172. 二人の先生
「よお、オーウェン。元気にしてたか?」
振り向くと、そこにはクリス先生がいた。
「クリス先生。お久しぶりです」
「しばらく見ないうちに、お前も大人になったな」
「本当ですか?」
「いや、冗談だ。まだまだ未熟だ」
わっはははとクリス先生が笑う。
上げてから落とす感じがクリス先生らしい。
「来年から私が本格的に指導してやる」
「え? ってことはクリス先生の部隊に配属されるんですか?」
「そうだ。私が上に掛け合ったからな」
「そこまで僕のことを評価してくれていたんですね」
「何を言う? 私と比べたらお前なんてミジンコだよ」
「ミジンコは酷い!?」
俺はクリス先生に抗議する。
そりゃ、最強の氷使いであるクリス先生と比べたら俺は雑魚だけど……。
これでも、それなりに魔法を極めてきた気がする。
「安心しろ。私からしたらほとんどのやつはミジンコですらない。ミジンコのお前は周りと比べれば多少優秀だよ」
「唯我独尊。さすがは氷結の悪魔だ。クリス先生の部隊員となると大変そうですね」
「ああ、大変だな。私の部隊はきついぞ? 訓練で死人が出るって言われてるからな」
「マジですか?」
「ああマジだ。大マジ。特に一年目のやつらは毎日ひいひい言って、死にそうな顔してやがる。新人が入ってくる時が一番楽しいな。どう調理してやろうかって考えただけでストレス発散になる」
「うわー。嫌な人」
「馬鹿言え。それぐらいやらないと実戦で使い物にならんだろ。すぐに死なれたら、そっちのほうが問題だ」
「ぐうの音も出ない正論ですね」
「だろ? まあ、そういうことだ。来月からは覚悟しとけよ」
実戦で死ぬのは嫌だけど、訓練で死ぬのはもっと嫌だ。
「死なない程度の訓練をお願いします」
そう言って頭を下げたときだ。
どこからか現れたカザリーナ先生が話に入ってきた。
「クリス来ていたのね」
「一応私が受け持った生徒の卒業式だからな」
「そういえばそうね」
カザリーナ先生が頷く。
「聞いたぞ、ファラを倒したんだってな」
「え、ええ……」
「さすがはカザリーナだ。ファラは強かっただろ?」
「そうね。強かったわ」
二人の間には微妙な空気が流れる。
ファラは二人の同級生だったと聞いている。
同級生を倒すってどんな気持ちだろう?
って思ったけど、そういえば俺も同級生を殺していたな。
それも初等部一年のときに、だ。
「おい、オーウェン。なんでお前が神妙な顔をする? 卒業式なんだからもっと笑えよ」
「クリス先生が変な話題を振ったからじゃないですか!」
「それもそうだな」
クリス先生はそう言って豪快に笑った。
昔から思っていたけど、本当に愉快な人だ。
「懐かしいな。卒業してからもう10年以上も経ったんだな」
「そうね。随分と昔のことね」
「オーウェン。お前にアドバイスをやろう。ありがたく聞け」
クリス先生がピンと人差し指を立てた。
「はい、なんですか?」
「時が経つのは早いぞ。ウカウカしてたら、いつの間にか枯れてしまう。だから時間を大切にしろよ」
「わかりました」
「私はもうおばさんだ」
「クリスがおばさんなら私もおばさんよ」
「二人ともまだ若いですよ」
「あらあら、オーウェンさんはお世辞が上手ですね」
カザリーナ先生が口元に手を当てて笑った。
「私を口説くのは100年早いぞ」
「100年後には僕たち死んでますよ。ていうか、口説いてませんから」
クリス先生を口説く勇者なんているのだろうか?
下手に口説いたら『もっとしっかり口説きやがれ!』と言われて氷漬けにされそう。
「こんなに美しい私を口説かないなんて損失だぞ。まさに人類の損失だ。いっそのこと、世界なんて滅びれば良い」
はあ、とクリス先生がため息を付いた。
彼女に何かあったのだろうか?
気になるが聞いてはいけない気がする。
闇が深そうだから。
そのあと唐突に、クリス先生が優しいまなざしを向けた。
「なにはともあれ、卒業おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
話題の急な切り替わり。
昔と変わっていない。
クリス先生はいきなり真剣な表情をすることがある。
ギャップ萌えってやつだ。
萌えないけど、ドキッとさせられる。
「先に言われてしまいましたね。では私からも。オーウェンさん、ご卒業おめでとうございます」
「ありがとうございます! カザリーナ先生!」
俺は満面の笑みを浮かべて応えた。
「おい、オーウェン。私とカザリーナで反応が違うぞ」
「えー、そうですか? 人柄の違いじゃないですか?」
「来月から覚えとけよ」
「ふふふっ、クリスもほどほどにね」
「こいつは甘やかすと調子に乗るからな。しっかり躾けていかないとダメになる」
クリス先生が僕を睨んできた。
「うわー、怖い。だから先生は未だにどくし――」
――独身なんですよ。
と俺が言おうとしたとき、寒気を感じた。
クリス先生から冷気が放出されていたのだ。
「ああああああん? 何か言ったか?」
「い……いえ、なんでもありません」
俺は素直に頭を下げる。
こんなところでクリス先生に氷漬けにされたら堪らん。
「お前はいつも一言多い」
クリス先生が呆れながら言った。
俺たちの様子をカザリーナ先生は笑いながら見ていた。
クリス先生とカザリーナ先生。
対照的とも言える二人おかげで、俺はここまで成長することができた。
恥ずかしくて面と向かっては言えないが、俺は二人を尊敬しているし、感謝もしている。
先生たちに出会えて良かった、と改めて思った。
いよいよ明日、3巻が発売します!
また『マンガよもんが』で悪徳領主のコミカライズ版が連載されています!
ぜひそちらもご覧になってください!