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166. 救済

 時は少しだけ遡る。


 オーウェンと別れたあと、シャロットが開口一番に言った。


「結界を壊しましょう」


「どうやって?」


 エミリアが疑問を口にする。


「原因を突き止めること自体は、そう難しくありません」


 シャロットが自信ありげに続ける。


「これほどの広範囲の結界は貼るには、魔法陣と魔石が不可欠です。それを壊せば結界は止まります」


「そうね……」


 エミリアは同意を示す。


 しかし、直後に、


「でも、結界を壊すよりも、瘴気を止めるのが先決じゃない?」


 とエミリアはいった。


「おそらくですが……どちらも同時に解決します。ちょっとだけ見ていてください」


 シャロットはそう言った後に、上空に火球を放った。


 すると、火球は結界に当たったかと思いきや、そのまま、結界をすり抜けて外へと消えていった。


 その光景を見たシャロットは「やっぱり」と一人で納得する。


「どういうこと?」


「この結界は物理結界ではありません。指定された物質を閉じ込める結界です。もっと具体的に言えば、瘴気を閉じ込めるための結界です」


 そこまで言われてエミリアはシャロットの言いたいことが理解できた。


 学園街で起きている現象――魔物化現象は人が瘴気を多く吸収したために起こるものだ。


 わざわざ、結界で瘴気を逃さないようにしているということは、結界を壊せば、魔物化現象を抑えられるというわけだ。


「結界を破壊し、外気と交わることで瘴気が薄まる。それによって、魔物化現象が止まるということね」


「その通りです」


 シャロットは肯定するように首を縦に振った。


「私達は魔法陣の魔力供給源となる魔石を見つけ出し、破壊すれば任務完了です」


「そうなると魔石を探さないとね」


 しかし、この学園街の隅々まで探すとなると、結構な時間を要する。


 エミリアの不安を他所に、シャロットが「目星はついています」と答えた。


「これほどの広範囲な結界ともなれば、十中八九、魔石は結界の中心にあります。詳しい説明は省きますが、そうでなければ、魔法陣が成り立ちません」


「要は結界の中心に行けばいいのね。それなら、一瞬で連れて行って上げるわ」


 結界の中央、それは初等部の訓練所である。


 そちらの方向の瘴気がより濃くなっており、目印としてはわかりやすい。


「ちょっとばかし乱暴になるけど、我慢してね」


 エミリアは魔力制御に集中した。


 彼女がイメージするのはオーウェンの姿だ。


 空を自由に駆け上がるオーウェンの姿をエミリアは何度も見てきた。


 そして、自分も空に飛びたいという願望を抱いた。


 そんな彼女だから、より鮮明に、飛翔するオーウェンの姿を想像できる。


 想像は現実になる。


風巻(しまき)


 突風が3人を空へと押し上げた。


 飛行魔法というには些か不安定であるものの、彼女らは確かに空に浮かんでいる。


 エミリアは、より一層、空を駆けるイメージを強めた。


 そして、


「地に縛られず、空を駆ける――飛翔」


 風が彼女らを包み込み、爆風によって上空に高く打ち上げた。


「いっけええぇぇぇぇ!」


 エミリアは妙に高いテンションで叫び、それに呼応するように3人は高速で空を移動した。


 オーウェンの飛行魔法と違って、自由に空中を移動できるわけではない。


 ただ目的地に向かって、真っ直ぐに飛行する。


 でも、今回の場合、それで十分だった。


 今必要なのは、最短で目的地に着くことだから。


 不安定な上に目が回り、乗り心地の悪さにエミリア以外の2人は酔ってしまった。


 しかし、その甲斐もあり、彼女らはすぐに目的地の前まで来た。


 エミリアは一旦、魔法を解除させる。


 だが、それまでの勢いがあり、彼女たちは放物線を描き初等部の訓練所に落下していく。


 ぎゃー、ぎゃー、騒ぐシャロットと、目をぎゅっと閉じる無言のファーレン。


 対象的な二人を尻目に、エミリアは魔法を使った。


「いでよ――水柱(みずばしら)


 水柱がクッションとなって、3人を受け止めた。


 しかし、それでも衝撃を殺し切れず、彼女らは勢いよく地面にぶつかる。


 いたたたっ、とシャロットが声を上げながら尻もちをついていた。


 幸い、三人に目立った外傷はなく、ひとまず着地は成功したといえよう。


 無事に目的地にたどり着いたエミリアは、さっと周りを確認する。


「悠長に構えている時間はなさそうね」


 シャロットとファーレンはエミリアにつられて、周囲を確認する。


 彼女らを囲むように、サンザール学園の制服を来た化け物たちがいた。


 魔物化現象によって姿を変えさせられた、哀れな生徒たちだ。


 シャロットはぎゅっと口を結んだ。


「こいつらは……学園の生徒なんですよね」


 シャロットが顔を顰めるのも無理はない。


 同じ学園の生徒が異様な姿になっているのを見て、感情を揺さぶれるのは当然のこと。


 もしかしたら、この中にシャロットたちの知り合いも含まれているかもしれない。


 そう考えた瞬間、シャロットは口元を抑えた。


 彼女はなんとか嘔吐するのを我慢したが、喉元まで吐瀉物がこみ上げてきていた。


「うっ……」


 シャロットと同様に、エミリアの心中も穏やかではなかった。


 むしろ、この状況下で平静を保てる方が異常なのだ。


 エミリアもできることなら、この場で吐き出したい気分だった。


 あまりにも凄惨な光景だ。


 そんな中でも、ファーレンだけは平気そうな顔をしていた。


 そんなファーレンを見て、どうして平気でいられるの? とエミリアは疑問を覚えた。


「二人は見ていてください。私が彼らを救います」


 ファーレンが、曇りのない澄み切った瞳で告げた。


 彼女はアメジストの宝石のような瞳を怪物たちに向け、慈愛の声をもって詠唱を紡ぐ。


「穢れなき精神(こころ)を理想とし、聖女の力を以て、邪気を払う」


 ファーレンを中心として、白い光が円状に広がっていく。


 光に触れた化け物たちの動きが停止し、彼らは意識を失って、その場に倒れた。


 直後、化け物の身体から黒い(もや)が放たれ、白い光によって浄化される。


 すると、化け物から人間へと姿を戻し、彼らは穏やかな表情で眠った。


 一連の出来事を眺めていたシャロットが「凄い……」と感嘆の息を漏らす。


 白い光はファーレンのもとに収束した。


 ファーレンは、神に祈りを捧げるように両手を絡ませ黙祷する。


 様々な経験(いたみ)があったからこそ、今のファーレンがいる。


 かつて、救えなかった人たちがいて、二度と同じ悲しみを味わわないようにと努力してきた。


 ファーレンの願いは届き、こうして生徒たちを救うことができた。


 ソフィーのように、という他人を模擬した感情ではなく、ファーレン自身が救いたいと思い、為し得た結果だ。


「ファーレン、ありがとう」


 エリミアがそう言うと、ファーレンが微笑み返す。


 フォーレンの表情が聖母のように穏やかであり、同性であるにも関わらず、エミリアは思わず見惚れてしまった。

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