第29話 二人だけの夜とあり得ない殺人
泣いていた。泣きじゃくっていた。
ーー声出して泣いていいんだよ。
静香の身体にしがみつきながら声をあげて泣いた。
泣く意味が解らないまま涙が止まらない。溢れた涙が静香の細い身体全部を濡らした。
それは彼女と一つになって直ぐだった。
俺の中に何かが入ってきた。それは外からそっと撫ぜるというものではなかった。こんなのは初めだ。戸惑いを覚えた。でも温かい、とても温かかい、そう感じた。俺のなにかが溶け始めた気がした。すると全部が入ってきた。佐藤静香、お前なのか、お前が俺の心に入ってきたのか。そう知った途端、温かい何かが俺の中でいっきに広がった。俺はしがみついた。佐藤静香のお腹に顔を埋めて泣いていた。
「帰らない」
台所に立って晩飯を作っていると、隣でタマネギをみじん切りにしている佐藤静香が鼻をぐずぐずさせながらそう言った。
「ん? ………帰らないって?」
「泊まる。義仁の家に。ねぇ8時過ぎたけど、義仁のお父さん何時ごろ帰ってくるの?」
「今日東京に出張で帰って来ないけど……」
本社が東京にある会社の支店に勤めている父さんは出張が頻繁にあって、月に一度は家を留守にする。
「えっマジ?!」
タマネギを放り出して居間に行ったと思ったら、誰かに電話をかけ始めた。親にかけているのかと思ったがオバさんって言葉が聞こえた。
「へっへっへ………真奈美のオバさんに頼んじゃった」
さすがに男友達の家に泊まるなんて事を親に言えるはずがなく、田川真奈美の家に泊まると言うのだろう。だがどこの親でも泊まる相手の親に確認をする。お世話になってすみませんね~などと言いながら。それを田川真奈美のオバさんに頼んだってどういう事だ?
「私ねぇ、真奈美のオバさんと親友なの。もしかしたら真奈美より仲良いかも。真奈美の両親って離婚してるの知ってるよね? ……………うん、そう。私たちが小学生の時。今は真奈美と妹とオバさんの3人暮らしでオバさん独身だからかな、すっごく喋りやすいの。オバさんまだ30代前半で若いんだよ、美人だし。だから男の子の事とかも喋るの………オバさんの初体験って中2の時なんだって。前に2人で恋バナしてたら教えてくれたんだ。うん、真奈美のお父さんじゃない人。だから真奈美には内緒。っで、私が義仁と付き合ってるのも知ってて、今もズバリ聞かれちゃった。しちゃったの、って。…………うん、言った。そしたらどうだったっていうから…………感激したって言ったら………もう、そんなのはいいの! とにかく今日は真奈美の家に泊まるってことにしたの! あ………そうだ、お母さんにも電話しなきゃ……」
電話を終えた佐藤さんに、もしウチの父さんが出張じゃなかったらどうするつもりだったのかを聞くと。
「ちゃんと挨拶してから泊まろうかな~って思ったけど………やっぱマズイよね。うちの親だって絶対マズイもん。隠れて泊まるしかないよね。っで真奈美のオバさんに頼むの。ねぇ……私と付き合ってるの家の人に言った?」
「姉ちゃんには、好きな子がいてその子と付き合ってるって言った。静香は?」
「お母さんは知ってる。でも泊まるとかは無理。それに………しちゃったのだって、言ったら大騒ぎになると思う。義仁は?」
「姉ちゃんには………そうだな~~聞かれたら言うわ」
「ええええ………私としちゃったってお姉ちゃんに言えるの? そっか……私お姉ちゃんいないから分かんないけど………そうなんだ」
晩飯のハンバーグはヘタなレストランより美味く出来て二人で感動しながら食った。それと土鍋で炊いた米は強烈に美味い。買って良かった。
茶碗を洗い終え、風呂に湯を入れていると、
「下着持ってきてない………どうしよう」
「1日くらいいいんじゃない?」
「ムリ! だって今日大会だったんだよ。汗かいたし」
「そっか……なら洗濯するしかないだろ。きっと朝までには乾くから」
「それまでは?」
「俺のTシャツ着てれば?」
「下は? ………パジャマ貸して」
「持ってない。俺暑がりで冬でもパジャマ着たら寝れないから」
風呂から上がった佐藤さんがTシャツを着て腰にバスタオルを巻いて出て来た。速攻でそのバスタオルをむしり取ってやった。
「見たいの? いいよ見ても……………やっぱよその女の人の裸見たら絶対ダメ! もうダメなんだからね! わかった! 私のだけ! それに、さっき義仁として分かった。私、義仁の心の中に入れた。だからもし義仁が膜に覆われても、きっと私がなんとか出来る。だから………あ…………ちょっと~~そこ触ったら…………」
佐藤さんのことが昨日よりも、さっきよりも好きになっている自分に気がついた。このままこんな事を続けていたら離れられなくなる。佐藤さんも同じ事を思ったのかもしれない。急にギターを弾いて欲しいと言い出した。
人前でギター弾いたことなんてない。それに持ってるのはフォークギターで、コードを押さえてピックでストロークで弾くタイプだから歌わなければ曲にならない。その歌だって音楽の時間ぐらいしか人前で歌った事がない。音痴ではないと思うけどきっとヘタだ。
「いいの、聞きたいの、お願い」
「…………なら…………離れて…………こっち見ないで後ろ向いてて」
「誰の曲? 私も知ってる人の?」
俺は井上陽水が好きで、陽水の曲なら殆どの楽譜を持っている。但し70年代前半という俺たちが生まれる前の曲が好きで、それもあって誰にも言った事がない。俺の周りに知ってる奴などいないと思っていたから。
帰れない二人を弾き語りで歌ったが、しばらくギターを弾いていなかったせいで左手の指先が柔らかくなっていて音が伸びない。それに凄く好きだから選んだ曲なのだが、歌詞が今の俺と佐藤さんにハマり過ぎているのを歌ってる途中に気がついた。
「………え……なんで止めちゃうの? ハスキーボスイで凄く上手のに………もっと歌って」
「いや………恥ずかしいって………俺歌なんて下手クソだし………それにこの曲……歌詞がちょっと………」
「うん、今の私たち歌ってるみたいでビックリした……でも歌上手いよ。分かるもん。義仁覚えてないの~? 私小学校の時ってずっとピアノ習ってたの。ふん! 私のことなんか全然興味なかったんだ!」
ああ、そう言えば、女子の誰かが言ってたかも。静香ちゃんピアノ習ってるんだよ、って。
「いや、思い出した! 思い出したって!」
「忘れてたクセに!」
そんなこと言ったって佐藤さんがピアノ弾いてるとこ見た事なかったし。でもそれは言わずに佐藤さんの頭をナデナデしたら機嫌が直った。う~ん…俺って尻に敷かれるタイプかも。
「アウトドワ系の方がね、私の性に合ってるって思って陸上始めたの。でもね、ピアノっていうか音楽って凄く好き。だから解るの。義仁の歌上手いって。全然お世辞じゃないよ。マジで上手いって。音の外し方とか、あれって出来そうで出来ないよ。いいから歌ってって。他にも弾けるんでしょ? 恥ずかしいならもっと離れて聞くから」
そう言うと、部屋の入口のところまで行って、俺に背を向け、黙ってお座りをしている。俺が歌うまでずっとそうやってるつもりか? しかたがないからもう1曲だけ弾き語りで歌った。やっぱり陽水の曲で、おやすみ、ってマイナーな曲。
歌い終えても佐藤さんは何も言わないし、振り向きもしなかった。そして背中を向けたままで、
「今の歌……聞いてたら……苦しくなっちゃって……」
どうやら泣いているらしい。
「二番…出だしから凄い……短いフレーズなのに歌詞が………ねえ陽水の曲もっと弾き語りできるんでしょ? ねぇお願い、やってって~~。もう………ほんと恥ずかしがりなんだから………なら陽水のCD持ってる?……聞かせて! 全部聞きたい!」
アルバムでは、断絶、セントメンタル、氷の世界、二色の独楽という初期のアルバムが好きで、他にも持っていたがその4つを聞かせた。
楽譜を見ながら聞きたいというから渡すと、楽譜を見て指を動かしながら聴き入っている。今でも指動くんだ。
「これ……断絶って言うんだ……凄くダイレクトな歌詞。私が知ってる井上陽水と全然違う。……断絶か~~凄いね、こんな気持ち歌にできちゃうんだね。ねぇ、義仁も思った? この歌にあるようなこと」
「うん、今も思ってる」
「そっか……なんか嬉しい」
それから3時間くらい2人でずっとCDを聞いていた。佐藤さんはまだ腰にタオルを巻いたまんまで夜中の2時を過ぎた。
「ねぇ、ベットに入って聞こうよ。いい?」
俺のベットはセミダブルだがそれでも2人で寝るには狭い。くっついて寝てると、佐藤さんは目を開いて天井を見ていた。
「気が付いたの。上手く言えないかもだけど……陽水の曲聞いてたら思い出したの。義仁と一緒にいた時間のこと。この街の公園で私……義仁に嫌われたと思って泣いて帰らないって言ってたこととか、映画の帰りに公園で怖い人に囲まれた時のこととか、赤の会の車が私たち二人の前に止って凄く怖かったこととか、それに2年生の神取君の時のこととか、それから……毎日私のこと心配して送り迎えしてくれて、今日だって陸上で抱きしめてくれて、私が言ったらキスもしてくれた。私ね……あなたが好き。苦しいくらい好き。この気持ちって絶対に私の気持ちだって分かったの。未来からの干渉っていうの?そん なんじゃなくて今の私なの! デジャブみたいなのって前より多くなってるんだけど、この気持ちは誰かからの干渉なんかじゃなくって、今ここにいる私なの。それとね………私にも見えた。あなたと…した時に……あなたの心の中………見えた。私…愛されてた、あなたに。もう離れない。ウミちゃん言ってた。人を愛するのは大人の特権なんかじゃない、15歳だって真剣に愛する、そういう人に出会うかどうかだって。でもね、ウミちゃんなんかに絶対負けないの私。さっきも言ったけど、あなたが膜に覆われたら私がなんとかする。きっと出来ると思う。……私のこと……ずっと愛して」
そっか、やっぱり俺の気のせいじゃなかったんだ。あの時、佐藤さんが俺の中に入ってきたのって。でも佐藤さんの喋る言葉って飾りっ気がなくって俺まで苦しくなった。涙が零れた俺は恥ずかしくて反対側を向いた。
背中から静香に抱きしめられて眠った。
眠りにつく間際、俺は静香の言った、デジャブみたいなのが多くなっているというのが少し気になった。だが、これが後々大きな事柄に発展するなんて、この時は考えてもいなかった。
「どうも……ちょっと話しがあって……」
チャイムが鳴って出てみると、瀬川拓郎だった。男子バスケの司令塔でキャプテン。確か3年C組だったはずで、1年の4月によその街から転校してきたと聞いたことがあるから、元々の4町とはまるで関係がない。
「ん……話しって?」
家の中には佐藤さんがいる。時間はまだ午前の10時頃だ。会ったところでまさか泊まったなんて思われないだろうが、ちょっと家には入れたくないな。だが玄関には小さなシューズがあり、誰が見てもこれは女物だ。瀬川拓郎もそのシューズを見ていた。
「あっ……このたびはどうも……お悔みを……線香あげさせてもらっていいかい?」
ダメだとは言えない。玄関から直接和室に案内して仏壇の蝋燭に火を点けてあげると、黙って線香をあげ手を合わせている。こいつは淡々と喋る奴でどちらかと言えば無口だから、気が楽でいいし、俺はこの手の奴が好きだ。バスケを離れても友達になりたいとすら思う。
そこへ佐藤静香がお茶を持ってきた。ギョッとした。
「あ……どうも…すみませ……え? 佐藤さん?!」
「びっくりしちゃった? へへへ……」
「確かお姉さんがいるって聞いてたから、そのお姉さんかと思った……そっか~~お邪魔かな? 俺」
「いや、いいよ。話あるんだろ、俺に。そっちの部屋行こう。ここじゃ椅子ないから足痛くなる」
居間に瀬川君を案内して長椅子を勧め、俺ももう一つの長椅子に座ると、ちゃっかり佐藤静香も俺の隣に座ってきた。それもくっついて。いや、別にいいけど、自分の顔が赤らんだのが分かった。
「あ、そうだ、昨日の陸上大会、おめでとう。凄い記録だったみたいだね。陸上部の奴に聞いたけど、優勝の人と佐藤さんの二人ともが大会記録だったって。凄いね」
「え……ありがとう……嬉しい、そう言ってくれて」
「え? 春山は言ってくれないの?」
「あっ……あははははは……義仁に言うの忘れてた……ゴメンね」
俺も佐藤さんと一緒に笑ってた。うん、笑うしかない。
「そうだ、ちょうどいいや、佐藤さんに教えて欲しいことあるんだけど、いいかい? あのね、どうやって克服したの?」
意味が分からなかったが俺は黙っていた。瀬川拓郎が教えて欲しいというんだから、それはきっとどうでもいいことじゃないはずだ。こいつはけっこう核心を突いてくる。何を聞きたいのか知らないが俺も聞きたかった。
「え…なに? 克服って……どういう意味?」
「うん、どんなスポーツでもね、練習では凄いのに、本番になるとどうしても実力を発揮できない人っているの。そういう人の中にはある時突然に化ける人もいるにはいるけど、殆どの人はね、化けることがないまま平凡な結果しか残せないで終わってしまうの。でも佐藤さんは化けた。言い難いけど、佐藤さんって1年のときから練習では凄かったのに大会では平凡な結果しか残せてなくて、先生も勿体ないって言ってるの陸上部の人から何度か聞いたことあるから、今回も……凄く失礼な話なんだけど、あんな結果を残すなんて先生も驚いてたみたいだよ。それも決勝で突然に目覚めたみたいで。見てた人はね、1位と2位の二人ともが火の玉みたいに速かったって。どうやって予選からの短時間で化けれたの? 男子バスケの2年にもね、いい選手なんだけど本番がダメなのいるんだ。是非教えて欲しい」
そういう事かよ。確かに予選終わった時の佐藤さんって、下を向いてトボトボ歩いてたけど、あれっていっつもだったの? 今回だけじゃなかったのか。知らなかった。
隣に座る佐藤さんを見ると、顔を赤くして、小さな声で、言えない、と呟いている。ええ? まさか俺に股間を掴まれて化けた? どんな奴だよそれって。ならレースになったらいっつも股間を掴めってか。俺は噴き出しそうになり、立ち上がって、水を飲みたいようなフリをして台所へ行った。
「わっ……わかんない……ど、どうしてだろう? あははははは…あ~あ」
「なーーーー! 春山も今回の応援に行ったのかーーー?」
台所にいると瀬川拓郎が俺に尋ね始めた。なんとしてもヒントを掴みたいみたいだけど言える訳がない。
「ああああ、行った! 俺も応援に行った!」
「そっか……なら予選がイマイチだった説明がつかないよな。春山じゃないのか……」
「違うよ! 予選の時なんてね、義仁どっかに隠れてたんだよ! 予選で応援なんか全然してないから! 2年の時だって……聞いてよ瀬川君。義仁なんてね私に言ったんだよ、2年の時からずっと好きだったって。なのに2年生の時なんか1回も応援に来たことないんだよ、1っ回も! それってどーー思う?」
「え……あはははは……そっか……やっぱりそうだったんだ。春山の応援で目覚めたんだ。凄いね、君たちって。そうだ、佐藤さんにも協力して欲しいな。うん、これから話すことが本題なんだけど、佐藤さんに協力してもらえば、きっと上手くいく」
佐藤さんに協力してもらう? そうすれば上手くいくってナニよ?
「中体連で俺たちに勝った黒崎中が地区大会優勝で全道大会に行くんだけどね、結構噂になってるらしいんだ。春山がいなかったから勝てたんじゃないのかって。お前覚えてるよね? 去年の新人戦。俺たち黒崎中に大差で勝ったろ。……………ええ? 当たったのすら覚えてないの? それってマジ? もういいや、とにかく新人戦は俺たちが勝って、俺たちが優勝したの! あの時の記憶が管内の男子バスケの連中にいまだ刷り込まれてるみたいで、そんな噂になってるらしいんだけど、黒崎中にしてみたら面白くないさ。っでいきなり練習試合申し込んできた。それもウチの体育館でやろうって。相当な自信っていうか、俺たちにホームで赤っ恥かかせる気満々なんだろうな。もちろん受けたさ。春山………出るだろ、お前」
「ああ、絶対出る。榎本が随分派手にやられたらしいからな。コテンパンにしてやるって」
「でもさ、あいつらラフなプレイずいぶんとやってくれたけど………強いぞ。新人戦の時の黒崎中とは全然違う。ハッキリ言うけど春山がいても勝てたかどうか怪しいな。まずは4番だ。ちょっと信じられないくらいスリーポイント決めてくる。あんなの新人戦の時いなかったと思うんだけど、4番背負ってるんだからいたんだろうな。身長は俺と似たり寄ったりだったから170くらいかな。足はそんなに速くないけどドリブルは上手いな。そしてフリーにしたら外からだろうが中からだろうがズバズバ決めてくる。それと6番。あいつの事は覚えてる。新人戦の時もデカかったけど、せいぜい175くらいだった。それが今じゃ榎本よりデカイから185くらいあるんじゃないかな。すごく伸びてた。その6番がラフなプレーで榎本完全に押さえ込んだ。でも春山ならアイツに勝てる。お前の方が最高到達点高いし、当たりだってお前の方が強い。でも4番と6番だけじゃないんだよな。俺たちが完全に後手に回ったのは。俺たちのプレイスタイルあいつらに徹底的に研究されてた。今の中学バスケってミニバス経験者多いけど、俺たちの中には不思議といないの知ってた? 1~2年にはいるけど俺たち3年にはいない。これって俺の偏見かもしれないけど、ミニバス経験者って無駄なドリブル多くないか? なんでそこでつくの? カッコつけてんの? って思ってしまうんだよね、俺。でもさ、俺たちって異常なくらいドリブルしないぜ。徹底的なランアンドガンなんだよね。お前がリバウンド飛ぼうとした時には既に俺走り出してるから。っでお前からの強烈なパス受けたらそのまま決めに行くか、逆サイド走り込んでる奴に回すかだけど、絶対に止まったりしない。それが俺たちのスタイルなんだけど、そこまで早いチームなんて管内にはいない。それってミニバス経験者が俺達にはいないせいだと思うんだよね。新人戦の時のこと覚えてるだろう? 俺たちの速攻があまりにも凄くて、敵のギャラリーからも歓声上がってたの。それを研究された。あいつらメッチャ戻りが速い。だってな、味方がリバウンド取れそうな位置にいるのに、2人は自陣に向かってダッシュしてた。俺たち倒すために相当訓練してきたのは間違いないと思う。っでここからが本題なんだけど、それでなくても厄介な相手なのに今の俺たちには弱点がある。それも2つも。1つは榎本。あいつら最初っから榎本標的にしてきて………やられ過ぎてトラウマになってる。きっと自分のせいで負けたって思ってる。もう1つは………お前だ、春山」
「はぁあああ? なんで俺よ?」
「お前、最後まで走れるか? いつから走ってない?」
そうか。そう言われると全然走り込んでなかった。
「そこで佐藤さんの出番」
「え………私?」
「うん、無理にとは言わないし、まだ陸上の方も練習あるんでしょ? でも、やり方さえ工夫すれば、陸上の練習にもなると思うんだ。簡単に言ってしまうと、春山を追い込んで欲しいの。徹底的に走り込ませて、それから毎日ダッシュ30本」
「そっか、私も一緒にダッシュすればいいんだ。ヒッヒッヒ、やるやる。義仁ぶっちぎってやる」
それ、ちょっと嫌だな。佐藤さんに絶対勝てない。俺がトラウマになる。
「俺さ、この練習試合、仮に負けるとしても凄く楽しみなんだ。お前のリバウンドって凄いよ。お前が絶対に取ってくれるって当たり前に思ってるから、なんの迷いもなく突っ走れる。そんなバスケって最高に楽しくてさ、それがもう一回やれるんだって思ったらワクワクする。佐藤さん頼むね、なんとか春山の体力戻して欲しい。いや~それとさ、これってヤッパ無理なのかな~? 俺さ、どうしても大国さんと一緒にやってみたかったんだ。考えたことある? 春山と大国さんの二人がゴール下守ったらって。誰も中に入って来れないし、どっちかが必ずリバウンド毟り取る。最強だと思わないか? 全国だって夢じゃなかったと思うな。中体連の時、大国さんが、アタシが出ること認めろって審判にガンガン迫ってて、目なんか血走ってた。俺さ~、もしかしたら認められるんじゃないかって期待してたけどダメだった。でも大国さんの激は気合入ったな~。あの榎本だってやられてもやらても立ち上がってたもんな。俺さ~、大国さん性転換手術でも受けて来ないかな~ってずっと思ってた」
こいつマジで言ってるっぽい。佐藤さんもなんて言っていいやら、俺の方をチラチラ見てる。
「なぁ春山、お前身長なんぼある?」
「178からなぜか伸びない」
「っでどこまで飛べる?」
「片手ならリングにちょっとだけ届く。でも両手でガツンッて感じでリング掴んでみたいわ」
「いや、178の身長で片手だろうとリング届くって凄いぞ。かなり飛んでる。少なくとも管内にはお前くらい飛べる奴はいないな。そんなの見た事ない。だから大国さん欲しいんだよな。大国さんさえいれば、お前が攻撃の要になれるのに…………あっ、でもやってみよう。お前さ、走り込んで飛ぶなら、どこから飛んでリングに届く?」
「どうだろう…………なんとなくだけど、フリースローラインちょっと前あたりから飛んでも届きそうな気がする」
「それイケる。絶対イケる! なんで今まで思いつかなかったんだろう。お前のリバウンドにこだわり過ぎてた。うん、俺帰るわ」
瀬川拓郎を玄関まで佐藤さんと見送りに出ると、微かにサイレンが聞こえた。
「あれ? サイレン聞こえる。パトカーみたいだね」
「どうせまた赤の会と自警団が揉めてるんだろ」
「だろうね。じゃぁ帰るわ。佐藤さん、春山のこと頼むね」
居間に戻ると、
「義仁のこと頼まれちゃった。ひっひっひ…なんか嬉しい。でも瀬川君ってあんなに喋るんだね。もっと無口だと思ってた」
「バスケのことになったら熱く語り出すけど、普段は俺より喋んないわ」
「へ~そうなんだ。あれ? 電話鳴ってない? マナー音聞こえるけど義仁のじゃない? みんな着メロにしてるけど、しないの?」
「うん、あんまり興味ないし」
ポケットに入れてある携帯を取り出すと父さんの表示。なんだろう? 俺に電話なんて珍しいな。
出ると、台風が関東に接近しているらしく羽田は全便欠航となり、もう1泊するという。
「うわ、マジ。超ラッキー」
佐藤さんは一旦家に戻り、下着やら必要な物を持ってまた来ると言って出て行った。いいんだろうか? これ続けてたら本当に離れらなくなるような気がする。
テレビをつけると台風のニュースをやっていた。これは凄いな。強烈な雨と風だ。予想進路を見ると北海道へも温帯低気圧にならずに直撃する可能性が高いらしい。停電になったら面倒だな。懐中電灯ってどこにあるんだろう? 一応探しておこう。
2時間くらいすると佐藤さんが戻って来た。勉強道具まで持っている。
「今日って土曜日なんだもんね。夏休みってさ~、曜日の感覚なくなっちゃうから、家に帰ったらお母さんいてビックリしちゃった。…‥……うん、ウチのお母さん土日は仕事休みなんだ」
そっか、今日は土曜日なんだ。そう言えば父さんが、なんで出張の移動日が土曜日なんだってブツブツ言ってたな。
「だから真奈美の家で受験勉強するって言ってきちゃった。そんでね……前もって真奈美のオバさんにも電話しておいたんだけどね………あっ、知ってるよね? 真奈美のオバさん家で美容院やってんの。私も切ってもらってんだ。今度一緒に切りに行こうよ。………あれ? 話が横道に外れちゃった、あははは………だからオバさん仕事中でも私の電話に出てくれるの。そしたらね、彼氏の家に行く前に寄りなさい、って言われて行ったらね……これ渡されちゃった……」
見るとゴムだ。そう言えば近藤先生も言ってたな。男のマナーだって。
「で、昨日はどうしたの、って怖い顔で聞かれた。だから義仁が途中で止めたからって言っちゃった……ダメだった?」
いや別に本当のことなんだからいいけど、でもなんで俺はあんなに涙が止まらなかったんだろう? でも妙にスッキリした。
「昼ラーメンでいいかい? ひき肉余ってるから炒めて入れるけど」
「うん、いいよ、美味しそう」
二人で並んで食べていると佐藤さんが、
「昨日聴いた断絶って曲。あの歌詞……なんか色々と考えちゃった。親ってさ~……自分たちが中学生の時にね、どんなこと考えて、何が一番大切だったのかなんて、そんなの全部忘れちゃってるのかな? 私たちもいつか忘れるの? そんなことないよね? だって真奈美のオバさんって、私にも怒ることあるけど、私が義仁のこと真剣に好きだって事ちゃんと分かってくれてて、中学生のクセになんて絶対言わない。なのにどうして親って………義仁の親は?」
「俺、親と殆ど喋ってなかったから………」
「あ…………ごめん………」
「いいって、そんなの……母さんとだって喋ってなかったのは事実だしね」
「うん…………」
食べ終わると携帯が鳴った。今度は下屋敷刑事からだ。出るのが億劫な気がしたけど、佐藤さんの前でそれをするのも気が引けて、通話ボタンを押した。
「あ~もしもし、春山義仁君ですよねぇ、私…分かりますか、刑事の下屋敷です」
前にアンタが自分の携帯番号登録しておいてくれって言うから、その通りにした訳だし、名前表示されてるって、と思ったけど、それを言ったらなんだかケンカを売ってるみたいだから止めた。
「なんの用です?」
「あ~、ちょっと参考までに意見を聞きたいと思いましてね。ところで今は独りですか? あ…そうでした、お母さんのこと、お気の毒でした。お悔み申し上げますね。………え? 傍に誰かいるんですか? それってもしかしたら、あなたと仲の良い女の子……なんていいましたかね~~そうそう、佐藤静香さん、あの子が傍にいるんですか?」
驚いた。随分とカンがいい…まさか…
「あんたまだ俺のこと見張ってんのか?」
「まさか! 私だってそんなに暇ではありませんから。カンですよ、刑事のカンっていうやつです。そうですか、佐藤静香さんもそこに居るんですね。でしたら私の話を一緒に聞いてもらえませんかね~。…………はい? なぜって? 色んな事件があったのは知っての通りなんですが、あなたは前にも言ったように妙に関係しているんですが、佐藤静香さんもあたなほどじゃないにしても関係してるように思えるんですよ。……勘違いしないでくださいね。けっしてお二人が事件に深く関わってると思ってる訳ではありませんから。謎が多すぎるんですよ。その謎を解くのにあなた方お二人を外すことができない、そういう意味で関係していると思っているだけですから。前にも申し上げましたが、私のこと信用してみませんか?」
そんな下屋敷刑事の話を聞いている俺は、無意識に目の前にいる佐藤さんの顔を見ていたのだろう。佐藤さんは、自分の顔を指でさして、私? って表情をしていた。
「佐藤さんも一緒に聞いて欲しいって。嫌ならハッキリ嫌って言っていいから」
「……うん、いいよ。義仁と一緒にだったら」
だけど一緒に聞くっていったって携帯だぞ、どうやって聞くんだ?
「貸して。スピーカーホンにすれば聞けるんだよ」
へ~、そんな機能ついてんだ。知らなかった。
「もうそろそろマスコミも報道するはずですが、実はですね、今日、あなたがた3年A組の副担任、岡田清先生が殺害されまして……」
「はぁぁあああああああああああああああああああああああ?!」
ふざけんな、なんだよそれ、佐藤さんを見ると、目を見開いて口に手を当て、声も出せないようだ。
「おっ、お前 なっ……なんなんだ、お前わ!!」
もっと怒鳴ろうとしている俺の手が掴まれた。佐藤さんに。
「大丈夫……私なら大丈夫だから……だから落ち着いて……義仁。ね……最後まで聞こう」
俺は佐藤さんが嫌がることをする奴がどうしてもダメだ。ブチ切れそうになる。
「それにマスコミって言ってたから、きっとテレビだってやると思うし……」
あ~そっか、そうだな。下屋敷刑事から言われなくたって結局は知ることになる話か。
「ええ、その通りです。今ちょうどテレビでやり始めたようですね。……テレビ点いてますか?」
見ると、点けっぱなしだったテレビが、佐舞久留中学校の教師、岡田清教諭殺害されるのニュースをやり始めた。犯行現場は中学校で、犯人はその場にいた先生たちに取り押さえられているが、少女という報道のされかたで、動機の解明が急がれますとアナウンサーが言っていた。
「まさか……1年の……辺見って女の子じゃ……」
俺は言葉ではそう言ったが、絶対にあの子だと思った。
「春山君! どうしてそれを……聞こえてますか? 春山君!」
「義仁! そうなの? その1年生の子が犯人なの? なんで……なんで知ってんの?」
俺は説明した。大人の、それも刑事のアンタは絶対に信用しないだろうが、という前置きで。
「何度も見たんだ。夢だったり、起きてる時だったり、屋上から落ちてきた女が顔を上げて俺を見るんだ。そして言ったんだ、死にたくなかった、って。実際に落ちたのは宮古愛なんだけど、俺に死にたくなかったってい言ったのは神取美香だ。……そう、神取美香は今だってきっと元気でピンピンしてる。でも…今俺達がいる世界とは違った別の世界が絶対ある。そこではきっと神取美香が落ちて死んだ。死にたくなかったって言ってるぐらいだから、事故か…突き落とされた。きっと岡田に突き落とされたんだと思う。二人は親戚なんだろ? でもへんな関係みたいだから、こじれたんじゃないのか? 辺見って1年生はあんただって見たはずだ。自分は宮古愛だって言ってたの。だけど途中で変わった。入院してたみたいだけど、自分のこと誰だって言ってたんだ? 神取美香だって言ってたんじゃないのか? 違うか?」
「………その通りです……辺見友里恵は、頑なに自分のことを神取美香だと信じ切ってました。でもどうして……いや…春山君がそれを知ってるはずがない。………驚きました……別の世界ですか……にわかに信じられる話ではありません…が………まいりましたね………そうですか……夢ですか……そう言えば私もなんだかおかしな夢を見るんです……最近。その夢でも私は刑事なんですが、誰かを必死で探してるんですよね。どうもそこは学校のようなんです。埃だらけで使われていない教室をかたっぱしから開けて見て行くというおかしな夢を何度か見ました。でも夢なんてものは……」
「おい、その夢……続きは? 続きはどうなった?」
「え? 続きですか……何度かその夢を見たのですが、そこで目が覚めてしまうんです」
「クッソ~~……他には? 他に何か覚えてることはないのか? 頼む、思い出してくれ」
「他ですか……そう言えば腕時計を見るんです。それが実際にしている腕時計と同じでしてね、時間の他に年月日も表示されるタイプでして、便利なんですよ~。それが2003年9月26日3時26分って、なぜか来月なんです……不思議なんですよね~、夢から覚めてもそんなことまでハッキリ覚えてるんです」
「2003年の9月26日3時26分だな! 静香! メモしてくれ!」
佐藤さんは自分が持ってきたカバンをひっくり返して、直ぐに目についたのだろう、国語の教科書にマジックで大きく書いていた。
「夢の話はこれでいいですかね? 随分と興味があるようですが……それにしても驚きました。まさか辺見友里恵が被疑者だと言い当てるなんて……あなた方お二人に聞きたかったのは動機なんですよ。辺見友里恵がなぜ岡田先生を刺したのか……別の世界の因縁ですか……それも辺見友里恵本人ではなく神取美香との因縁。そう言えば、さきほど岡田先生と神取美香がへんな関係だと言ってましたね……そうですか…春山君も知ってましたか。……とりあえず私が聞きたかったことは解りました。余計に混乱しましたが……あははははは。ところで、別件なんですが、お知らせがあります。これもテレビでやるでしょうが、どうします? 私から聞きますか、それともテレビの報道を待ちますか?」
なんの話だか知らないが、そこまで言ったんだから全部言ってくれなければ気になってしかたがない。
「そうですか。わかりました。さきほどおなたのお父さんとお姉さんにも知らせたのですが、まだ連絡はきていないようですね。あなたのお母さん、交通事故死として処理しておりましたが、殺人事件として捜査することになりました。………春山君……聞いてますか? 春山君……」
なに? なんて言った? 佐藤さんも俺に何かを言っているようだ。必死な顔で。え……電話? ベルの音が聞こえるけど家の電話か? 佐藤さんが飛びつくようにその電話を取り、何かを喋ってるのが見えた。
頬に衝撃を覚えた。目の前には、目にいっぱい涙を溜めた佐藤さんの顔があった。痛ってぇぇ。どうやら佐藤さんに引っ叩かられたらしい。
「義仁! 私が誰だか分かる! 分かるなら言って!」
「佐藤さん……」
「あなたが一番大事に思っていて、大好きなのは誰!」
「佐藤さん……」
「あなたを凄く愛してるのは誰!」
「佐藤さん……」
「なら、私だけを見て! 私だけを考えて! 意識をそっちに持っていかれないで!」
そう言った佐藤さんに抱き着かれ、押し倒れれた。俺の上に乗っている佐藤さんが唇を強く噛んでいて、その口元が震えていた。
床に置かれていた携帯が振動した。誰かが俺の携帯に電話を掛けてきたらしい。俺の上に乗っている佐藤さんがそのままでで通話ボタンを押した。
「春山義仁の携帯です………あっ……義仁…春山君のお姉さん。私……春山君と付き合ってる佐藤静香って言います。……はい……います。彼はここにいます。……聞きました、私も………はい…ショックを受けて……はい…私ずっといます。彼のそばにいます。……いいんですか? 私がずっと一緒にいて……はい……はい……います、離れません」
意識がハッキリしてきた。下屋敷刑事が言ったことが蘇った。なんで? 誰が? どうして? という疑問符が頭の中で騒いでいた。それでも佐藤さんの顔があった。
「それ、姉ちゃんか? うん、大丈夫、俺大丈夫だから……でも傍にいて欲しい」
佐藤さんの下になったままで電話を代わった。
「あんた……大丈夫かい? 私……わかるよね? いろいろとショックなのは私も同じ。あんただけじゃない。だけどね、これだけは忘れるんじゃないよ。もう母さんは死んだの。6月に死んだの。それは死んだ原因が変わったって、なにも変わりはしない現実。さっき電話に出たのあんたの彼女なんだね。よかった……ホッとした。あんたの傍にいてくれて。あんたも好きなんでしょ、その子のこと。できればしばらく居て欲しいけど……向こうの親だって心配するだろうしね。……でもさ、あんた男なんだよ、長男なんだからね、シャンとしなさい。あんたが彼女を守りなさい。でかい図体してんだからそれくらい出来なくてどうすんの。あんたさ~~その子…佐藤静香さんだっけ? もうしちゃったんでしょ、セックス。ちょっと早い気もするけど……ならその子に心配かけさせるんじゃない! 電話切るよ」




