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5

明崎の声が途切れると、辺りは急に静かになった。

窓の向こうからは、崖下の波の音が聴こえてくる。

押し寄せては、引いて……丸で穏やかに心臓が脈打つような、微かな海の鼓動を伝える波のさざめきが、部屋をそっと包み込んだ。

しかし、その中で薄い月明かりに照らされた2人の間には、重苦しい沈黙が流れている。

再び俯いてしまって動かない笠原と、答えを待つ明崎。

何も変化の無い部屋で、静止したままの2人にとって、時間の流れもまた静止しているようなものだった。

少なくとも、明崎は最早時間感覚を失っていて、どれぐらいの速度で”今”の時間が流れていっているのか分からない。

笠原も、一向に口を開く気配が無い。


「……そういう訳にはいかへんか」


長い時間を経て、明崎は呟くように言った。

その小さな声に、笠原がゆっくりと顔を上げた。


「君だって、君なりに考えがあるもんな。ちゃんと心に決めたことを、俺に言っただけで……」


明崎に「近づかないほうがいい」と言ったのは、それが明崎を守る最善の術だと笠原も知っているからだ。

もしも明崎と笠原が逆の立場で、自分のせいで相手まで「化け物」と罵られるようになってしまったら。

大切な友人だ。

それなら、交友を断ち切ったほうがずっとマシに決まっている。

辛い思いなんてさせたくない。

……当たり前に考えの及ぶことだった。



そうまで考えてくれた紫己に、俺は今さっき何をした?



「……アカン。俺の方が君の心、踏みにじってる。全然他人のこと言えへん」


先程までの自分の言動に、言いようのない後悔と恥ずかしさの念が込み上げてきて、明崎は思わず笠原から顔を背けた。

こんなの、ただの我儘だ。

幾ら明崎が良くても、笠原が自分を責め続けるような日々が来るのであれば、結局何も解決にはならない。

笠原はきっと、深い傷を抱えて生きていくことになる。

明崎の前からも姿を消して、一生会うことも望まないだろう。


「怒鳴ってホンマごめん。当事者でもないのに口出して、君が必死で沢山考えて出した答えを、一蹴するみたいにして」


最低やないか。

自分で話しながら心底そう思った。


「紫己の気持ち、ちゃんと考えてるつもりで考えてなかった。だから……」


それなら、俺は──


「紫己から、ええ言うてくれるまでは近づかんことにする」


それが、明崎の出した答えだった。

笠原は、瞬きもせず明崎をじっと見つめた。


「学校でも家でも。俺はまぁ、この通り何とでもなるから心配しやんといてな。ともかく君は自分のこと優先して」


明崎はコップを床に置いて立ち上がった。

笠原の苦悩することに対して、何も手を出せず脇から見ていることしか出来ない立場は、相当歯痒い。

それでも、笠原がこの関係を望むのならそうした方が良い。


「でも、何かあったら言ってな。……いつでも、力になるつもりで居るから」


笠原は、微動だにしなかった。

……これでいいのだろう。


最後に「おやすみ」と言い添えて、明崎は部屋の出入り口に足を進めた。


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