AS版その3『異世界人の思惑』-1
グレン・ナジャは、感覚を先の時間に進めることができるという――
といっても、本当に感覚が先の時間に進んでいるわけでは無い。
グレン・ナジャ本人がそう言ってるだけだ。
グレン・ナジャと同じ予言の能力を持つものがいないため、グレン・ナジャの予言が正しいかどうかはその未来が実際にくるまで確かめる方法なんてないのである。
もしも、グレン・ナジャの言ってることがデタラメで、ありもしない予言だったのであれば誰もかの三毛猫のヌイグルミを預言者などとは言わなかっただろう――
が、彼女が見たと言っている未来はほぼ正しく、皆彼女が預言者であることを疑うことがなかった―――
そして、今回の計画にも彼女の力が必要不可欠だということで、彼女が計画の総責任者となっている――
「だけど、それは辰君がいない状態の話……」
翡翠瑠璃は螺旋階段を上るような感覚で人より高い場所に自分の感覚をおいていく。
そこから眺めるのは今自分たちがいる時間よりも先の時間――グレン・ナジャの先の時間に進んだ感覚がある場所だ。
グレン・ナジャはその時間――来たるべき未来の情報を必死になって集めているだろう。
人より高い場所に身を置きただ眺めるだけである自分よりも、ずっと近くで正確な情報が得られるに違いない。
「だから私は『予知能力者』、グレン・ナジャは『預言者』、か……」
だが、瑠璃が眺めている未来も、グレン・ナジャが必死で情報を集めている未来も、御陵辰羅がその力――『シックス・フェイク』――により作り上げた偽物の未来である――
ヤミゴロモを失ったカゲホウシとクロマントは、ロイヤルセレナとベル・ホワイト、そして数名の協力者に少しづつ追いつめられていく。
やがて、カゲホウシ達は仮面に体を乗っ取られた生徒達に命令を下す――
魔法少女や、その仲間たちを倒せ、と……
魔法植物であるブラック・モノボルが受粉のために生命体の体を乗っ取る――その習性を利用した兵士量産呪法……
人間の世界を支配したい悪である天逆衆がなぜ今までこのようなことをせず、欲望強き人間に仮面をかぶせて欲望解放という形で戦わせていたのか?
それの答えは、欲望に忠実な人間に力を与えてた場合、その欲望に沿った力が発動し、特殊な能力を持った戦士が生まれるのに対して、この量産兵士は特殊な能力など持たない命令通りに動くだけの雑魚にしかならないからだ――
とか何とかそんな話が進んでいく。
「まるで、私の大好きなヒーロー物の最終回を見てるみたい」
瑠璃はにこやかにその未来を眺める。
「そして、そこに自分もいる、か……」
瑠璃は今までワーボワールから魔法少女の勧誘を受けていない。そもそも、瑠璃の予知の力は『星占部』の末裔である瑠璃の一族が代々受け継いできたものだ。
もし瑠璃が異世界生まれだったら、一族の力など、使えるはずがない。
「だから私の役割は、新たな魔法少女の友人――くらいかな?」
その、新たな魔法少女というのは神城綾花の変身する『魔法少女エース』だ。
学校の生徒たちに手が出せないロイヤルセレナやベル・ホワイト、そしてその仲間たちを助けるために登場し、綾花の『アーク』を使い、ブラック・モノボルの呪縛から生徒達を解放する――
綾花は……いや、魔法少女エースは魔法少女ロイヤルセレナのライバル的な存在となる。先輩であるベル・ホワイトには一応敬意は示すものの、今回の件を解決する術を持たなかった2人を明らかに軽視する。
「……綾花ちゃんって、そんなキャラクターだったかな?」
この友人の性格変化にはうさぎのヌイグルミ・キャロの持つ役割が大きい。
……見えている未来には、魔法少女エースに従う使い魔、キャロがいるようだ。
「でもあのヌイグルミ、綾花ちゃんは超常自衛隊の七瀬銀河さんのところに持っていっちゃったよね」
瑠璃もその時一緒に付いていったから、ちゃんと覚えている。
だから、この未来はありえない――綾花は魔法少女エースではないし、キャロもこの学校にはいない―――――
御陵辰羅のシックス・フェイク――それによって作られた偽物の未来。それこそが今瑠璃が眺めている未来。グレン・ナジャが先の時間に飛ばしたと思っている感覚で知った未来――!!
「……見えている未来なんてつまらないよね。何が起こるか分からないから、人生は楽しい」
もし、瑠璃の先祖が聞いていたならば、激怒しそうな事を口にする。
未来予知を間違える星占部は、ただそれだけで朝廷より抹殺された。
だからこそ、星占部は予知を狂わせるシックス・フェイクを持つ天逆衆を許さず、皇賀忍軍に抹殺を命じていたのだ。
その、星占、天逆、皇賀の血を引く自分達が、先の見えない未来の物語を作りだす――!!
「さあ、始めよう。先の見えない物語を!!」
「ヤミゴロモのやつ……大見得切った割には全く役に立たないなぁ」
クロマントがぼやく……
「仕方ありません。あれでも奴はこの天逆三人衆の中では一番の下っ端です。私たちが魔法少女を倒せば何も問題ありませんよ」
カゲホウシがそう言って新たな魔法を繰り出そうとする。
「あと、二人……」
息を切らしながらそう言うロイヤルセレナ。
ヤミゴロモは強敵だった。ヤミゴロモの放ったコロナリング・スピキュールは、かなりの高威力で、必死になってはっていたバリアでほとんど魔力が枯渇している。
それはベル・ホワイトも同じだった。
「宍戸先輩、大丈夫ですよね!」
「当たり前だ。この身に愛がある限り、僕は負けない!」
小鳥隆幸と、宍戸秀作もそう言ってはいるものの、ヤミゴロモを飛ばした時の疲労がまだ残っている。
「みんな……」
「スクープを期待しているわ……」
戦闘の役には立ちそうにない夏樹陽子と草薙苺……
そして、彼女たちを守るために魔力を使ってしまっている魔法少女達の使い魔レオとパク……
逃げるわけにはいかなかった。
逃げたら、黒い茨の仮面に体を乗っ取られた媛崎中学校の仲間たちを助けることができない―――そう、思えたから……
「「フレー! フレー! カゲホウシサマ!!」」
「「ガンバレガンバレ! クロマントサマ!!」」
その、体を乗っ取られた生徒達は、女の子の体は黒いチアガール服に変化した茨で黄色い声援を、男の子の体は応援団のような服に変化した茨を身にまとい、魔法少女達の敵に声援を送っていた―――




