105. 動き出す者達②
一人の青年が暗闇の中、笑みを浮かべながら歩いていた。
腰に刀をさし、ゆったりとした衣装に身を包んでいる。
青年は白い肌をしており、三日月型の細い目に端麗な顔をしていた。
男が歩いているのはゴミの掃き溜めのような場所――スラム街。
鼻につく匂いや腐臭。
夜のスラム街を半分に欠けた月が照らす。
このような治安の悪い場所では、小綺麗な服を着ている青年は明らかに浮いている。
何者か息を潜め、青年を監視している……だが、そんな視線をまったく意に介さず青年は進む。
と、そんなふうに歩いていれば青年を狙う輩が現れるのが道理だ。
「げへへ。こんなところで坊ちゃんが何のようだ?」
青年の進む道を塞ぐように下卑た笑いをする男が一人。
まともに水浴びもしていないのか、ぼさぼさの髪や汚れた服から異臭が漂う。
坊ちゃんと呼ばれた青年は、目の前の粗末な布を来た男の質問に応える。
「探しものをしにきたんだ」
「残念だが……お前の探しものは見つからないぜ」
「見つからない?」
「ここはなぁ、お前みたいな世間知らずのガキが来る場じゃないんだぜ」
青年はガキと呼ばれるような歳ではない。
だが、童顔で綺麗な顔をしていることから、年齢以上に若く見られる。
それに加え、身長も平均の成人男性よりも小さい。
「そうだね……。どうやら本当に見つからないみたいだ」
青年は残念がるように言った。
そういってため息をついたあと、さっと身を翻してその場を去ろうとする。
しかし、そう簡単に青年を逃してはくれないようだ。
ぞろぞろと青年を囲むように男たちが現れた。
下卑た笑いをした男と同じ、ガラの悪い男たちが5人。
彼らの手にはナイフや棍棒などの武器が握られていた。
「何かな?」
「坊っちゃん。一人で帰れると思ってんのか? めでてぇ頭してんなぁおい!」
と最初に声をかけてきた男が話す。
「今日は月が綺麗だね」
そういって青年は場違いな発言をする。
「ただ、できればもっと細い月が好きなんだ」
「こいつ。恐怖でおかしくなっちまったようだ!」
ガハハと笑い合う男たち。
「ママー、助けてーって叫べば僕ちゃん達が許してあげまちゅよ―」
「ママのミルクの代わりに俺のミルクでも飲ませてやろーかぁ?」
と、男の下品な物言いにドッと笑いが起こった。
ゲラゲラと品のない笑い方だ。
見た目が整っている青年は、男であるもののそういう対象として見られやすい。
薄汚れたスラム街に相応しい、汚らしい男たち。
だが、そんな中でも青年は笑みを崩さない。
「おいおい。この状況わかってんのか?」
その余裕な態度が気に食わなかったのか、ぼさぼさの髪の男が青年に近づき、肩を掴んだ。
すると、そのときだ。
「え……」
ポロリと何かが地面に落ちる音がした。
男はゆっくりと視線を落とす。
そこには腕があった。
男は一瞬、何が起きたかわからなかった。
だが、次の瞬間、男は自分の肘から先がないことに気づき――――、
「ぎゃあああああああ…………腕があああああああ――――!」
男は激痛に襲われ、その場でのたうち回る。
「て……てめぇ。よくもやりやがったな!」
仲間をやられたことで激高した男たちが青年に襲いかかる。
だが、次の瞬間――――スラム街に男たちの絶叫が響いた。
戦い……というにはあまりにかけ離れた実力差。
そして、静かになった路地で青年が一人。
星を眺めながら地面に座っていた。
「もっと歯ごたえがあるやついないのかな? こいつら弱すぎ」
青年は死体を蹴りながら呟いた。
青年が探していたのは強い相手。
そして青年が求めているのは、そんな相手を狩るときの快楽だ。
と、欲求不満を顔に出しながら、よっと立ち上がったときだ。
「お久しぶりです」
黒い帽子を被った男が突然、青年の前に現れた。
ただし、ベルクのときに見せたホログラムであった。
実体はここにはない。
「なに? もしかして仕事? めんどくさいなぁ」
青年はしっしっと帽子の男を邪険に払う。
「そう言わないでください。それに今回はちゃんと強い人物を用意しました」
「ほんとに!?」
青年は無邪気な少年のように目を輝かせた。
「ええ。本当です」
「それは楽しみだなぁ」
「あ、でも……前のときみたいに期待はずれだったら許さないからね」
青年は帽子の男を軽くにらみながら言った。
「大丈夫です。十分、あなたの期待に添える人物ですよ」
帽子の男はそう前置きしてから青年に依頼内容を話し始めた。
話を聞き終えた青年ははうっとりと刀を眺めながら、
「そうか、そうか。オーウェン・ペッパーかぁ。ああどんな少年なんだろう。会うのが楽しみだよ」
と、三日月のような目をうっすら開けて笑った。
月に照らされる刀が妖艶に輝いた。




