138、状況を打開するための囮
フレイラによる全体放送の内容に戸惑う一行。その中で、アオイはある仮説を立てる。それはフレイラがマリエラによる支配を受けているというもの。殲滅宣言に追い詰められた状況を打開すべく、アオイはある作戦を提案する。
マニュアル曰く、その異能を使えば通常より早く相手との信頼を育むことができる、らしい。
「思えば、不自然だったんです。カゲロウが現れたあの時、敵陣営の人間が来て安心するなんて」
「お前も異能の影響下にあったということか」
「……単に私がチョロいだけかもと思いましたがね。それに、彼女はフレイラの母代わりだと言っていました」
強く育まれた信頼は思考力を奪うのだそうだ。マリエラがどんなに突飛な行動をしようと、異能による異様なまでに強い信頼で結ばれた相手は疑問を持たず、「何か理由があるはずだ」と勝手に自身を納得させる。それこそ親を無意識に神格化し、揺るがぬ信頼を向ける子供のように。
「カゲロウの部下にも使っていたのを見るに、普段から異能で自分の地位や安全を確保しているんでしょう。フレイラだけが例外、とは考えにくいです。立場や地位を確立する上で、女神であるフレイラの信頼は最も欲しいものでしょうし」
「じゃ、じゃああの宣言も……」
「マリエラが言わせたもの、と考えた方がいいでしょうね」
昨日の今日で急に考えの変化が起きるとは思えない。傷つけることを拒んできたフレイラの攻撃的な言動には、マリエラが関係しているのはずだ。フレイラは言葉の通り、母のようにマリエラを慕っている。頼みに頷くのは簡単に想像できた。
それに、と俺はマリエラ陣営から受けた散々な責め苦と口汚い言動を苦々しく思い出す。殲滅という言葉はフレイラよりマリエラの方がよほど似合って見える。
「大方、私が捕まらなかったことに業を煮やして、といったところでしょうか」
「手に入らないから殲滅か。バルタザールといい、お前は強引な奴に好かれないと気が済まないのか」
「……好きで好かれてませんって」
あと、お前も大概強引だろうが。
ちくりと刺すように添えられたひと言に反論するが、それは内心に留めておく。言ったら倍のお小言が返ってきそうだし、遠回しにライゼにも好かれていると自ら宣言する自意識過剰野郎にはなりたくない。
周囲からの生温い視線を感じ、ごほん、と咳払いをひとつ。
「とにかく、今すぐに行動を起こすべきです」
「へ? な、なんでですか?」
俺の言葉に面食らった様子でサトルが声を上げる。周囲からの視線が集まると、見られるのに慣れていない青年は焦ったように「いや、わかってはいるんですけど」と、顔の前で両手を振った。
「緊急事態だし、いち早く動いた方がいいんだって。でも、グレンドさん、でしたっけ。彼がどこいったかとか、祝福とか、まだわかんないことだらけだし、今すぐっていうのは難しいんじゃないかと思って。それに、作戦が開始されるのは一週間後なんですよね? すぐ動かなくても、まだ準備する時間はあると思うんです」
「そ、そうなの。フレイラが操られてるにしろ何にしろ、マイカたちが狙われているのは変わらないわけだし。なら作戦までの間、備えるべきなんじゃ……」
「オレも同意見だ。しかし、お前の事だ。そうすべきという理由があるんだろう?」
同じことを思っていたのか、マイカとライゼも彼の言葉に続く。その疑問は最もだ。わからないことも多い上、狙われている以上、迎え撃つための入念な準備を考えるべきだし、実際ついさっきまではそうするつもりだった。が、そうも言っていられない理由ができたのだ。
「そうですね、準備は必要です。けど時間はかけられません。マリエラが関わっている以上、正直、一日も惜しいほどです」
「そ、それはどうして……?」
「時間をかけるほど、こちらが不利になる可能性が高いので」
マニュアルには続きがある。マリエラの異能で完璧な傀儡に仕上げるのに必要な期間は、約一週間。つまり、一週間という期間を与えれば、マリエラはさらに勢力を拡大させることができてしまう。増えるのがひとりか、はたまた数百人かはわからないところだが、他ならぬマリエラ側が提示した期間なのだ。マリエラに有利に働くのは目に見えている。
もちろん、そんな細かいこと一言一句マニュアルで読みましたと言えるわけもないので、かいつまんで説明する。こういう時、マニュアルのページを開いて見せられたらいいのにと思う。見えないというのは不便なものだ。説明に困る。
「一週間の間、マリエラがさらに異能を使い、仲間を増やさないとも考えられません。勢力を増やされてはこちらもジリ貧です」
「でも、行動を起こすって言っても何をどうすればいいの……? グレンドの居場所だって、フレイラを追ってたら見つかるかもって、思いついたばかりなのに」
「……作戦があります」
不安げに言葉を零すマイカを落ち着かせるように声を抑え、俺は口を動かす。
そう、作戦は浮かんでいるのだ。
「フレイラの祝福がわからない以上、今すぐ止めることは難しい。けど、マリエラの異能を解くことで、考えを変えることはできるかもしれません」
「異能を解くって、どうやっ……あ」
思い至ったという顔でこちらを見てくるマイカに、こくりと頷く。異能の元である転移者をどうにかする方法は最初からこちらの手の内にあるのだ。
「そうだ! 元の世界に帰しちゃえば……!」
「はい。そのために、マリエラを表舞台に引きずり出してやりましょう」
「しかし、相手も警戒しているだろう。どう引きずり出すんだ」
ライゼからの当然の疑問を返すには、少し覚悟が必要だった。言うことはもう決まっているが、それを言った瞬間どんな反応が返ってくるかは想像できるからだ。
息を吸う。吐き出す。そして、告げる。
「私を囮にします」
「──は」
思っていた通り、空気が凍った。ライゼの黒い目が信じられないものを見る目でこちらを見ているのがわかる。しかし、初手に怒号が飛んでこないのは幸いだった。俺は相手が言葉を失っているのをいいことに、口を挟んでくるより早く口を動かす。
「マリエラは私に執着しています。それも、異様なほど。一度取り逃した今、姿を見せれば必ず現れるでしょう」
「……な、お前、お前なあ……!」
「き、危険なの! 危険すぎるの! 囮って、そんな、何されるかわからないんだよ!?」
「だからこそです。手段を選ばなくなるほど苛立っているからこそ、目の前にぶら下がった餌に食いつかずにはいられないはず」
絶句するライゼに考え直せと言いたげなマイカ。けれどふたりがどんなに言葉を重ねても、マリエラを釣る餌に俺が最適という事実は崩せない。
何せ奴は、俺を捕えるためだけにフレイラに黙って単独で行動し、危険な状況にわざわざ首を突っ込んでくる程度には俺にお熱なのだ。フレイラより先に手に入れたいのか、他に何か理由があるのかは知ったこっちゃないが、俺が囮になればまた単独でアプローチを仕掛けにくるかもしれない。
「な、ならマイカたちは? マリエラをボコボコにするために、傍で見守る、とか?」
「最悪の事態は敵に一週間の猶予を与え、グレンドが不在の状態で殲滅を開始させることです。なので、マイカたちはグレンドの捜索を。彼は心強い戦力ですから」
万が一、敵の手に落ちでもしたら目も当てられないから、とはさすがに言えなかった。グレンドは強い。だからこそ、捕らえられてマリエラに心酔させられるコースは絶対に避けなければならない。そうなったら結果は絶望的だ。
「本当にアオイちゃんだけで囮になるってこと? 確かにマリエラが捕まえられるかもしれないけど、でも……」
「大丈夫! とびきりの餌になるプランは考えてありますし、それに」
でも、でも、と言葉を重ねるマイカに、俺は虚勢を張っていたずらっぽく笑いかける。怖くないわけじゃない。けど、やらなくちゃならない。この少女を笑って元の世界に帰すためにも。
「何も、馬鹿正直にひとりになるつもりもありませんから。……ね?」
そう言って、俺はふたりに視線を送る。ひとりは言葉を無くしたように顔面を手で押さえ、もうひとりは呆気にとられている、不可視の奇襲部隊に。
それは信頼か、それとも支配か
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