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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第十章 クニを盗ル(三)
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第97節 徒花の下女たち

 周囲の物々しい喧騒が収まる気配を見せない中、わたくしは歓楽なはずの祭りの最中に起きたその事件の行く末をただ見守っていた。


(……。)


 少なくとも、もう自分はこの場にお呼びでない存在になっていることは分かっている。

 つい先ほどまで自分を大いに奮い立たせていたはずの勇気も、使命感も、為すべきことも為したかったことも、更には固唾を飲むことすらもどこかに置き去りにしたかのようにすっぱりと忘れさって、餌をねだる魚のように口をパクパクさせては、目の前で行われている予定外の演目に魅入るばかりになっている。


(演目?……()()?……いいえ。そう、これは()()。)


 わたくしは不意に、この死闘について納得のゆく説明を思い立った。

 きっとそう。そうでなければいけない。

 だったら心配することはない。きっとこれも大王(おおきみ)白面(しろおもて)舞娘(まいこ)が密かに示し合わせていた余興。

 だからこの後にはきっと、あの二人が互いに礼を尽くして矛を収め、皆に向かって種明かしをして、それでめでたしめでたしとなるはず。


「……。」


 しかし、どれだけ頑張ってそう信じこもうとしても、それを信じることはできなかった。

 その理由は、台上の二人から猛然と湧きだしてはここまで降り注いでいる痛いほどの殺気。

 自分に向けられているわけでもないのに、傍で浴びただけで胸が痛くなるほどに動悸が激しくなり、呼吸も苦しくなる。

 そんな殺気を纏わせながら行う演武などあるわけがない。


「おひい様。お早く。」


 下女のタエがわたくしを案じて声をかけていた。

 しかし、避難を促すその言葉も今ではわたくしの耳には届いていない。


(なぜ……なぜこんなことに……。)


 わたくしは一体どんな悪夢を見ているのか。

 つい先ほどまで、わたくしの心の内はともかく、民らはあの白面の舞娘の披露する舞に魅了され、悦楽に耽っていたはず。

 そしてわたくしは、その後の何でもない舞娘の何でもない舞の健気さと勇気に励まされて、橘花として返り咲く決意を固めることができた。

 それが今や、嫌でも死の恐怖をまざまざと痛感させられる生命のやり取りを見せつけられているなんて。


(ああ……。)


 どちらが勝つにしても八方丸く収まることはもう見込めない。

 一方が死ぬ――

 わたくしは見ているのが辛くなって宮殿から目を背けた。

 そうして辺りの様子に気が付けば、台上の二人からは始まった混乱の波は、もはや祭り会場すべてにくまなく伝播してしまったように思えた。

 あちらで悲鳴が上がっては、こちらで泣き声が聞こえてくる。


(なんと哀れなことかしら。)


 目を背けた先にもこちらにはこちらの苦労が見えてしまい、わたくしはこの混乱に巻き込まれてケガなどしないかと彼らの身を案じた。

 それでも民というのはあれでなかなか(したた)かなもののようで、逃げ惑っているように見えた彼らは、果たして本当に逃げ出した者がいるのかどうか、とにかくこの会場から人の頭が減っているようには思えなかった。


(あら、何とまあ……。)


 わたくしはそのことに気が付くと、彼らの意外な図太さに感心した。

 彼らは今や戦場と化したこの祭り会場から逃げ出したいのか、それともこの滅多にお目に掛かれそうにない(めずら)か余興の結末を見届けたいのか、とにかく二人から距離を取っては本当に逃げ出すこともなく、事態の成り行きを見守っている。

 祭りの悦楽とは程遠い恐怖と好奇の感情が、却って皆をこの場に縛り付けて逃れることを許さないのか、彼らの注目は一様に台上の二人に向けられていた。

 他方では、兵たちはまばらではあるが宮殿下に集結しつつある。

 しかし、碌に指揮を執る者もいないらしい兵たちは、あの二人の戦場へと続く狭い階段に不用意に脚を踏み入れてよいものか判断がつかないようで、宮殿の周囲を取り囲むにとどめていた。


(ああ、情けない。あれが我がクニの誇る兵の姿なのでしょうか。)


 あれではまるで子ども。

 わたくしは、その親を見失った子どもの如き狼狽を見せるばかりの烏合の衆徒を見て嘆いた。

 いつだったか大王が、我がクニの兵の精強さを誇らしく語っていたことが思い出されて、それが一層目の前の兵の情けなさを殊更に強調してしまう。


(あ……。サ、サヨは?)


 そして子どもという言葉から連想されたのか、まだあどけなさの残るわたくしの下女、サヨのことが不意に思い出されたわたくしは、にわかに焦りだした。

 あの子にこんなものを見せてはいけない。きっとあの純粋な心に大きな傷を受けてしまう。

 呆けてばかりで判断が遅れたことを悔やんであの子の方を見ると、同じ下女のチユが覆い被さるようにして、サヨの視界を塞いでいた。

 サヨは聞き分けた様子で嫌がる素振りも見せずにチユに身を任せている。

 そうして気が付けば、下女の三人ともが逃げればよいのに律儀にわたくしの傍に付いて離れようとしていない。


(ふふ……。もはやこんなつまらない高女に付き従う必要などないというのに。)


 威勢が良かったのはごく一時だけで、実は先ほどから腰が抜けて立ち上がることもままならない。

 先ほどタエが逃げようと声をかけてくれた時も、わたくしは彼女の提案を無視したのではなく、逃げ出したくても逃げられなかっただけというのが本当のところ。


(こんな腰抜けの橘花……いえ、腰抜けの徒花(あだばな)に仕えるだけの価値はもうないと言うのに。)


 にも拘らず、健気にも主人の傍に付いて離れようとしない彼女たちに、可笑しいやら愛おしいやらの感情が湧いてきて、わたくしは少しだけ目を細くすると、辺りから急に沸き起こった歓声に、再び宮殿へと目を向けるに至っていた。


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