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「海の公園南口」というモノレールの駅の、海岸とは反対側の出口から出た最初の信号の角に「Blue gradation」という名前のカフェがある。
海風に少し傷んだような白い扉を開けると、期待したとおりの「カランコロンカラン」という音。店内の壁は、その名のとおり様々な「青」で塗られてて、奥へ行く程、青色が濃くなるので、実際よりも奥行きがあるように感じられる。近寄ってみないと解らない程の大きさで、ところどころにその青色の色名が小さく書かれていて「青の色見本」のようだ。
店内の椅子やテーブルは、扉と同じような白。
これは、実は元の塗料をヤスリで削り落とし、青と黄色をランダムに塗って乾かした後、石灰を加えた白ペンキを重ね塗りし、更に所々をヤスリで削り、下の青や黄色が少し覗くように、曰く「シャビー」な演出を施したものだ。店主二人の幼馴染である藍のこだわりで、バラバラで安く購入した中古のテーブルや椅子が、お陰で統一感と、曰く「エモい」雰囲気を醸し出しているが、これが結構な手間暇で、開業前の忙しい時期に想定外の労力を割かれ、最後の一週間は大袈裟ではなく不眠不休で開店を迎えたのだった。
店は、青島凛太朗の気さくな接客と、佐々山紺が淹れるこだわりの珈琲が通の客を捉え、開店から半年である程度軌道に乗った。
店内の鉄板で、じゅうじゅうとパティを焼くアメリカンなハンバーガーや、鉄板で溶かしたバターで表面をサクサクと焼いたホットサンドが海を訪れる人々の気分に大いに合致したのも良かったのだろう。オープンした年の秋には地域のタウン誌に「新たな名店」として写真入りで紹介もしてもらえ、海水浴シーズンを過ぎた後も順調に客足を伸ばした。
「なあ、紺」
「ん?」
「店オープンして、もう少しで1年じゃん」
「ん」
「俺ら、家でも一緒、店でも一緒で、窮屈に感じたりする?」
紺は開店前の掃除の手を止めて顔を上げた。
「青、窮屈なの?」
「いや。無い。俺、全然なくて。だから、俺がこんな居心地良いってことは紺が我慢してたりするのかなって心配んなった」
「ばかだなぁ。無いよ。毎日楽しいよ。てか、無理するとしたら俺より、青だから。ちゃんと言えよな。そぉゆうの」
「やー、俺まじ幸せだから。毎日合法的にペアルックだし?」
店の名前を染め抜いたTシャツは濃紺と空色の2色展開だが、一緒に出勤するので必ず同じ色で合わせることが出来る。
「おま、まじ、そぉゆぅこと言うな。恥ずい」
紺は、いわゆる恋話が苦手だ。後ろを向いてキッチンの拭き掃除を始めたが、耳が赤くなっている。
「デカい図体して、かわいい」
聞こえないふりをして振り向かない紺の後ろ姿を、青は思う存分眺めた。
紺と青、そして藍は幼稚園からの幼馴染だ。母親達が、保護者会の役員だったお陰で、放課後よく残されて、みんなが帰った後の保育室で遊んだものだ。きっと親達が何か雑務をさせられていたんだろうということは、大人になって周りの友達に子どもが生まれてから思い至るようになった。当時はただただ、占拠したような特別な気分が楽しくて仕方なかった。他の役員の子もいたのかもしれないが覚えていない。多分3人で遊ぶのが楽しくて、他は見えてなかったんだろう。
「長く一緒にいるから自然なのかなぁ。てか逆に、こんな長く一緒に居るのに、まだ楽しいって俺たち最強じゃね?」
「いいから掃除しろって。開店、間に合わないぞ」
紺の耳が更に赤くなっているのを確認して、青はモップに力を込めた。
「あの〜、もしかしてこのお店の名前の由来って…」
割と開店初期から通ってくれる常連さんが、お会計の時におずおずと尋ねた。
「はい。俺が青島で、あいつの名前が紺で」
「ああ、やっぱり。今日初めてキッチンの彼の声聞いて。『青』って呼んでたから、もしかしたらと思って。君が『紺、紺』て呼んでるのは良く聞いてたから」
「そうなんす。あと、もう一人俺たちの幼馴染が藍色の『あい』で」
「え。もう一人居るんですか?僕会ったことないや」
「いや。店は俺たち二人でやってるんすけど。めっちゃ、口出してきますよ。ほら、その椅子とか、『絶対シャビ—な感じがいい』ってきかなくて。あれヤスリで下地の色を削り出してるんすけど、手、腱鞘炎になるかってくらい大変だったですよ」
「へぇ。僕、好きなんですよ。ここの家具。『シャビ—』って言うんだ?」
「古びた、とか寂れたとか、なんかそぉゆぅのみたいです。それっぽく言えばいいってもんじゃないと思うんすけどね」
娘を褒められた昭和の父のような照れ方をする青に、更に警戒心を解いた常連客が
「あの、一つお願いがあるんですけど」
と、名刺を取り出した。
「縹色のところで写真撮っても良いですか?」
縹 伸弥
書かれた名前を見て、青の顔が弾けた。
「なんだ!お客さんも仲間じゃないっすか。紺、紺、来いよ!一緒に写真撮ろう」




