第94節 日輪の花
目を開けると、そこは橙色の明かりに照らされた冷たくて固い地面の上だった。
わたしは体を起こすと辺りの様子を確認する。
まず目に付いたのは、すぐそこにある櫓。見上げれば焚かれた篝が煌々とあたりを照らしていて、さらにその向こう側の空高くには仄白い明かりを降り注がせるまん丸い月の姿が。
(……。)
そして先ほどから気になっていたのは、ガーガーうんうんという音を喧しく響かせて、櫓のすぐ近くで寝息を立てて転がる中年と唸りながら眠る青年の二人。
さらに彼方から聞こえてくるのは祭りのざわめきだろうか。
(うわっ……。)
不意に吹き付けた風に身を縮めるとすべての音が少しだけ遠くなったような気がして、方々から聞こえてくるリーリーという虫の涼やかな声ばかりが強く耳に残るようになった。
――きっとよきことがある。それまでそなたはタマズサなどではなく、ヒムカイとして生きてみよ。――
わたしは別れ際に尾羽に言われたあの一言を反芻していた。
(良きことがある。)
なぜか分からないが声の主は確信に近いものを持って言っていたような気がする。
「ヒムカイ。……日輪花。」
昔、父さまの得た交易品に交じって一度だけ見たことがあるとても豪奢に咲き誇る大輪の花を思い出して、わたしは心の真ん中に少しだけ温かいものを感じていた。
そうして胸元に手を当ててみれば、いつの間にか外に露出していたらしい尾羽の首飾りに触れて、わたしはそれを手に取ると目の高さまで持っていく。
(なれるかな、わたしに……。いや、でもわたしは……。)
何も言わない尾羽をただじっと見つめて問いかける。
ヒムカイよ、そなたならきっとなれる――
微かな光を湛えた尾羽は、わたしを励ましてくれている様な気がした。
「そうだ。やらなくちゃ。」
わたしはタケハヤとの約束を思い出した。
タケハヤとの約束、わたしの役目はまだ終わっていない。櫓の上に掲げられっぱなしになっている篝火を早く消さなくてはならない。
わたしは決心もそこそこにすっくと立ち上がると、その勢いのまま階段に手足をかけた。
「あっ。」
そしてわたしはあることに気が付いて驚いた。
体が綿毛のように軽かった。更には痛いはず背中が痛くない。
かと言ってふわふわとして手足に力が入らないということはなく、ぐっと踏み込んだ脚や階段を掴まえた腕にも確かな手応えを感じる。
そしてそのまま四肢に力を籠めると驚くほど簡単に体が持ち上がって、階段を登ることができた。
(これなら……いける。)
わたしは何か不思議な力に後押しされているかのように、櫓の頂上へ向けてと駆け登る。タケハヤとの約束、望郷、くーちゃんとの別れ――いろんな思いをこの胸に抱いて。




