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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第十章 クニを盗ル(三)
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第101節 決戦 五合目 ~龍虎相打つ~

 ジリッジリッと、動けなくなったトラひげの間合いに近づいてゆくと、どうにも嫌な予感が全身にまとわりついてゆくのが分かって、わしはそこで脚を止めた。

 ここから先は奴の領域だ。不用意に脚を踏み入れれば、立ちどころに我が命脈は絶たれることになるだろう。


(むう……。)


 じっとりと滲み出す汗が手中の匕首を滑らせはしないかと心配になる中、わしは焦っていた。

 一度は着いたと思われた決着の先にまだこれほどの死線が待ち構えていようとは。

 使えなくなった下腿を立膝にしたトラひげの構えは、隙を微塵も感じさせない見事なものだった。

 わしは更にもう一段気合を入れ直し、構えを変えた。

 そうして、双方に動きがないまま両者の間にあるわずかばかりの空間から固く冷たい緊張が産み出されていた。

 そしてその緊張は我らの間に留まることなく、この会場に居合わせたすべての者らにも伝播してゆき、気が付けば呼吸の音さえも憚られるほどに辺りは静まり返っているではないか。


(くそ……。)


 今やトラひげの方から仕掛けてくることはないと言うのに、どうしても勝機が見出せない。

 わしが勝つためには、奴の懐に飛び込んで今度こそ匕首の一撃をお見舞いしなければならないが、もはや自ら先手を取る術がなく専ら迎え討つ体勢になったトラひげの懐に入るのは容易なことではなかった。

 もはや負けはなくなったようなものだが、勝てぬのでは意味がない。


(我が目的は飽く迄も勝つことよ。)


 こやつは何故降伏せぬのか、とわしは恨めしく思った。

 ただの意地か。いや違う。もっと他に何かがあるのだろう。奴が背負っている、未だその正体を見せようとせぬ何かが。

 それをどこかで感じ取ったからこそ、わしはこうして奴の意気に応えているのだ。


「モリヤぁ!」


 わしはトラひげから注意を逸らさぬまま、第四射の指揮を執っていたモリヤに叫んだ。


「手出し無用!貴様は兵どもがここまで上がって来ぬよう牽制していろ!」

「しかし!」


 わしの指示に異議を唱えるモリヤ。

 しかし、わしは第四射が放たれることはないと見抜いていた。

 この位置からでは露台の欄干がトラひげを護る形になっており、無理に射掛ければ奴の向こうにいるわしの方が危うい。

 どうせ撃てぬ弓ならば、クマ兵を牽制してくれる方がありがたいと言うものだ。


「大丈夫だ!信じろ!わしは負けぬ!」


 それに寄って集って奴一人を討ち取ろうとするのにはいくらかの引け目を感じ出してもいるのだ。

 わしは一方的に捲し立てて議論を打ち切るとトラひげとの対峙のみに注力した。


「勝ったつもりか。」


 どうやら己が不利を見極めるだけの冷静さもあったようで、もはや負け惜しみではないかとも取れるような言葉をトラひげは口にした。


「つもりではない。勝つのだ。」


 まだ勝敗は決していない。貴様の闘気が消えぬ限り、わしは全霊を以って貴様と向き合い続けるだろう。

 トラひげの問いに対して、わしは必勝の心構えをその答えとした。

 今となってはお互いに兵の支援はないのだ。

 この状況下で一対一の勝負に持ち込んだ以上、後れを取るつもりなど更々ないわしは反対に聞き返した。


「そなたのその傷。放っておいても死にそうだが、大丈夫か。」

「……貴様とて、歩くのがやっとではないのか。」


 トラひげは脾腹のことを言っているのか。

 それらしい素振りを見せた覚えもないのだが、脾腹の負傷が重いことに気付いていたトラひげの洞察力に、わしは密やかに感嘆した。


「それはそうだが、脾腹の骨がいくらかやられたぐらいでは死にはせぬ。それよりもその出血の方が見過ごせぬよ。」


 しかし、見抜かれているのであれば無理に隠し立てすることも有るまい。

 わしは敢えて自ら負傷の具合を申告し、しかし貴様のそれよりもはるかに軽いものであるから、もう諦めて降伏せよと呼びかけたつもりだった。

 できればこれ以上戦いたくはない。これにはそんな気持ちも多分に含んでいた。


「付け上がるなよ。若造が!」


 しかし、そんなわしの気遣いも奴に届くことはなく、虚しく袖にされた。

 会話を打ち切ったトラひげが傷ついた左手も添えて両手でその剣を大上段に振りかぶると、いくらか緩みがちになっていた二人の緊張が急速に、そして先にも増して張り詰めていった。


(ダメか。やや惜しい気もするのだが。)


 わしは無駄なこととは思いつつも、降伏に応じてもらえなかったことに小さな落胆を覚えながら、敵意、殺意をむき出しにして対峙するトラひげの出方をわずかたりとも見逃すまいとして全精力を傾けて奴と対峙した。

 奴の受けた傷からは血が伝い落ちて、その足元に溜まりを作りつつあった。

 強引にわしの匕首を引き剥がした奴の左の指の数が合っていなかった。脚の傷も決して浅いものではないはずだ。我が兵の放った矢も折りもせずに刺さったままに任せてある。片目で臨む戦いは疲労も一入(ひとしお)というものだろう。

 よくも気を失いもせずに、生きていられるものだと感心する。

 こうして刃を交えていると、このトラひげ、討ってしまうにはあまりに惜しい剛勇ではないかという気がしてならない。

 しかしこの期に及んでも、奴の闘気は萎えるどころか膨らむ一方だ。どうやらどうあっても両雄相並び立つというわけにはいかないようだった。


(ならば、勝つのはわしだ!)


 ここで死ぬ気などない。この決戦、どちらかが倒れるまで続けられるのならば絶対に負けられぬ。

 緩んだ気合を入れ直して、わしは構えた匕首のその切っ先にまで気を充実させていった。

 そして、わしがほんのわずかに間合いを詰めたその瞬間、二人の戦いはついに決着を見た。


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