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早春の温かい陽射しが、やわらかく窓から差し込み、青いグラデーションの壁が良く映えている。
Blue Gradationの店内からは、テーブルが退けられ、不揃いの椅子だけが、全脚奥の壁に向かって3脚、通路、2脚で、5列設られている。通路側の椅子の背もたれには黄色と白と青のスイトピーが飾られている。「ピンクは入れないでね。コンセプト変わるから」と、これは相変わらずの藍のこだわり。中央の通路には真っ白の、その名の通りバージンロードが敷かれ、縹の紹介で入ったカフェウェディング特集の取材スタッフも感嘆の声を上げる仕上がりだ。
店内最奥の最も深い青色に囲まれて、永遠の愛を参列者に誓う、いわゆる「人前式」が挙式され、そのままささやかな披露パーティが始まった。
「レン、おめでとう!本当に綺麗!お姫様みたい」
藍がレンにタックルするように抱きついた。
「式は挙げないつもりだったんだけど、やっぱりいいね。幸せ!って実感するよ。紺くん、青くんも、ありがとう」
「いえいえ。こちらこそ。なんか、宣伝に協力してもらうみたいな形になってしまって」
結婚式仕様に白シャツ黒のスラックスで、揃いの黒い蝶タイをつけた藍の幼馴染二人は、今日、漫画から抜け出たみたいだ。「花婿が霞むっつうの!」と藍に小声で突っ込むと「何言ってんの!今日の王子様は、レンのダーリンでしょ」と、やはり俗世の価値観とはズレた事を言う。
「ああ、こんな天然タラし女に、ハマらなくて本当に良かったよ」と、心の中で舌を出す。
「ところで、プロポーズはどうしたのよ」
藍は、この幼馴染二人から、世にも奇妙なプロポーズをされた後、縹氏からも「下心と恋心無しの求婚」をされていた。
実は縹から「友婚」の選択肢を提案される前に、青と紺はその決意を固めていた。
縹がビニール袋に、飲み物をたくさん抱えて現れたのは、いつ、どんなタイミングで切り出すべきかと、ふたりで話し合いを重ねていた時期だった。
「なーーんだ。安心した。ホッとした」
と、言う縹にも、しかし二人はプロポーズを勧めた。
「フェアじゃないっていうのもあるけど、なにより藍には、自分は選んでいい立場なんだって思ってもらいたいです」
「正直、縹さんと藍が結婚したらショックっす。誰にも渡したくないって思いもあって、俺たちも決断したから」
「縹さんの人生、それでいいのかな?とは、思いますけど」
「でも、縹さんの人生心配する筋合い、俺らにはないんで。藍の人生考えたら、無しじゃないな、って思えるくらいには縹さんのこと認めてるんで」
そう二人に言われて、「手をグーにして、なんか小学生みたいに泣いてた。あのおっさん」と、カフェウェディングの打ち合わせの時に、幼馴染が話してくれた。
「そうして、藍は俺たちの前から、姿を消したのだった」
「え?」
「そんな風に、小説みたいに格好良くフェードアウト出来たら良かったんだけどね。なにしろ、実家ツーツーだから、逃げも隠れもできないし」
「なんで消えなきゃなんないのよ?」
笑うレンに、藍はぷぅっとムクれて見せる。
「縹氏からもだって?」
「なんで知ってるの?あ、青かぁ」
忙しそうにキビキビと立ち回る幼馴染を、遠くから睨みつける。
「なんで最近、みんな急に結婚なんですか?」
プロポーズされた時、藍はおおよそ、そういう場面にそぐわない落胆した表情で縹に尋ねた。
「家族、になりたいと思ったから、かな」
「家族?」
「そう。人は、好きだ、愛してる、抱きたい、だけじゃなくても、側にいたい気持ちがあるんだなって、僕も最近。藍さんは自由だよ。どこに住んで、どんな仕事をしてもいい。でも、今の関係だと、藍さんがここじゃないどこかに住んで、別の仕事を始めたら、僕が関わる余地がなくなってしまう。でも、僕は関わりたい。でも、だからここにいてくれって言うのは違う。自由な藍さんを応援したい。そしたら、家族かなって閃いちゃって。家族なら、藍さんが、どこで、何をしていても、心配する権利があるでしょう」
「家族…」
「今の日本で、家族になる方法は、結婚が一番手っ取り早いからね」
「家族ね。なんか、その感覚、わかるかも。私もほら、ラブラブきゅんって感じで結婚するわけじゃないから」
「どっちにしろ、レンの大切な結婚式でする話題じゃないね。ごめん」
「いや。むしろ話題だよ。だって今から藍が追いかけてくれたら、私達まだ同級生ママになれる可能性があるからね」
分かり易く頭を抱えて、藍は仕事に戻った。
今日、藍は参列者でもありながら、会場側のスタッフでもあるのだ。
幼馴染と揃いの白シャツ姿で、青が下げたグラスをするりと受け取って、厨房の紺から手渡された新しい飲み物とフルーツの盛り合わせを、カウンターにセットする。
人には、色々な顔がある。色々な立ち位置も、関係性もある。でもそれは、ひと続ききのグラデーション。その、所々にたまたま名前が付いているだけだ。
「この店の、壁みたいだな」
レンは、ぐるりと店内を見回す。
今日、この店に集まった人々は、すべてレンの人生に関わる人。レンと、そのパートナーとなった人を祝福するために集まってくれた人。色々な付き合いの人がいるけれど、ラベルをつけ、名前をつけると「参列者」になる。
「その名前では言い表せないんだけど」
と、座りの悪い心地もするが、所詮名前なんてそんなものだ。
数限りないグラデーションの「その辺り」に、記号として付与しただけのものなのだ。知らない人に話した時に「あぁ、その辺りね」と、なんとなく共有できれば良いだけのもの。
「まぁまぁ便利で、心許ないもの。逆にぴったりなんて、ないのかもね」
藤代 恋 は、今日、深瀬 恋 になった。壁に「深瀬」の色名は無かったが、
「多分、一番奥の壁の中のどれかの色が、きっと深い瀬の色だよな」
藤色からは、大分離れたが、地続きだ。
「レン!」
会場側の仕事が、一旦落ち着いたのだろう。藍が新郎を連れて、記念写真を撮ろうとやってくる。
人生というひと続きのキャンパスの、今日という日は、きっとこの先「結婚記念日」なんて陳腐な名前で呼ばれるのかも知れない。だからこそ、この瞬間、こんなにキラキラした瞬間をめいっぱい、真摯に、心を込めて、味わおう。
そして、式が終わったら、海へ行って、夕方の刻々と変わる空と海のグラデーションを眺めよう。




