みたいにか? 風呂なんだから裸なの当たり前だろ。どら、ハルのも見せろ」

「やっ、やめろ……」


 羽交い絞めにされた。


「あ、……あはははははは……アタシの見てそうなったんだ!」

「言うなよ! 誰にも言うなよ! 絶対だからな!」

「あはははははは、了解」


 とんでもない奴だ。

 湯船に顎まで浸かって反対側を見ながら聞くと、小4の弟がシャワーを浴びているとテルまで脱いで勝手に入って行くという。それやられた弟ってきっと怒ったと思う。


「ああ、手で前隠しながら怒ってて、面白いからしょっちゅうやる」


 そういえば俺も似たようなことやられた。確か姉ちゃんが高校生の時だ。先に姉ちゃんが風呂に入って、俺が居間で寝転がってテレビを見てたら、バスタオル頭に巻いただけの裸の姉ちゃんがテレビの前横切りやがって、オッパイやら毛っ毛やらモロに見えちゃって、目ぇ腐る! って怒鳴ったら、裸の姉ちゃんに追い掛け回されたことがあった。姉ってなんなのよ? でも静香にも弟いる。だけど、まさかだよな。同じ姉でもタイプが違うから……そういえばテルのとこもウチと同じ5つ離れた姉弟だ。静香のところは3つだったはず。歳の離れ加減か? きっとそうだ。歯医者の待合室で読んだサザエさんでも、姉のサザエと弟のカツオでそんなシーンあった。けっこう年上の姉がいる弟って、悲惨かも。そんな弟の人権ってどうなってんのよ?


「人権? そんなもんないよ」

「あ、そう……」


 晩飯はどんぶりで飯3杯食ってオバサン驚きながら喜んでいた。


「明日、携帯買って来いよ。親父さんやら姉さんから連絡くるだろ。この街のショップじゃマズイな。バイク貸してやるから、あの街まで行ったらいい。静香も連れてったらきっと喜ぶぞ」


 ついでだから番号やアドレス変えようかな。またアイツから電話やメールきたら腹立つし。


「それってどうよ? 番号やアドレス変えても河西早苗が本当に知らないって言えるか? 変えたのに着信あったら……ハルの性格ならそっちの方がキツイぞ」


 なんだか本当に姉ちゃんみたいなこと言うよな、って思ったけど、確かにテルの言う通りのような気がした。そのままの番号でアイツから電話が来ても、腹は立つけど驚きはしない。だが変えたのに電話きたら愕然となって……。アイツがどこの世界の住人で、どの世界の未来を覗いてきたのか知らないが、そっちの世界でも俺が携帯番号変えていたら、アイツが知ってる可能性はある。そのままでいくか。






「オートバイどこに停めるの?」

「ああ、姉ちゃんの店の前に停める。静香と行くって言ってあるし」

「え……そうなんだ……ちょっと緊張してきた。あっ、こんな格好だよ私。お姉さんのとこ行くなら、行くって言ってよ。もっとちゃんとした格好してきたのに……どうしよう」


 姉ちゃんは以前は洋服メーカーに勤め、デパートのテナントを任されていたが、今年の2月に自分の店を持った。女性服専門のブティックで、前に遊びに行った時に売られている服の値札を見て驚いた。最低でも5万円以下のものなどなく、20万円を超えるワンピースもいっぱいあった。こんな高い服買う人いるの?


「ウチは金持ちのマダム相手に商売してんだよ。アパレルじゃないから安物は置かないの。一回で100万以上買ってくオバサンも珍しくないからね。若い子はお断りのお店」


 どれくらい儲かってるのか、それとも全然儲かってないのか知らないが、もう既に6ヵ月になるのだから、なんとかやっていけてるのだろう。



 静香と二人で店に入って行くと、


「あ……あの……義仁君と………お付き合い……しっしてます…佐藤……」

「ああ、あなたが静香ちゃんね。姉の京華よ。噂は義仁から聞いてたけど、うん、可愛い。それにスタイルいいね。身長は?」

「え? ………しっ、身長…ですか? えっと…161…もしかしたら162になった……かも…」

「へ~~いいわ。うん、いい!」


 Tシャツにスリムなジーパンを穿いた静香の周りを、後ろに行ったり前に来たりしながらジロジロ見ている。何やってんだ? 


「ねぇ、静香ちゃん、時間あるんでしょ?」

「え……でも……義仁……君が……携帯買い換えるって」

「そんなの1人で行ってきなさいって。ほら、道路の向こう側に携帯ショップ見えるでしょ。行っといで。静香ちゃん奥でサイズ測らせて」


 そう言うと俺の背中を押して店から追い出し、入口にクローズの札を掛け、店の中に戻って行った。いったい何なんだよ。弟の俺は一言も喋っていない。別にいいけど、ほんと姉という人種は……

 とにかくそこの携帯ショップに行くしかなくなった。


 ショップに入って行くとけっこう混んでいて40分くらい待たされた。静香大丈夫かな。まぁ俺よりは人見知りじゃないはずだけど。

 ようやっと俺の番になると、女の店員が機種だけではなくメニューの説明を延々と始めた。そんなのなんだっていいし、前と同じで全然かまわないのだが、喋ってる途中で遮るのもアレだし、最後まで聞いて、前と同じでいい、と言ったら、その女の人のテンションが落ちた。ノルマでもあるのか?


 機種を選び、壊れた携帯からデターを全部移してもらいたくて、それを言うと、難しいかもしれませんよ、と言いながらも出来た。良かった~。


「ああ、俺だけど、今終わったから……」


 新しい携帯から姉ちゃんに電話をすると、


「悪いけど一人でどっか行ってきて。6時頃まで」

「はい? ……静香は?」

「さっき静香ちゃんと二人でお昼ごはん食べてきたから、大丈夫」

「いや、大丈夫って……まだ2時半だぞ。6時まで静香はなにやってんの?」

「ちょっと変身させたからマネキンやってもらう。だからどっかで時間潰しといで。晩御飯おいしいもの御馳走してあげるから。じゃあ忙しいから電話切るよ」

「マネキン??………あ……切りやがった」


 3時間半もある。なにやってれってよ。

 俺は遅い昼飯を一人で食った。とりあえずラーメン。あ、そうだ、晩飯御馳走してくれるって言ってたな。テルのおばさんに言わなきゃ、用意してたら悪いし。


「え~~そうなの~~。春山君いた方が楽しいのに~。でも仕方ないね。お姉さんと彼女と3人で楽しんでおいで。照子には私から言っておくね」



 そして映画館に行った。ミニシアターの方だ。この映画館なら途中でも入れるし、終わってもそのまま座っていればもう一度観れる。

 入って行くと死霊のはらわた20周年アニバーサリーっていうのをやっていた。この映画、DVD借りて観たことあるけど20周年アニバーサリーって何だ? デジタルサウンドで蘇る、って書いてあるけど、とにかくこれを観よう。R15だけどいつもの用に高校生として入っていった。


 5時ちょっと過ぎに店に戻った。映画は面白かったが、もう時間つぶしは無理だ。店に入って行くと、


「ああ、ちょうど今お客さん切れたとこ。今日はもういいや、ずいぶん売れたし閉めちゃおう。あれ? ……静香ちゃん……なに隠れてるの? ほら、こっちおいで」


 姉ちゃんに腕を引っ張られ奥から出て来た静香を見て驚いた。これは、あの夢で見た大人の静香だ。


「ほら腰を引かない! ちゃんと堂々と立って! ね……人魚みたいでしょ」


 濃紺のブラウスに、クリーム色をしたちょっと長めのタイトなスカート。そのタイトスカートの裾が僅かに広がっていて、俺も見た瞬間に人魚を思った。


「このデザインこっちで着てる人なんてまだいないから。でも背の低い人だと人魚っていうより金魚みたいになるから難しいんだよね」


 うん、確かにあまり見かけないシルエットですごくカッコイイ。


「静香ちゃん良い身体してるわ~。脚も真っすぐで長いし、骨盤も変に出っ張ってなくて、お尻も小さくて上がってて平べったくないし、なんと言っても胸が小さくて、なで肩じゃないのが最高にいい。どんな洋服でも絶対に着こなせる身体してる。私じゃちょっと背ぇ足りないし、胸が邪魔なんだよね。それにしても今日は売れた! 静香ちゃんの見て、これ欲しいってお客何人もいた。それ狙って着せたんだけど予想以上だったわ。ウチって同じデザインの服は置かないの。だから静香ちゃんが着てるの欲しいって言われても、無いの。それが返っていいんだよね。似てるデザインのバンバン売っちゃった。ああ、今着てる服と靴、それにストッキングとバック。全部あげるから。バイト代の代わりね。お金の方がいい?」

「え……でもこの服って……上下で20万円超えてる。それにこのハンドバックだってコーチ……靴も高かったし……」

「ウチのは全部日本製だから縫製はシッカリしてるけどね、洋服の値段なんてあって無いようなものだから。それにバックは私のお下がり。靴は、やっぱり着てる服に合わせなきゃね。だから私からのプレゼント。静香ちゃん、あなたは絶対にシックな洋服が似合うの。スカートはタイトなのが抜群に似合う下半身してる。でも短いのはダメよ。田舎臭いだけだから。それとドテがちょっと分るくらいのタイトさがいいの」

「どて?」

「ああ、分からない? ここよ、ここ」


 そう言った姉ちゃんは静香の股間を触った。やっぱりテルと同じ人種だ。


「ぁ……」

「女同士なんだからいいでしょ。下着だけになってもらった時に静香ちゃんのチャームポイントは下半身だって思った。だからね、田舎の高校生のファンションなんか真似たら絶対にダメ。いつでも私のとこにおいで。すれ違った人がみんな振り返るくらいにしてあげる。メイクもね。あ、写真撮ってあげる。あんた携帯買ったんでしょ。それで撮るから貸して。最初は静香ちゃんだけ。ほらニッコリして………うん、それ可愛い。………ほれ、あんたも隣に入って……撮るよ……静香ちゃんもっとベッタリくっついて………そうそう………さ~晩御飯食べに行こうか、なにがいい?」

「ああ、天ぷら食いたいな」

「あんたじゃなくて静香ちゃんに聞いたの」

「私も天ぷら食べたい」

「なら行こう、裏通りに天ぷら専門店あるから行こう」




「へい、いらっしゃい。……ああ、京華さん。今日は連れがいるんだ。好きなとこ座って」

「小あがりは面倒だね。カウンターでいいわ。あんたたちもそれでいいでしょ? ………なら静香ちゃんが真ん中ね。ねぇ大将、この子、静香っていうんだけど、幾つだと思う?」

「えらいベッピンさんだね。京華さんとは違ったタイプの美人さんだけど……幾つだろう? 19?」

「残念、15でした」

「ええええええええええええ……15って……中学生?! マジか? どこで見つけてきたの? 将来すげー美人になるわ」

「でしょう~~、もう私が唾つけちゃった」


 それから姉ちゃんと静香はケラケラ笑いながらずっと二人で喋っていて、凄く楽しそうで、揚げたての天婦羅は強烈に上手かった。




 店に戻り、帰りはバイクだから、奥で静香がジーパンとTシャツに着替えていると、その様子をずっと見ていた姉ちゃんが、


「ほんとスタイルいいね。ジーパン履く前にもう一度見せて、こっち向いて。……恥ずかしがらないで、手ぇ除けて。………うんいいわ。凄くいい身体してる。静香ちゃん、おかしな服着たらダメだよ。静香ちゃんは肩のラインと下半身が凄くいいの。だからフワ~っとした可愛いらしい服着るぐらいなら、ジーパンとTシャツだけの方がいい。そうだ! お店休みの日に私の部屋においで。気に入った服あったら何十着持って行ってもいいから。殆ど着てないから全然傷んでないの。それに気が向いたら何時でもお店においで。これって社交辞令じゃないから。静香ちゃんにはまたマネキンやってもらうつもりだからさ」



 静香をバイクのケツに乗せて走っていると、コンコンとメットを叩かれた。少しだけ振り向くと指をさしていた。道の駅に。

 時間は既に7時を過ぎていたので道の駅は閉まっていたが、きっと何かを喋りたいのだろう。二人でベンチに腰を下ろした。


「楽しかった~~。私あんな経験初めてで最初はドキドキだったけど楽しかったな~。お姉ちゃんって凄いね。もう圧倒されちゃった。でもね、ほんとにバンバン売れたんだよ。みんな私見て、あなた店員さん? その服素敵ね。それどこにあるの? って聞くの。私もね、お姉ちゃんの真似して頑張って売ってみたの。そしたら売れたんだよ、高い服。お姉ちゃんもにっこりウィンクして私のお尻触ってったさ。すっごく嬉しかった。お客さんってね、みんなお金持ちのオバサンばっかで、誰も値札なんか見てないの。ビックリしちゃった。それにお姉ちゃん、私の身体すごい見てて、全部のサイズ測られちゃった。でもオッパイ小さいのも凄くいいって言ってたけど……ほんとなのかな」


 俺は女の人の胸が大きいとか小さいって気になったことがないから良く解らないが、静香の胸って小さいのか?


「小さい………テルちゃんだってウミちゃんだってすっごく大きいよ。義仁、ほんと知らなかったの? ウソだ~~絶対知ってて私と比べてたと思う」


 テルのを生で見ちゃったのを思い出した。おまけに下の方まで見えちゃって不覚にも反応しちまって、オスの悲しいサガだ。でも静香には絶対言えない。言ったらメッチャ怒られる、絶対に。


「比べる訳ないって。……あっそうだ! いしだあゆみ! いしだあゆみって女優知ってるだろ。今は50過ぎのオバサンだけど、若い時はけっこう綺麗で人気あったらしいんだけど、背が160くらいかな? すごくスレンダーで、肩のラインが格好よくて、胸も小さいから、有名なフアッションデザイナーが、どうしても彼女に自分がデザインした服を着てもらいって言ってたの聞いたことある。だから静香の身体って格好いいんだって! わかった?」

「ほんと? 義仁もそう思う?」

「ああ、思う」


 いしだあゆみの話を思い出して良かった~。


「私…お姉ちゃんに会えて……仲良くなれて…ほんと良かった。すごくホッとした。上手く言えないんだけどね、お姉ちゃん全部知ってるんだもんね、私たちのこと。真奈美のおばさんも全部知ってるけど、やっぱ私のお母さんじゃないし……けっこうキツかったんだ。義仁のこと凄く好きで、でも色んなこと心配で、私がちゃんと助けてあげなくちゃってずっと思ってて……でもそんな私の気持ち親なんてきっと分ってくれない。でもお姉ちゃんは違った。義仁の姉なのに全部分かってて、それでも私のこと受け入れてくれて……普通にいつでもおいでって……すごく嬉しくて……私……」


 そこまで言うと泣き出してしまった。

 そっか、いっぱいいっぱいだったのか。色んなことがあり過ぎた。姉ちゃんが、あんたが守りなさい、って言ってたのは、そう言うことか。


「ごめんな。俺、静香のこと分かってるつもりで分かってなかった」

「でもね、もう大丈夫なの。義仁のお姉ちゃんなんだけどね、私のお姉ちゃんって感じする。ちょっと厳しいんだけど凄く優しくて、私のことちゃんと分かってくれた。だから私、もうきっとメソメソしない。2~3日したら家に帰れると思う。そして近いうちにお姉ちゃんとこ遊びに行くんだ! 携帯番号もアドレスも登録したし。でも、あんな高い服貰っちゃって本当よかったのかな?」


 前に姉ちゃんが教えてくれた。洋服メーカーで新しいデザインや新商品が出来た時は、担当者が社内の何人かを集めて、この服は幾らだったら売れる? って意見聞いてそれで決めてしまうって。そのメーカーのネームバリューみたいなものは当然入っての意見になるんだろうけど、コストがどうだとか、経費は? みたいなものなんて最初っから最後まで誰も計算しないって。だから値段なんてあって無いようなものって言ってたんだと思う。


「へーーーー、そうなんだ、ビックリ。なら………ほんとに貰っちゃっていいの?」

「いいって。それにそれって静香のバイト代だろ。静香にマネキンやらせたのは、姉ちゃんが、この子の身体は凄くいい、この子に着せたら売れる、ってマジに思ったからだって」

「うわ、めっちゃ嬉しいかも。そっか………そうだね、お姉ちゃん、遊びの目じゃなかった。真剣な目で私の身体見てた。私ね、パンツも脱いでって言われるんじゃないかってドキドキしてたさ。アハハハ………今度お姉ちゃんに会ったら、何て呼んだらいいんだろ?」

「なんでもいいんじゃないの」

「京華って名前かっこいいよね。うん、京華さんって呼ぼうっと。でもさ~~義仁とお姉ちゃんって見た目も性格も全然似てないよね。天ぷら屋の大将なんて、義仁が弟だって聞いて、すっごくビックリしてて笑っちゃった」


 確かに姉弟だと思われたことないな。姉ちゃん背が150くらいしかないから、弟がいるって聞いた人は可愛らしい弟を想像するらしいけど、実際に俺を見た人は洩れなくギョっとする。誰だったか忘れたけど、ぇええええええ! って声上げた人までいたからな。いくらなんでも失礼だぞな。


 田川さんの家に送り届けると、玄関前で静香の方から顔を寄せてきた。また長いキス。バイクの音で気が付いたのか田川さんとオバサンが玄関を開けたが、慌てて閉めていた。

 田川さんの所を出る間際、静香にちょっと待っててと言われ、待っていると、


「これ、バタバタしてて忘れてた。義仁もでしょ?」


 見ると、国語の教科書の表紙だ。破いて持ってきたようだ。そこにはマジックで大きく2003年9月26日3時26分と書かれていた。



 9時前にはテルの家に着いたのだが、玄関に入るとテルが、


「また事件だ。アタシの部屋に来てくれ。そこで話す」


 どういうことだ? 事件というのだからこの街で起きたものだろうが、さっき田川さんの家では何も言ってなかった。

 テルの部屋に行くと胡坐をかいて待っていた。


「1年の辺見友里恵が殺された。まだマスコミには発表されてない」


 なに? なんで? 確か岡田殺しで逮捕されたはず。それがどうして?


「そうか、辺見友里恵が岡田殺しの犯人だってのは知ってたんだ。なら自分が神取美香だって信じ込んでたのも知ってるのか? …………そっか説明省けてちょうどいいや。逮捕されてはいたけど、誰が聞いても頭がおかしいと思っちまうことしか喋らんし、手足の複雑骨折やら頸椎骨折の方も完治してなかったから、24時間警察の監視付きで入院してたんだけど………」

「ええええ? そっか……そうだよな……アイツ怪我してたんだよな。それもけっこう重たい怪我。そんな身体で岡田を刺し殺したのか? ……どうやって?」

「ん? そこは知らんのか? まぁいいや。片っぽの足折れてんのにバッタバタ走って、首もひん曲がってんのに飛び掛かって刺しまくった。完全にホラー映画だ」


 今日観た死霊のはらわたを思い出した。あんな感じかよ。


「っで、その辺見友里恵が拳銃で射殺された。撃ったのは監視役だった警官だ。赤星譲二って……」


 あれ? その名前…聞いたことあるような……


「ああ、やっぱりハルも聞いてたみたいだな。ハルの家に下屋敷って刑事と一緒に聞き込みに来た警官いたろ、ソイツだ。オヤジに調べてもらったら、今年道警に入ってこの街に配属になってた。それまでは九州で市役所勤めだらしい。間違いなく赤の会の信者だ。赤の会のやつら……おかしなこと喋ってる人間見つけちゃあ、かたっぱしから殺しまくるつもりだ。ウチも彩音のとこも、それに朱海のとこも、神取敏郎と手を組むことになった。神取一族なんざクソったれ過ぎて反吐が出るくらいだけど、敵の敵は、ってヤツだ。おそらく栄前田も手を組むじゃないかな。あ~それとは別件だけど、朱海の爺様が本山動かした。っでその本山が他の宗派の本山にも同調を求めて、どうやら乗ったみたいだ。マスコミの奴らハルだけじゃなくてウチの生徒追い掛け回してるだろ。どう考えたってヤリ過ぎだ。なのに誰も止めようとしないどころか過熱してる。まるでもっと強い薬求めるジャンキーだ。テレビの報道番組って民放ならスポンサーいるだろ。不買運動の指示が大概の宗派の本山から近いうちに出る。新聞も同じだ。きっと2~3日したらハルの家や学校の周りうろついてるマスコミいなくなるな」

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