終話.ここから先は
マルタが吐露したのは偽らざる本音である。これは好意と違い隠すほどのことでは無かったし、そしてクラウスの身も案じての事であったので、何の躊躇もなく言うことが出来た。
「もしもクラウスが私に辛い思いをさせたくないと言うのであれば、休める時にはきちんと休んで」
「ですが……お傍にいなければ守ることも……」
マルタのお願いにクラウスの表情が曇る。簡単には受け入れて貰え無さそうな雰囲気だ。
小さい頃から常に傍にいてくれたのがクラウスで、マルタもそれは見続けて来た。だからこそ、全てとは言わないけれどある程度の性格は分かっている。
こういう時のクラウスに対しては、何かしらの妥協点を示す必要があった。そうしないと引き下がらないのだ。
マルタは思案して――一つだけ、良い方法を思いつく。ただし、それは中々に勇気が必要な提案であり、言葉に出すのはためらわれた。
しかし、言わずにこのままにすれば、きっとクラウスは明日も明後日も同じようにする。今度はマルタにバレないように。
当然ながら、それを好ましいとはマルタは思わない。
そういうことをさせたくないからこそ、こうして話をしに来ている。だから、マルタは声を上ずらせながらも言った。
「わ、私を守りたいのなら、おお、同じ部屋に入れば良いじゃない」
四六時中一緒にいれば、クラウスは護衛をやりやすくなるし、そうなれば気の張り方も緩やかになり休まる時も増える。マルタも申し訳ない気持ちが薄まる。この提案は合理的で一石二鳥の案であった。
とはいえ、デメリットも無いわけではない。これは、外聞が悪くなる可能性があった。美青年を閨に連れ込む淫らな令嬢と吹聴されるかも知れない。
ただ、以前にクラウスも言っていたけれど、人の噂も七十五日という。仮にそういった話が巡ったとしても、いずれは収まるのであって、気にする程のことではないとマルタは判断した。
「そ、そして、同じ部屋に入るってことは、つ、つまり、私が泊まってる部屋にクラウスも泊まりなさいってこと!」
怒ってはいないのに、まるで怒っているかのような語気になってしまった。けれども、恥ずかしさを覆い隠すには勢いが必要だった。
「命令よ! これは主命令!」
最後の念押しにマルタはそう続けた。
こう言えばクラウスが折れるしか無くなるのも知っていたからだ。
明らかに間違っていることであれば諭してくることもあるけれど、今回の件はそこまでの事ではない。だからこそ、確信を持って言えた。
マルタの予想は当たり、クラウスはしばし悩む素振りを見せつつも、最後には「……分かりました」と力なく頭を垂れる。
まぁその、何はともあれ、こうしてマルタはクラウスを部屋へと招き入れ――そして、心臓のどきどきが止まらなくなった。
夜を共に過ごすということは、もしかすると、何かしらの間違いが起きてしまうかも知れない。
澄ました顔で一定の距離を置き続けるクラウスではあるけれど、男であることに違いは無く、それに若返っているのだから、閨を共にすれば心境に変化が訪れ、主従の関係を覆し女の自分を求めて来る可能性もある。
あくまでクラウスにも休んで貰いたいという思いからの提案であったけれど、そうした事態に発展するキッカケになりかねないのだ。
もっとも、今までお世話にもなった恩もある。だから、もしも急に迫られた場合でも、マルタは甘んじて受け入れるつもりをしていた。
けれども、そうして覚悟を決めてもどうにも心臓の鼓動が早まる……。
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――さて、突然ながら。この物語のここから先を述べるのは、少し長くなってしまいそうなので割愛したい。
ただ、簡潔に軌跡を記すのならば。
その後に王族との謁見を経て、庇護の対価としてある課題を出されたり――それに伴い剣の修練を再び始めることになったり――生きていたイルーツェクとの再会を果たし決着を付けたり――他の国の皇子たちからなぜか求婚されてしまったり――それらの問題を解決しつつクラウスとの仲が進展していったりと、物語は目まぐるしく回ったと言える。
でこぼこだらけの道のりであった。
けれども、物語の結末はハッピーエンドに終わる。
数十年もの先に、孫を抱きながら「色々あったけれど、今はとても幸せ」とマルタが笑顔になれるくらいには……。
今回が最終話になります。短い間ではありましたが、ここまでお読み頂きましてありがとうございました。駆け足的な終わりになりましたが、ほんの少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。