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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第十章 クニを盗ル(三)
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第98節 決戦 二合目 ~決戦の掟~

(取った!)


 我が勝利の確信と共に重い物が板張りの床に叩きつけられる音が響き渡ると、我らを遠巻きにして見守っていた民の間から歓声と悲鳴が上がった。

 その場から大きく飛ばされていたわしは素早く起き上がり、一度距離を取って匕首を構え直した。


(なっ!見切られたというのか、わしの動きを。)


 我が勝利の確信は敢え無く砕け散り、驚愕へと変質していた。


 ――相手に先手を許し、それを躱して懐に入り込む。

 今までに幾度となく実戦を経て完成させ、その全てで勝ちを納めてきたわしの戦法。

 相手が何者であろうと、この手で勝てぬ者はなかった。

(そう相手が何者であろうと。)

 人であろうがなかろうが、そんなことは関係なしに通用してきた我が必勝の戦法が破られた。

 わしはたまらず一つ後退(あとずさ)った。

 奴の先手を誘い、躱すところまでは確かに我が戦法の内だったのだ。

 だが、その後に繰り出されるはずのわしの刃は奴に届くことはなかった。

 狙い通りに奴の初撃を躱してその懐に潜り込もうとしたその瞬間、奴の放った強烈な蹴りの一撃を浴びて、わしは敢え無く吹き飛ばされてしまっていたのだ。

 このトラひげ、膂力だけではなくこれほどまで動けるとは。


(蹴りとは厄介な……。上背がない分、小回りが利くのか?)


 膂力のある小男。思い返してみれば今までに相対したことのなかった厄介な相手に焦燥感が募ってゆく。

 奴は今のたった一合だけの撃ち合わせでわしを己が敵に非ずと侮ったのか、大胆にも大股でその距離をずんずんと詰めてきていた。


「ふ……まずは見事と言っておこうか。」

「……。」


 しかし、わしの悔し紛れの賛辞にもトラひげが応じることはなかった。

 普段の奴であればここで侮言の一つも口にして己が優位を誇示しそうなものだが、無言で剣をぶら下げ近づいてくるその姿が、奴が難敵であることを殊更に強調しているではないか。


(く……。)


 対策が見出せぬまま、奴の前進に合わせて後退るとミシリと脾腹が痛んだ。どうやら今の一撃で肋骨をやられていたらしい。


(くそ、構うな!)


 わしはおのれの弱気を強く鼓舞した。

 そんなつまらぬ負傷を庇っていては、例え勝てる戦であっても勝ちを落としてしまうだろう。

 心弱き者が負ける。――

 それがこの決戦に定められた唯一の掟だった。

 わしはそれが分かっていればこそ、あえて脾腹を酷使するかの如くしながら退がり続けた。

 しかし、いつまでも退がり続けられるほどにこの戦場は広くない。

 露台の欄干際にまですぐに追いつめられてしまったわしは、少しでも間合いを取るべく目一杯に腕を使って匕首を大きく見せて奴を牽制した。


「終わりだ。」


 容易に見極めた間合いの際から決戦の高揚感もそこそこに抑え付けて、そう宣告したのはトラひげだった。


「ふ、ふふ……。やはり喋るのだな。」


 わしは油断なく辺りを一瞥して逃げ道が失われていること確認してから奴に向き直って応えた。

 最後まで無言のままでいれば(おとこ)としての格も上がるというものを、そうしていられないのは奴なりの愛嬌なのかと、こんな危機的状況にも関わらず奇妙な可笑しみが込み上げてきて、つい口元が緩んだ。


「言いたいことはそれだけか。」


 わしとは対照的に、感情を面に出さないまま淡々と答弁を続けるのはトラひげ。

 奴の得も言われぬ不気味さと醸し出される威圧感が、矮躯のはずの奴をとてつもなく大きく見せており、わしは奴に慄いているおのれが心の隅にいることを嫌でも認めざるを得なくなっていった。


「……言いたいことは山ほどあるのだが――」


 わしは奴の言葉に応じながらも考えていた。


(好機は今度の一度が最後だろう。)


 わしはまだ諦めてはいない。

 今のわしにできる戦法は一つだけだ。相手に先手を許し、その時を狙う。

 結局、最も得意とするそれに頼ることが勝ちへの近道なのだ。それはいつでも変わることのない真理だと思えた。

 だからこそ、その相手が仕掛けてきて隙を見せる瞬間を見逃してはならぬと弾む息を無理やり抑え付けて対面していた。


「――山ほどあるのだが、聞いてはくれまいな。」


 会話など時間稼ぎの手段に過ぎぬ。

 そうして時間を稼ぎながら、何とかおのれに有利な状況を見極めようと、わしは必死になっていた。

 奴が剣を振り下ろすその瞬間にこそ、付け入る隙があるはずだ。

 そもそもの間合いからして奴の方が長く有利なのだ。

 例えこちらが先に仕掛けたところで、その動きを見極められて容易に躱されるだろう。

 現に先ほどは振りかぶった時点で攻撃を仕掛けて返り討ちにあった。

 だから一度は破られた方法で立ち向かう以上、奴が攻撃に移ったその一瞬を狙うしかない。

 これはしくじれば死ぬだろう。……いや。ともすれば、しくじらなくても死にそうだ。だが仕方がない。犬死によりはましだ。もはや他に方法などあるまい。


「無論。」


 しかし、そんなわしの時間稼ぎの魂胆など簡単に打ち砕いてくれたトラひげはその言葉を最後に答弁を打ち切ると、ゆらりと切っ先を下げたままに剣を振りかざした。

 剣がゆっくりと登ってゆくほどに、奴の殺気が練り上げられ極まってゆく。

 わしは諸々の雑念を捨て去ると、己が精神を極限まで集中させ、奴の刃の動きと奴の気が弾ける瞬間だけを見極めようと試みた。


(まだか……今!……いや、まだだ……。)


 今なら先手を取れるぞという逸るおのれの弱さを抑え付け、奴の動きを己が四肢のすべての感覚を研ぎ澄ませて注意深く観察する。

 奴が剣を頭上近くまで振りかざすと、その殺気はすでに頂点近くまで極まっていた。

 しかしどういうつもりか、剣の切っ先は天を向くことなく下がったまま。


(おかしい。)


 わしは油断することなく訝しんだ。

 殺気と構えが一致していない。あのまま剣を翻して振り下ろしたところで、わしは余裕を持って避けられる。そんな失敗をこれほどの使い手が犯すのか――


(しまった!刺し貫く気か!)


 わしははっとして気が付いた。

 この期に及んでは、最も犯してはいけない大失態だった。

 わしの方が奴よりもはるかに低く腰を落とし構えているこの状況。

 なればこそ、奴は得物を刀のように振り回して、手ごろな高さにある我が(つむり)幹竹(からたけ)の如く断ち割ってくるのだろうとばかりに気を回してしまい、突き刺すという剣本来の有効な使い方を失念していた。


(これは拙い!)


 今からでは覚悟の切り替えが間に合わぬ。


「ふんっ!」


 奴から解き放たれた殺気の波動が、迎え討つ態勢の整わぬままのわしの眉間を正確に襲っていた。


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