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最初の魔法

記憶を頼りに俺は服をしまっている箪笥を開け、可愛らしいワンピースの様な服に袖を通してみることにした。

「·····。」

若干の後ろめたさはありつつも、抵抗があるという訳では無い。これも、残り三割の、この体の影響なのだろう。

それにしても不思議だ。前世では当たり前のように男として過ごしてきたのに、人生で一度だって、ワンピースを着たいと思ったことすらなかったのに、ブラジャーの付け方や、髪の結い方なんてものもさぞ当然の様に知っているし、出来ている。別の例えで表すなら、昔やめてしまったピアノを、おとなになってから弾いてみるとなんか弾けてしまう。そのような感覚。

「気持ち悪い」

心底気持ち悪かった。自分が自分でなくなって行くような感覚。精神だけが死んでしまうような、何も考えられなくなってしまうような恐怖を今強く感じている。

おそらく時間が立つにつれて、こんな考えすらできなくなってしまうだろう。

······。

いや。こんなことは些細な問題でしかない。

躊躇って袖すら通してなかったワンピースのような服に、素早く腕を通す。

「我ながら完璧だな」

ファッションには自身がなかったものの、かがみを見たときそう確信した。

ここに来てエロゲーをやりまくっていた前世の記憶が役に立った。実に複雑な気持ちだ。

しばらく時間がたった。

着替えを終えた俺は、父と朝飯を食べなければならない。マーチは下で待っていますと言っていたが、下とは一体どこのことだろうか。転生先の家庭が裕福あるがゆえの苦労といったところか。

廊下に出て階段を探そうとしたら、すぐ左のところに、マーチとは異なる服を着た男執事が立っていた。多くの髭を蓄えており、いかにも執事という感じだった。名をドン=デバイというらしい。

「トーカお嬢様。お父様が既に朝食の席についておられます。急がなければなりませんので、少し私の手を握ってくれませんか?」

そう言うと彼は自身の着ていたスーツの胸ポケットから、隠すように一枚のカードを取り出した。

「あ」

あれは、あの声から聞いた魔法カードでは?

「気付いてしまいましたか。」

彼は俺の顔を合わせる見てニコリと笑った。

「家内でのカードの使用は、あなたのお父様の決まりにより原則禁止されているのですが今回ばかりは特別ですよ」

と言って彼はなにかカードに向かって話しかけた。おそらく魔法発動の条件なのだろう。

「Activation」

そう言うと、自分たちの周りの空気が青白く光り始めた。温度が上がっていくのも分かる。強く風が舞い、反射的に目を閉じてしまった。

「Teleport」

次の瞬間、眼の前に大きな扉が現れた。

「さぁ、お嬢様。つきましたよ。中でお父様が待っております。扉を開けて挨拶をしてくださいな」

そう背中を押してくれた執事は、今度は歩いて何処かへ行ってしまった。

「ありがとう」

俺は聞こえるかもわからない位の声量で感謝を述べた。

·····。

やはり緊張するものがある。この世界の自分の顔を見たときも同じようだが、記憶の伝達は外的刺激を受けなければ蘇らない。つまり、父親の姿を見るまでは、名前すら思い出せない。

ギィ、と扉を開ける。年代物なのか、自分の力が弱まったのか、少しだけ硬かった。

中の様子を見るとそこにはマーチを含めた約十人のメイドと、一人の男が座っていた。名をグレーメル=ソーラス。俺の父親らしい。

「お嬢様、こちらの席に」

俺を真っ先に案内してくれたのは、一番近くにいたマーチだった。

促されるがままに俺は席に座る。座った後に自分の父親と目線が合う。

「今朝は早起きなんだな」

急に話すものだから驚いたじゃないか。

「そうですねお父様。ドンさんが私をカードで送ってくださったからかし····」

ら、と言う前に気づいた。そういえばこの家では魔法カードは使用厳禁だったことに。

「なに」

父親の眉が少し下がった。

「いえ間違えました。これは一種の冗談でして....」

フン、とため息を付いたあとに

「まぁいいさ。後で言っておけば」

と言った。

「明日から学校だが、お前は行く準備できているんだろうな」

え。

「もちろんです」

即答してしまった。

「なら、良い」

·····。

食事が終わり俺はメイドさんや父親よりも先に部屋を出た。考えてみれば、父親に対してあのような口調は、はたして正しかったのだろうか?記憶の伝達は父親のことのみを俺に伝えて、彼との関係値までは深く知らされていなかった。

そんなことよりも学校。

俺はなんとか自分の部屋に戻ることができた。そして、箪笥や押し入れなどを確認した。

何もなかった。この世界にあるのかわからないが教科書らしきものすらない。

「どういうことだ」

このままでは手ぶらで学校に行くことになってしまうと悩んでいたところに、ノックの音がした。

「失礼します」

マーチの声だ。

「こちら、先程主人がおっしゃっていたお嬢様の学校に持っていくものです。」

そう言って彼女は俺に包袋を渡した。

「遅くなってしまい申し訳ありませんでした」

謝ることではないのでは?と思ったがまあいいだろう。

「いいえ、大丈夫」

然様でございますか、とマーチは部屋を出ていった。

出ていった後直ぐに俺は袋の中を確認した。もしかしたら中に魔法カードが入っているかもしれないからだ。

「·····。無いな」

あるのはそれらしき何も書いていないカードが三十枚ほど。

「ドンさんのはもっとカラフルだったぞ?」

······。

無いものは仕方がない。明日学校で聞くしかないかと意気込みながらも、今日一日中はカードのことで頭がいっぱいだったトーカであった。


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