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第137話 マルチバース・ナビゲーション・システム

 四月。

 魔法学校の大学部へと進学した俺たちは、真新しい白衣を羽織り、エレノア先生の研究室に集まっていた。

 高校の教室から大学の研究棟へ移動しただけで、顔ぶれは全く変わっていない。コーヒーの香りと、羊皮紙に書かれた魔術式のインクの匂いが漂う、いつもの日常だ。


「さて、大学生になった初日からいきなり本題に入るわよ」


 エレノア先生がホワイトボードの前に立ち、マーカーペンをカツカツと鳴らした。


「私たちの最終目標は、無数に枝分かれした並行世界(灰色の世界)にいる『ヒロ・ジェンゴ・私』の三人に魔法の因子を配り、成長させてから世界線を統合すること。……ここまではいいわね?」

「はい。そのための『世界線跳躍』自体は、ヒロさんの空間魔法と特異点としての力で可能です」


 ジェンゴが真面目に頷く。


「問題は、跳躍した『後』よ」


 先生がホワイトボードに、丸い地球の絵を描いた。


「以前、私たちが灰色の世界に行った時、移動手段がなくて結局空をフワフワ飛び回って終わったわよね? もし、あの広い地球の中から、並行世界の『私たち三人』を歩いて探し出そうとしたら……」

「途方もない時間がかかりますね。一生かかっても見つからないかもしれない」

「そういうこと。だから、並行世界に到着した瞬間、対象の目の前に一瞬でワープできる手段が絶対に必要になるの」


 先生の言葉に、俺は少し考えてから口を開いた。


「それなら、心当たりがある」

「えっ、本当!?」

「ああ。俺が普段使ってる『ショートワープ』を応用するんだ」


 俺は立ち上がり、研究室の空間を指で軽く叩いた。

 波紋が広がる。


「普通、空間転移っていうのは『物理的な空間座標』を指定して飛ぶ。でも、あっちの俺たちがどこに住んでいるか分からないから座標の指定ができない」

「ええ、そうね」

「だから、空間の座標じゃなくて『魂の座標』を固定して飛ぶんだよ」

「魂の……座標?」


 ジェンゴが不思議そうに首を傾げた。


「この前、地球の核や風の精霊の里で、俺たち『精神体』になっただろ? あの時、肉体というフィルターを外して世界を見たからか、俺は『魂の波長』ってやつを感覚的に掴めるようになったんだ」

「なるほど……!」


 先生がハッとして目を見開く。


「並行世界にいる私たちも、ベースとなる魂の波長サインは全く同じ。つまり、自分自身の魂の波長を『ビーコン(発信機)』の代わりにして、そこに直接空間を繋げるってことね!」

「そういうこと」


 俺は実演するため、目を閉じた。

 ジェンゴの持つ特有の魂の波長を思い浮かべ、それに波長を合わせる。そして、指先で空間の裂け目を開き、そこへ机の上の消しゴムを放り込んだ。


――ポスッ。


「うわっ!?」


研究室の隅でコーヒーを飲んでいたジェンゴのブレザーの胸ポケットに、空間の裂け目からポトリと消しゴムが落ちてきた。


「おお! 物理的な距離や障害物を完全に無視して、僕の『魂』をピンポイントで狙撃してきましたね!」

「ああ。魂の波長さえ掴めれば、あっちの世界に到着した瞬間、ターゲットの目の前に一瞬でワープできるはずだ」


俺が胸を張ると、エレノア先生が感心したように息を吐いた。


「理論は完璧ね。……でもヒロ、それ『どこまで』届くの?」

「えっ?」

「ここから数メートルのジェンゴの魂は掴めたでしょうけど。もし対象が、地球の裏側のブラジルにいたら?」


 先生の指摘に、俺は言葉を詰まらせた。

 試しに、遠く離れたゼノビアにいるはずのラシード大佐や、五島列島の祖父の波長を探ってみる。銀杖で感知能力を上げれば、遠く離れた彼らの『魂の座標』自体はハッキリと知覚できた。

 ……が、ダメだ。


「……波長ターゲットの場所は分かるんだけど、そこへ飛ぶための空間が繋がらない。距離が離れすぎていて、どうやってそこまで空間をショートカットすればいいのか、道筋のイメージが全く湧かないんだ」

「なるほど。ここから数メートルなら感覚で飛べても、地球の裏側となると、途中の空間をどう処理して転移するのか、脳が追いつかないのね。……だったら、その『長距離転移』のための空間座標と道筋は、私がすべて数式化して言語化してあげるわ」

「本当ですか!? 助かります!」

「ああ。現状の理論のままじゃ、ヒロの脳の処理能力と空間魔法の出力じゃ絶対にパンクするからな」


ずっと腕を組んで黙っていた兄さんが、ゆっくりと口を開いた。

 そして、ホワイトボードの地球の絵に、『回数』を示す矢印を書き加える。


「跳躍後の『移動手段』の理論は先生に任せよう。……だが、ヒロ。お前、それ以上に自分がこれからやろうとしている『試行回数』の異常さを分かっているか?」

「異常さ?」


「あっちの世界は、一つや二つじゃない。『万界』と呼ばれるほど無数に存在しているんだ。お前がいちいち魔力を使って世界線を跳躍し、魂を探知してワープし、因子を渡す……。それを何百万、何千万回と手作業で繰り返すつもりか? 過労死するぞ」

「うっ……」


 確かに、膨大な世界線を相手にするなら、手動でのワープは非効率的すぎる。


「それに、もう一つ重要な要素がある」

 兄さんが今度は、『時間軸』を示す矢印を書き加えた。

 

「因子を渡す『タイミング(時代)』だ。早すぎても遅すぎてもダメだ。最も魔法への渇望が高まる、最適な年齢と日時にピンポイントで跳躍しなければならない。……ヒロの感覚的な魔法だけでは、必ずブレが生じる」

「じゃあ、どうするんだよ」

「俺とジェンゴで、そのブレを補正し、跳躍を自動化する『魔道具』を創る」


 兄さんがニヤリと笑い、隣に立つジェンゴの肩を叩いた。


「跳躍後の『長距離転移』の理論はエレノア先生に任せよう。そして並行して、ヒロの世界線を渡る力も先生に理論化してもらい、俺がシステムとして設計・再構築し、ジェンゴの『創造魔法』で未知のハードウェアを組み上げる。

……狙った世界線の、狙った時代に正確に跳躍するための『マルチバース・ナビゲーション・システム』だ」

「おおっ……!!」


 横文字のカッコよさに、俺とジェンゴが思わず歓声を上げた。


「さすが魔王の兄、考えるスケールが違うわね。世界線跳躍のシステム化……魔法研究者として血が騒ぐわ!」


 エレノア先生も白衣を翻し、興奮したように目を輝かせている。


「というわけで、ヒロ」


 兄さんが俺に向き直った。


「ナビゲーション・システムと因子の抽出理論は、俺と先生、ジェンゴの三人で大学の設備を使って完璧に仕上げておく。……お前はその間に、王としての『格』を上げてこい」

「格?」

「ああ。因子を配るシステムができても、肝心のお前が『精霊王』としての権限を完全に掌握していなければ、魔法を付与することはできない。……世界中の精霊に会いに行き、精霊たちの承認を得てこい」

「……なるほどな」


 俺は自身の相棒である銀杖を軽く握りしめた。

 並行世界へのインフラ整備は、最高に優秀な身内に任せればいい。

 俺のやるべきことはただ一つ。この世界に存在する、あらゆる精霊たちと対話し、魂の繋がりを確固たるものにすることだ。


「よし、決まりだ」


 俺は研究室の窓を開け放ち、春の風を深く吸い込んだ。


「まずは俺の召喚空間にみんなを集めて、作戦会議(お茶会)だな。……行ってくるよ、世界を巡る『精霊王』の挨拶回りに」


 並行世界への移動問題がクリアになり、それぞれの役割が明確に定まった。

 ここからいよいよ、世界の枠組みすら超える、果てしないスケールの放浪の旅が始まる。


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