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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第九章 クニを盗ル(二)
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第93節 橘花が返り咲くとき

(そう、そこで腕をしっかり張るのです。)


 わたくしのために舞い踊ってくれている。

 実際にはそうではないと分かっていても、そう思われて仕方ない拙さの残る舞を応援していると、いつの間にか佳境に入るころになっていた。

 この見どころの少ない舞娘を見捨てるのは可哀そうだし、もう臆病でもよいからとにかくもう少しだけ勇気を貰いたい。そういう一心でわたくしは彼女を応援していた。

 しかし舞娘は何を思ったのか、そんなわたくしの気持ちを裏切るように不意にためらいを見せたかと思うと、その動きをたちまち緩慢にしてゆき、そしてついには舞うのを止めてしまった。


(あら?)


 大王(おおきみ)に意見するのは、せめてこの舞を堪能してからにしましょう。そう思っていたわたくしは突然の中断を残念に思った。

 舞娘はとある一点を眺めては、落ち着かない挙動をしていて、何か見てはいけないものを見てしまったような、そんな戸惑いと怯えを含んでいる。と、わたくしの目には映った。

 旺盛な祭囃子の渦の中にあって、突然そこから弾き出されて浮き上がってしまったような舞娘の予期しない姿。

 囃子の調子もそんな舞娘に合わせたかのように次第に狂って、その音も気勢も段々と小さくなってゆく。


(何かしら?)


 わたくしは祭りの雰囲気がどこかおかしなものに変質していっていることだけは認識しながらも、その原因が掴めずに困惑していた。

 そしてその原因が掴めないままついに祭りの囃子が鳴りやんでしまった。


(あら……。)


 不審心と残念さがわたくしの中に同時にやって来た。

 しかし、かと言ってあたりが静まり返ることはなく、まるで消えてしまった囃子の音の穴埋めをするかのように強まった民たちのざわめきが、辺りを喧しく賑やかしていた。

 その賑やかさの中心には舞い踊ることをやめてすっかり立ち尽くすばかりになってしまった舞娘がいた。

 どうやら彼女の視界には宮殿が収まっているようで、そこを見つめるほどに落ち着きを失っていく様子を見たわたくしは、彼女が舞をやめてしまったその理由をなんとなく察するに至った。


(ああ……、白面の舞娘と大王の媾合する姿でも目に入ってしまったのでしょうか。)


 それならば仕方のないことかもしれない。

 あながち間違いとも言えないような、不埒で頭の痛くなる風景を想像してしまい、心が萎えるのを感じたわたくしはまたため息を吐いた。

 原因を察したところであらためて辺りに目を向けてみれば、白面の舞娘の舞楽見たさにこの座に集ったきりそのまま居座っていた民たちの目も、舞娘につられたのか宮殿の露台へと集中していたのが分かる。


(皆、好きなのですね……。)


 呆れるやら諦めるやら、何とも言えない気恥しい感情が湧いてくる。


「おひい様。」


 そうして大王への恐怖心とは違うところで心が折れようとしているところに、下女のタエがわたくしを呼んだ。


(いえ、それはいけませんよ。)


 わたくしは避けたかった事態に引き込もうとする彼女の声を強く否定した。

 野外で堂々となされる行為は確かに珍しいかも知れないが、そこでわたくしに声をかけないでほしい。


(あれを見ろというのですか。さすがにそれは下世話というものでしょう。)


 台上で行われているであろうふしだらな出来事に目を遣りたくないというわたくしの繊細な心の在り方に、この下女はどうして気付いてくれないのか。

 そうして咎める気持ちで眉をひそめてタエを見れば、彼女もまた余人と同じような表情で露台を見つめていた。


(あら?)


 わたくしは訝しんだ。

 どういうわけか彼女の表情が随分と険しい。


(怒っているの?)


 いいえ、というよりも何か切迫の色が濃いように見える。

 他人の情事を眺めているのであれば、あって然るべき恥じらいや興奮といったものが彼女の表情からはまったく感じられなかった。


(もしや、彼らの目にはわたくしの想像とは違うものが映っているのでは。)


 わたくしはそう思い、止む無く彼女の指し示した宮殿の方を見た。

 しかしそうして見てみると、やはりと言うべきか先ほどと何ら変わることのない嫌がる舞娘とその背後から強引に絡み付いている大王の姿が。


(やっぱり……。大王は神聖な祭事の最中に何をしているのでしょうか。)


 大王の節操のなさに呆れかえり、ため息が漏れる。


(誰か止める者はいないのでしょうか。)


 いくらあのひたむきな舞娘から勇気をもらい奮い立とうとしても、本音では大王は怖いしできれば関わりたくはないし、ましてや行為に及んでいるところに出向いて、それはお控え下さいと意見するなどと……。

 とは言え、クニをまとめ上げるべき大王が大切な祭事そっちのけで媾合に励んでいるようでは、これを諫めないわけにはゆかない。


(そうよ、大臣(おおおみ)。あの者は何をしているの。)


 わたくしは閃いた。

 本来であればこのような諫言は大臣のすべきこと。大臣を差し置いて一高女ごときが口を挟むべきではない。

 わたくしは宮殿の階段を挟んで対岸にいる、一人素知らぬ顔でいる初老の男に希望の眼差しを向けた。

 大臣はこちらの視線に気が付いていないのか、周囲の喧騒にも我関せずと言った風体で一人酒をちびちびとやっていた。


(あの……日和見ばかりの能無し。)


 大臣の事態に対するあまりの無関心さに腹が立ち、自分でも驚くほどに強い言葉が脳裏に浮かんできた。

 しかし、この非常事態を見て見ぬふりなど大臣のふるまいとして許されることではない。そう思えばこそ、強い言葉でなじったとしても、それは許されるべきことでは?


(でも、そう。まずは大王を何とかしなければ。)


 今優先すべきは大王の愚行を止める事。

 今すぐにでも大臣の禿かかった頭をひっぱたいてやりたい衝動を抑え込んだわたくしは、大王を諫めるべく席を立ち上がった。

 そして、まずはその場で目を閉じて、一つ深く息を吸うと……止める。

 わたくしは準備を必要としていた。いよいよ大王に意見しなければならない心の準備を。


(お母様。)


 わたくしは今は亡き、在りし日の母の姿を思い浮かべた。

 あの(ひと)こそがわたくしの理想。わたくしの目標。あの大王にきつく意見のできた唯一の人。


(お母様。わたくしに力を、勇気を貸してください。)


 そう願うと息を吐きだす。ゆっくりと、じっくりと時間をかけてすべての息を吐ききる。

 そして、目を開いた。

 そんなことぐらいでは心の内に巣食った大王に対する恐怖の感情は消えはしない。

 深呼吸の間だけ止まっていた手の震えは、息を吐ききったと同時に再開されてしまった。


(よし、やりますよ。)


 それでもそう自分に言い聞かせると、怖いなりにも覚悟は決まったと思えてきて、わたくしはやおら宮殿の方を振り向くと、いくらなんでも戯れが過ぎる大王の姿を両の眼にしっかりと収めた。


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