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【完結済/手直しするの止めました】神殺しの皇女  作者: 埼山一
第九章 クニを盗ル(二)
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第92節 暗い世界でただ一人 それでも歩み続けるべく定められた者

――まったく、なんとひどいありさまよ。このようなところにこのようなすがたで。……おや?……ほほ。今のそなた、まるでボロがボロをきているようなものよのう。――


 そう言ってわたしたち二人の間に割って入ったのは、聞いたことのない、でも知っているような懐かしいような、そんな不思議な声だった。

 ここは相変わらず何も見えるもののない真っ暗闇の世界。それでもその声の主にはわたしのことが見えているようで、明らかにわたしのことを見知っているような口ぶりで放たれた言葉は、侮蔑ともとれるような酷い言い草のものだった。


(誰。どっか行って。)


 わたしはむっとして答えた。

 ボロがボロを着ている。――

 わたしが腹を立てたのはそのとても失礼な物言いなどではなく、ただ一点、念願の親友との再会に水を差されたことだけにあった。

 例えこの世界が夢やまやかしの世界であったとしても、やっとくーちゃんの声を聞けた。やっとくーちゃんとお話しできた。

 誰だか知らないけど、何か用事あるにしても後にしてほしい。

 わたしはイラつきをあらわにして抗議したつもりだったが、声の主はそんなわたしの気持ちを意に介することもなく、自分勝手にべらべらと喋り続けていた。


――だが、ざんねんじゃのう。今のわらわにはそなたをいやしてやれるだけの力はのこされていないのじゃ。――


 わたしは訝しんだ。


(残念?癒す?)


 これは一体何者で、何のことを言っているのかわたしにはまるで分らなかった。

 急に癒すと言われても、わたしには癒されるべき何かなどないはずだが。


(それってどういうこと。)


 わたしは思い切って聞いてみた。

 しかし、まるで幼い子どもが背伸びしているかの様な不思議な喋り方をするその声は、わたしの疑問などどこ吹く風といった具合で相も変わらずに捲し立て続けるばかりだった。


――しかしまあ、そのままというのもあわれなものじゃ。せめてもう少しぐらいはうごけるようにしてやろうかの。――


 声の主は自儘の果てにそう言った。


(何を――)


 もしかして、わたしに話しかけているのではないのかも。

 一向に繋がろうとしない言葉と言葉に、もう応答するのも馬鹿馬鹿しいくらいの気持ちになりながらも、それでもわたしは一応の体で問い質そうとした。

 すると、わたしがすべてを言いきる前にわたしに異変が起きた。

 それまで自分のものとも思えないほど身勝手にふわふわと揺蕩うばかりだった自分の体に、温かな血が隅々まで巡っていくようなジンジンとした感覚に襲われて、(おお?)などと驚いているうちにわたしは自分の両脚が地に着いていることを自覚できるようになっていのだ。

 そして、その温血は荒廃した原野のようになっていたわたしの心の中にも巡ってきて、今の今まで諦めと悲情に埋め尽くされていたとは思えないほどに、わたしの気持ちはすっかり軽くなっていった。


「あれ……?」


 気が付けば声も出せるようになっているし、いままでわたしの想いとは関係なくふらふらと勝手に揺蕩うばかりだった体さえも、思い通りに動かせるようになっていた。


――ほほ……。どうじゃ、それでうごけるようになったじゃろう。――


「あ、はい。」


 わたしは突然の状態の変化に困惑していた。

 声が出せて体も動く。辺りは一面の闇で何も見えないけれど、それは別にわたしが(めし)いたわけではなく、ここが暗い場所だというだけの話だろう。

 これは礼を言うべきことなのだろうか。


(いや。)


 わたしは考えをあらためた。

 ここがどういう場所なのか分からないが、せっかく会えたくーちゃんと離れたくないわたしにとって、体の自由を取り戻してしまったことはもしかしたら余計なことになるのかも知れない。

 体の自由が利かないことがここにいる条件。そんな妙な場所が一体現世(うつしよ)のどこにあるというのかとも思ったが、それでもわたしは不安を憶えずにはいられなかった。


「あ、あの――。」


 しかしながら、この後わたしがどうなってしまうにせよ、このまま黙っているというわけにもいかない。そう思って口を開いたのだが……。


――それにしても、タマズサなどと……。そのようなつまらぬものに、このわらわがひかれたとはとても思えぬ。――


「んあっ!」


 声の主がまたしてもわたしの言葉を遮って言い放った内容は、わたしにとって知りたくないし、知られたくもないものでもあった。


(何でそれを……?)


 わたしは誰にも聞かれていないと思っていた詩情的な気分が、この声の主には筒抜けになっていたことを知らされて赤面せずにはいられなかった。


――まあよい、早う行け。そなたはいつまでもそこにいてはならぬ。しるべはわらわがかってやるによって。――


 耳まで真っ赤にしている暇もあらねばこそ、どこまでもこちらの都合などお構いなしの声の主はそう言った。


(い、嫌よ。せっかくくーちゃんがすぐそこにいるのに。)


 振り回されっぱなしのこの状況下においても、そこだけはぶれていないわたしはそう考えながら、一向に姿も気配も見せずいつの間にか声も聞こえなくなっていた親友のことを想って、その命令とも取れる意見を否定した。


「いいえ、結構です。ありがとうございました。さようなら。」


 そして、もう会話になりそうもないその声の主とのやり取りを投げ出すと、まだ見えぬ親友の姿を求めてわたしは歩みを進め始めたのだが……。


――さあ、行くがよい。其方の在るべき処へ。――


 声の主が言い放ったその一言だけは、今までのそれとは口調がまったく違っていた。


「はい。」


 わたしはその声を聞いた途端に足を止めて背筋をピンと伸ばし、更にはその命令にも従う意思を示していた。

 それまでのどこか幼稚さの残った口調ではなく、得も言われぬ気品と威厳に満ちていて、聞いているだけで身が引き締まるようなそんな口調だった。

 するとわたしの胸元の尾羽が突然眩く耀いた。


「あっ!」


 わたしはその耀きに驚き目を閉じた。それでもまったく意味を成さないほどに強い光を放つそれは周囲の闇を猛烈な勢いで打ち払ってゆく。


「尾羽!」


 わたしは、まぶたの裏まで仄白くなるような光に照らされて、目を開くことも叶わないまま焦っていた。


「やめて!わたしに構わないで!」


 たぶんこの場所を出てしまったらもうくーちゃんとお話しできない。そんな気がしていた。

 だからこれが本当の最後の別れになるかも。

 無駄なことと感じてはいてもどこまでも果てしなく耀きを放ち続ける尾羽に抵抗せずにはいられなかった。


――気をつけよ。その体、だいじにあつかわねばすぐにダメになってしまうぞ。――


 先ほど感じさせた威厳はどこへやら、すっかり幼稚さを取り戻した声の主がこの期に及んで何かとても大切な気がすることを忠告していた。

 そんなこと知らない。

 どうでもいい。

 だからわたしをここから出さないで。

 わたしを、わたしたちを引き離さないで。


――…………。……。――


 声の主がまだ何かを言っている。何を言っているのか。とにかくこの自分をここから追い出そうとする光に抗うことに必死なわたしの頭には入ってこない。

 そして――

 不意に辺りから光が消え去り、まぶたの裏が真っ暗になったころになって、わたしはようやく目を開くことができた。

 そうしてそこに見えたのは、暗いながらも見覚えのある固く冷たい当たり前の地面だった。


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