116. 決勝戦②
負けたくない。
その思いだけで勝つことができたらどれだけ楽だろう。
努力も才能も全て気持ちだけで上回ることができるなら、きっとこんな苦しい思いはしない。
ベルクはオーウェン・ペッパーを目の前にし、そんなことを思った。
オーウェンから放たれた銃弾。
あまりに自然な動きから放たれた一撃は、ベルクの太ももを正確に撃ち抜いた。
「く……ッ」
オーウェンの対策をしてきたつもりでいた。
【飛翔】という二つ名を持つオーウェンだが、警戒すべきなのは飛行魔法ではない。
オーウェンがただ空を飛べるだけなら、ベルクは彼に対抗心を抱くことはなかった。
オーウェンの恐ろしいところは魔法の威力。
初歩レベルの火球でさえも彼が扱えば、必殺の一撃だ。
一発でもオーウェンの魔法が当たれば、致命傷にもなり得る。
そして、ベルクは致命的な一撃を受けてしまっていた。
――――ドンッと会場に轟く音。
直後にオーウェンの指から放たれる銃弾。
ベルクはかろうじてそれを避ける――――が、オーウェンとの距離を縮める手段がなくなった。
だらだらと太ももから流れる血。
確かな痛みがベルクの敗北を訴えている。
ああ、なんて遠いのだろうか。
ベルクとオーウェンとの距離は数メートル。
万全の状態で身体強化を使えば、一瞬で詰められる距離。
だが、この数メートルはベルクにとって果てしなく遠い。
「イフリートよ、灼熱を以て――――」
オーウェンが【イフリート】の詠唱を始める。
と、それを聞いたベルクは身体強化をし、足に力を込める。
激痛が走る太もも。
顔が痛みで歪みそうになる。
だが痛みを意識の外に追いやったベルクは、オーウェンが詠唱を終えると同時に地面を蹴った。
目の前に迫りくる灼熱の炎。
生身でその炎に包まれれば一瞬で灰になってしまうだろう。
それほどまでの熱量を感じる。
本能がベルクに避けよと命じてくる。
だが、ベルクは本能を……恐怖を押さえつけた。
そして、炎の中に身を投じた。
息が熱い。
体中の水分が蒸発してしまいそうだ。
試合開始からまだ数秒しか経っていない。
にも関わらずベルクは体中ズタボロだ。
炎の中にいる時間はコンマ数秒。
だが、体が燃え尽きてしまうほどの灼熱の中、その一瞬は体感的には何十秒にも感じられた。
そしてそれに耐えたベルクは――――次の瞬間、炎の中から抜け出していた。
目の前にはオーウェン。
ベルクは剣を強く握りしめる。
体がはち切れようとも、身体強化を最大限に発動する。
時間が極限まで濃縮される。
今この刹那に全てをかける。
その思いを胸にベルクは一歩踏み込んだ。
「オォォォーーウェン!!」
努力も才能も気持ちもすべてをこの一撃に。
ベルクはオーウェンに向かって剣を振ろうとした――――次の瞬間。
「―――――引力発動」
――――――――が……はっ。
ベルクの一撃はオーウェンに届かなかった。
その代わり、ベルクは自分が地面にうつ伏せになって倒れていることに気づく。
重石が乗っているかのように体がピクリとも動かない。
ああ、負けたのか。
ベルクはその事実を認識した。
あと一歩だった。
だけどその一歩は果てしなく遠い一歩。
しかし、彼は不思議な安堵感に包まれていた。
負けたことに悔しさはある。
だけど、全力でオーウェンと戦えた。
それがベルクの心を満たしていた。
ベルクは安心して眠るように瞳を閉じた。
■ ■ ■
急遽開かれた中等部部門の決勝戦。
試合時間にして数秒のこと。
目を凝らしてなければ見逃してしまうほどの短い戦いだった。
地面に伏しているベルクと、佇むオーウェン。
「勝者――――オーウェン・ペッパー!」
学園長が高らかに宣言する。
観客は一瞬の出来事に呆然としていた。
だが、この戦いを馬鹿にするような雰囲気は一切なかった。
全てが詰められた一瞬は、何十秒、何百秒と凡庸な試合を見せられるよりも断然価値がある。
今この場でこの一戦を見られたことに対し、会場にいた人々は静かに興奮していた。
そして、胸に抱いている高揚感が外に出ないわけがなく、
「うおおおおおおお――――――」
会場全体が割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
それは勝者であるオーウェンだけでなく、最高の試合を見せてくれたベルクにも向けられたものだった。
オーウェン対ベルクの決勝戦。
それは四大祭の中でも最高の試合の一つとして語り継がれることになるほど、劇的な試合だった。
こうしてオーウェンの勝利とともに長い長い四大祭は幕を閉じた。




