第104節 勝因
我が兵を指揮していたモリヤは、投降したクマ兵から速やかに得物を取り上げると彼らをひとまとめにして座らせ、決して立ち上がらぬよう指示を出した。
「もし妄りに立ち上がろうものならば、その体と首は泣き別れることになるだろう。」
わしからすれば冗談半分ではないかと思えるようなその脅しにも、奴の人となりなぞまったく知る由もないクマ兵らは、ただただ大人しく奴の言葉に従っていた。
わしはその間、降ったとは言えまったく油断ならぬ空気を纏ったままのトラひげをそれとなく監視していると、とあることに気が付いた。
奴の顔色がどうも良くないのだ。
何事かと見てみれば、どうやら受けた傷が思っていた以上に深いことがその原因にあるようだった。
わしはその事が分かると、投降した兵の中から特に大人しくしている奴を二名ばかり見繕って、急ぎ手当てに向かわせた。
そして、その手当てが行われている時間を利用してこの柵に在るすべての民を直ちにこの会場に集結させるようモリヤに指示を出すと、わし自身はかつてのトラひげよろしく宮殿の階段に腰掛けて時が過ぎるのをじっと待っていた。
決戦を乗り越えわずかな休息の時を得たわしは、懐から匕首を取り出すとまじまじと眺めていた。
そうしてふと気が付けば、腕にうっすらと裂けた傷があり、わしは何事かあっただろうかと思い返していた。
(ああ、あれか。)
その傷口を一舐めして思い当たったのは、トラひげの最後の一撃を受けた時のことだった。
奴はこの匕首の間合いギリギリまで引き付けてから斬りかかって来た。あれはまさしく必殺の一撃と呼ぶに相応しいものだった。
奴の十拳剣を斬り飛ばせたおかげでこの程度の掠り傷で済んだのだ。もしこれがただの匕首であったならば……。
(わしもまだまだか。)
わしは不吉な想像に身震いし、自らを戒めた。
散々おのれこそが真の豪傑だの英雄だのと嘯いて自らを奮い立たせておきながら、結局勝敗を分けたのはわし自身の力量ではなく得物の差だったのだ。
(この匕首のおかげか。)
今はまだ奴の方が上手だった。悔しいがそこは認めるしかないのだ。
そうして特に手酷くやられていた脾腹に意識を向けると、未だ決戦の熱冷めやらぬ興奮の中にあってか然程には感じないとは言え、やはり動けば折れた骨がミシリと痛んだ。
(ありがたい。)
わしは我が命脈を繋いでくれた己が愛刀に感謝した。
しかし、この匕首がこれほどの業物と知っていれば、無理して奴の懐に飛び込まずとも一合目でケリがついていたのではないか。
(これでは、まさしく骨折り損ではないか。)
そう思えばこそ、決死の覚悟で挑んだ決戦の果てに被った損害が徒労だった気がしてわしは気持ちが萎えた。
半ば悔し紛れにぐりぐりと脾腹を動かしてみると、その痛みが愛刀の具合すら確かめていなかったおのれの愚鈍さを痛烈に批判している気がして、なにやら遣り切れなくなる。
(……しかし、まあよい。)
わしは折角の勝ちを蔑ろにしようとしていたおのれに気付いて、気分をあらためた。
経緯はどうであれ、結局はこうして勝利を己が手中に収めることができたのだ。
トラひげの奴は今や得物も奥の手も、更には左の指さえも失って、我が掌中に収まっている。
あの恐るべき剛勇を誇る傑物とその一党を相手にこの程度の損害で見事勝利して見せたのだ。
そう思えばこそ、この脾腹も名誉の負傷と言えるのではないか。
そうしてわしは見事発想を切り替えることに成功すると、塞ぎがちになっていた気分を立て直すことができた。




