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西果て鉄道運行中  作者: 斉藤さん
第一部 かつての要塞列車
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七章 路線切替

 色々と動揺ばかりの一日がようやく終わる。

 そんな風に片眼鏡のお嬢様は考えていた。

 ソファーに体を預けながら、一日で起きたポーオレの暴走と辞職願い、更には実は憧れの人であったヒサシゲの結婚という与太話が加わり、精神的疲労はかなりのもので、このまま目を瞑れば、そのまま寝入ってしまいそうな倦怠感を感じ、彼女はそれに身を預けようとしていた。


 しかし端末から響く音に、力技と言っても過言でも方法をとってしまう。

 というのも、彼女は重度のアノラックである。特にその中でもエース、骨董品乗りなどと揶揄されるヒサシゲに関しては、崇拝じみたものを感じていた。

 ポーオレが幼馴染と言っていたが、最初にした発言すらファンだったあたりで、察してもらいたい。ちなみにだが、サインをねだってもポーオレには梨の礫と言うやつだったらしい。

 端末から響く音は、そのヒサシゲに関する情報が入った場合になる音だ。ある意味ではアノラックとしての鏡であるが、ヒサシゲに関して、彼女には特別な思い入れがあったのも事実だ。

 彼女がアノラックになったのは、祖父の影響ではある。


 彼女の祖父と言えば、戦争経験者であり平定者レイデルト=クルワカミネ、この世界で定住を選んだ父の跡を継ぐと、今の要塞列車のなかに一つの世界を作り上げた化物に等しい人物だ。

 赤い大地最大の戦争であり、最後の戦争である第六次西域到達戦争、始まる前まで七十を超えた要塞列車が存在しながら、戦争末期には四つの要塞列車しか存在しなかった戦い。あまりの過酷さから、当時優勢であったクルワカミネに企業全てが、降伏文を送ったことからも分かるだろう。

 それを受け入れ、定住という新たな生活手段を模索し作り上げたのが、この世界における現在の状況だ。


 しかし本音と建前は違うものだ。

 レイデルト自身は、完全に西域到達を目論む到達派閥の筆頭であった。だが、それを押し込めてまで平穏を作り上げた傑物であったのだから、あらゆる意味で現実的な人であったのだろう。

 その祖父が生前に褒め称えたのが、ヒサシゲという男だった。

 本当の開拓者に出会ったと、第一層の視察から戻ってきた祖父が、涙ながらに言った言葉が彼女には忘れられない。


 一体その時なにがあったのか彼女にはわからない。

 だが人を褒めない祖父が、涙すら流して賞賛した存在は、名前ととも幼い彼女の心に深く刻まれてしまった。それから一年も経たずに、病いに伏して息を引き取るが、ひどく穏やかだったのはきっと、西を目指す意思が消えないことを知っていたからだろう。

 そんな祖父の表情と夢に憧れた彼女は、開拓者という言葉に惹かれ始めていく。そして時間を重ねる間に、その知識を深め続けていく。


 そうして彼女は、エースとしてその頭角をヒサシゲが表し始める頃には、完全無欠のアノラックへと変貌していた。

 そして祖父と同じく、ヒサシゲという人間の開拓への意思の強さに、いつしか魅了されるようになる。アノラックと変貌した当初は、そこまで興味があったと言う訳ではなかったし、なにより彼の名が轟いたのは今から三年前の話だ。

 エースとなって、名声を手に入れた理由は、ただ西部開拓事業の専任操縦者になるためであったから、目立つような事は最初だけで、エースとしての存在は薄い物になっていたりと、気づくには色々とハードルがあるにはあったのだ。

 だがヒサシゲの名を見つけるや否や、気味悪さすら感じさせる彼の開拓への執着や、それに伴う行動に惹かれていく。気付けばスクラップなどと言われる、二世紀前の場違いな骨董品を駆り続けるエースにファンへと変貌していた。


 時代が父の時代でなければ、間違いなくクルワカミネの力を使って、支援をしたかもしれない。そういう類の話は、現実になっていない以上、意味のない話ではあるが、そういう可能性もあったのも事実だ。

 その程度には、開拓者としてのヒサシゲの力を彼女は信じているのだろう。

 最もポーオレと知り合いであったどころか、恋仲と言えばその様な関係であった事は、彼女の中では少々ショッキングな出来事ではあったのだが、それ以上の驚きやらでいろいろとぐちゃぐちゃである。


 とは言え、その情報に無意識ながらに反応してしまう彼女は、未だにヒサシゲのファンであるのだろう。

 基本的に男のエースなんていうのは、扱い的にはアイドルの様なものなのだが、どうしてもマイナーであり興行一つ行わない、ヤクザ者の開拓者にはそういった扱いは少ない。何よりどちらかといえば、玄人好みのエースであり、どうしても若い女性などには人気はない。


 なにより壁外から出てくる事のない人物である為、すねに傷がある人物であると思われている。

 実際その通りであるし、第一層では変人であり、敵にしてはならない人間の筆頭である。

 触れる、近寄るな、関わるな、これが壁外における彼の扱いであった。ただ一部の例外をあげるなら列車王が、娘を超える逸材だと評価している事や、まだ幼い時に闘技場にて九人抜きを成し遂げる異常性、そしてトドメとなる三十人抜きの偉業。

 実際問題エースというのは、戦争のない今では、闘技場からしか現れることはない。曲芸使いに、戦闘狂、そして骨董品乗り、全てが闘技場から現れたエースではある。その中で最も非常識な活躍をしたのは、どう言おうともヒサシゲだけだ。


 闘技場での戦闘というのは、一体一という形が基本である。

 そこに一対三十などというイカれた戦いをしたのは、後にも先にもコイツだけ。戦場ですら中々起きる事のなかった戦いに対して、勝利を手にしたその腕前たるはどういうものか、当時の映像を見ても誰もが編集だと思うような戦いぶりであったのだ。

 それをまじかで見た者達は、ただ口をあけてその戦いを見ていたらしい。終わってもそれ現実だと思えなかったらしく、闘技場は静かな空気に包まれていた。


 そして誰もが、有り得ないと共通の内容を言葉にした。

 それは映像を見た彼女とて同じ事だった。この世界における列車同士の戦いは、戦闘機同士の戦いに似ている。その戦いにおいて、格闘能力に優れる機体とそうでない機体の差は大きい。

 軽機関と重機関、その純粋な格闘能力の差は実際抗えるものでは無い。

 加速性能や旋回性といった部分において絶対的なさがある以上、容易く否定できるものではない。


 最高到達速度は確かに重機関のほうが上であはるが、ただ早いだけの機体がどういう扱いになるかなど、犬同士の喧嘩の来歴を見れば容易くわかるだろう。

 何より立ち上がりで負けるのだ。重機関と軽機関の戦いは、スピードに乗る前の重機関が、軽機関の格闘能力に負けると言うのが日常的な光景である。なによりレールを走る列車に、格闘能力を求めると言う理解不能ぶりからしてこの世界は常識はずれだ。


 しかしそのレールこそが、この世界において開拓の要となるべきものだ。

 レールと車輪が接触している間、限定的ではあるがフィルターと同じ効果を発揮する。とは言っても、要塞列車ほどの性能はなく、膨大な変化には耐え切れず、処理の飽和を起こして赤い風に飲まれるのが常なのだが、ないよりマシである。

 少なくとも万能結晶によって生成されたレールの上を走っている間は、フィルターの効果は続く、ただし脱線すれば最後新たな接触変化の実験体となる。


 この世界で列車が全ての移動手段の根幹になったのはその辺が原因だ。

 だからこそ、そこらじゅうで車の代わりに列車が走っている。すべての流通や、その基本の移動手段の全てが、列車という形に集約されてしまっている。

 なんとも非常識な光景であるが、路面電車がそこらじゅうを走っていると考えてもらえば、少しは想像がしやすいかもしれない。


 そういう背景もあって、移動といえば列車と言う当たり前の思考が、この世界には存在する。

 そしてそれを動かすとなれば、必要となるものはレールだ。

 ここでようやく軽機関と重機関の差が出てくるわけだ。軽機関は格闘能力に優れているといったが、生成できるレールは俗に一体型と呼ばれる代物だけ、ただ車輪に付随するようにつくレールのみであるが、重機関はさらにそれ以外に、座標型、そして固定型の二つが追加される。


 説明は省くが、このレールの生成数こそが、踏破系(重機関)と機動系(軽機関)を分ける代物である。

 ヒサシゲはこの扱いが、前代未聞というしかない男で、かの三十人抜きの映像を見れば誰もがそれを納得させる。

 こいつは論外だと、三つのレールを操り尽くし、格闘能力に勝る機体をすべてねじ伏せた。軽機関の約二倍以上の重量のある機体が、突然その場で宙返り(クルビット)を行えば誰でもありえんと言いたくなるだろう。


 そういう事をヒサシゲは行い続けた。

 映像を見れば、知識があるものなら誰だって空いた口が塞がらない。明らかに列車としての限界を超えたようなマニューバーである。

 この世界では接触変化によって、どうなるかわからないフィルター外ので戦闘で、ミサイルなど無意味すぎる為存在しない。何より役に立たない世界だからこその技術ではあるが、それを戦闘として高めたならこうなると言う、戦闘機関の限界を見せつけられたような気さえするだろう。


 そういう実力を持ったエース。

 それが鬼才ヒサシゲ=タナカであり、その実力と共に変わらない不断の心に、ラディアンスは感動さえ抱いていた。そんな彼の目撃情報なものだから、彼女は一度床に顔をぶつけてまで端末に向かった。

 さながらゾンビとさえ思える執着を見せる、彼女の姿をポーオレ辺りが見ていたら、彼女の教育は失敗したと、断言できるものだったに違いない。ひどく疲れた溜息が、部屋に混じって溶けたことだろう。それ程までに、淑女と言うには残念を通りこうして無残の一言である。


 さらには端末の情報を見たときの彼女の反応は、更に酷い代物だったのだから、クルワカミネという世界は随分と残念なモノになっていくだろう。

 とは言うが、本当に珍しい情報だったのだ。ヒサシゲが壁内に来る等という情報もそうだが、現役エース三人勢揃いと言うのも、彼女からすれば垂涎物の情報である。

 それをみるや、だらしなく緩んだ頬は、残念ではあるのだが、お嬢様自身がかなり整った顔立ちをしているので、身近なもの以外にはさほども残念と感じないかもしれないだが、呆然とするように垂れている涎が、その願望すら打ち砕いてくれるだろう。


 チェーンの擦れる音が室内に響く、それは衝動的なものだっただが、その響きが二度続いた時、彼女は衝動に任せて動き始めていたのだ。

 よくポーオレからは、バカ扱いを受ける彼女だが、実際にはどちらかと言えば優秀な方であり、何よりも比較的大人しい性格をしている。だがこと戦闘機関関係に関しては、変に高い行動力を付けてしまうという、残念極まりない思考をするのだ。

 ポーオレが彼女をダメだしするのは、こう言った致命的な欠陥を抱えてる為である。


「こぎゃん事しとる場合じゃね」


 一体どこのお国の言葉やら分からない言葉を叫び、よりにもよってクルワカミネ鉄道網を使う。これは本来はなら、緊急の時のみに使われる鉄道であり、彼女より上つまりはクルワカミネにおける最高権利者が使用するものだ。

 だが、レイデルトはこの鉄道網の権利を、何故かラディアンスに与えている。現代で言うなら大統領専用機をよりにもよって子供にだ。

 実際通常時であれば、彼女も使用関して自重はしているのだが、いまこそが天目山と言わんばかりに、彼女はその鉄道網の使用を躊躇わない。欲望に忠実というか、自由というか、この年相応ではあるのかもしれない。


 なにより彼女は、自分の専用機とも言える戦闘機関、踏破系BT311型シュベーレにあまり愛着はなかった。装甲の厚さや戦闘能力に関してなら、もはや踏破戦争時最強の機体の一つであ戦略兵器として数えられる機体であるが、同時に機動系を作る要因となった機体でもある。

 概要は省くが、大戦時大鑑巨砲主義が航空主兵論によって瓦解した理由とさして変わらない。


 だが重機関の中でも、浮沈艦の名称すら預かる機体だ。重要人物を運ぶにはふさわしいと言えるだろう。

 そんな機体だが、先も言ったとおり彼女は、それ程この機体に乗る事は少ない。

 普段は機関部などを見学したり、整備の手伝いをしたりと、普通なら愛着があるんじゃないか程度の事はしているが、乗る事はまずなかった。

 当然のことだが父という理由と、重機関を作らせた要因であるからだ。そして同時に、いやそれ以上に、重大な欠点があったからでもある。


 重機関の中でも、最も重いとされるこの機体は、えらく揺れるのだ。

 わかる人には分かってしまうだろうが、彼女はこの機体だけには酔ってしまうのだ。愛着というより、苦手意識なのだろうが、乗る度に追い詰められてしまっては、彼女としてもいかんともし難いものがある。

 だからこそ欲望に後押しされた時ぐらいしか乗る事はない。

 乗った後に後悔するのだが、今回はそういう事もないらしい。何しろアノラックになってから、一番のニュースである。興奮が勝り、乗り物酔いという現象を忘れてしまっていた。


 だが体が忘れていた訳ではないのは追記させて貰っておこう。

 それはそれとして、彼女の行動力は尋常ではなかった。緊急用の鉄道網を使って、壁の出入り口に向かうと、クルワカミネの権力まで使ってエースの足取りを調べる。

 目撃情報も多く、何よりクルワカミネのご令嬢に逆らえる人間は、彼女の両親か重鎮連中だけだ。


 ある程度身分というものが、決まってしまっているこの世界で、彼女に逆らうだけで命はない。それ以前にエース三人を尾行している人間だっていたから、それほど居場所の特定は難しくなかった。

 聞く側も聞かれる側も真っ青な顔をしていたが、気にした様子もなく小料理屋に全力疾走するお嬢様は、統治下にある民衆にとってはどう思われるだろう。少なくとも、未来にちょっとした不安ぐらいは抱えたのではないだろうか。


 こんな人物だったからこそ、これからがあると言えない事もないが、そんな彼女が扉を開いたとき、彼女の憧れの存在は一人の男を血祭りに上げていた。

 それはポーオレと同じ疑問を口にしたに決まっている。だが壁外に存在する三勢力が怯える男、壁外三大変人の一人(ちなみにポーオレ、コルグート、ヒサシゲ)である。呼ばれる忌名に関しては事欠かないが、それ以上に問題行動は更に事欠かない男である。

 箱庭育ちのお嬢様にとっては、ショッキングな光景は他の人間にとっても同じだったようで店内は騒然としていた。


「なして、こげな事が」


 そこにポツリと、お嬢様とは言い難い言葉がポロリとこぼれた。

 しかしだ、欲望に忠実になったり、予想外の事が起きると、なぜ彼女はお国言葉を使うのだろう。


 そのぎもんにさしたるいみはない、だが彼女に疑問に答えるのには、今か遡ること三分前の出来事が関わってくる。

 血祭りに挙げられる男が現れたのは、ヒサシゲはその男が来たという事など知らずに、料理に舌鼓を打っていた時だ。

 そもそもが、あまり他人を気にする男でもなく、新たな客というものに、無頓着だったという事もあるだろう。本当に気付いていなかったし、視界にも入れてなかった。

 しかしそれが、惨劇の引き金でもあった。最近いい儲け話があったと、楽しげに話す男は、この店の常連のようで、親しげに店主と語らっていた。


 景気が良い事でと思いながらも、別に知っている人間でもないので、三人とくだらない話をしていたと思う。たしか戦闘機関のマニューバーについてだ。

 三人ともジャンルは違うが、優れた乗り手であり共通の話題があるので、話の内容には事欠かなかったと思うが、職業病というやつだろう。どうしても戦闘機関についての話になる。

 その中で、どうしても高難易度の技であり、現在ではヒサシゲぐらいにしか、出来無い大技であるクルビットという機動についての話に差し掛かった時だ。

 会話が途切れ、天使が通りすぎたその一瞬、男の言葉が耳に入った。


 壁内で犯罪者から金を取り戻したと言う内容だ。

 抵抗もせずに殴られてくれて、ちょっとしたストレスの発散になったと自慢げな声が聞こえた時、店内は地獄に変わった。

 赤い単結晶を、無意識に近いレベルで弾いたヒサシゲは、男の体を衝撃を持って吹き飛ばす。殴られたような衝撃に、戦闘のプロであっても何が起きたのか戸惑う。この世界でこんな技術を持つのは、二人だけである以上対応出来るかどうかと言う点で、絶望的な隔たりがある。


 その一瞬でビール瓶を振り回し、男の顔を殴りつけ様とする。

 本来なら頭蓋骨すら破く強度を持つビール瓶であるが、戦いとなれば三流の男ヒサシゲは、攻撃の目標を誤って男の鎖骨を砕いた。

 瓶は割れる事もなく、そのままヒサシゲは殴ると同時にその衝撃に手が耐え切れず瓶を手放してしまう。

 だがそれで済ますつもりは毛頭ないのだろう。痛みに悲鳴を上げた男の顔に頭突きを行うと、あとは一方的に拳を振り下ろすだけだった。

 それも三発も殴れば終了であったのだが、理由としては貧弱すぎて拳がバカになった為だが、本当になんとも締まらない結末である。だが暴れられても困るため、さらに顔に一撃と蹴りつけ相手の心をおりに掛かる。


 ちょうどそこにラディアンスは現れたのだ。

 勢い余って、蹴り付けるというよりは踏み潰すようになってしまったが、成人男性の体重で踏みつけられれば、どうあってもダメージは大きい。


 それが一瞬で起きた惨劇であった。

 そして彼女への解答でもあったが、そんな事を知るわけもないラディアンスは疑問を口にした。

 しかしその言葉の意味がわからなかったのか、声が小さすぎたのか、誰にもその声は聞き届けられることはなかった。だが彼女と同じ疑問を抱くものがいないわけじゃない。


「いきなり何やるんだ君は」

「仕返しだよ。さっき言っただろう、こいつ襲撃犯だ」


 呆れながら頭を抑えるシルカルストは、得心しながらも、彼のためらいのなさを忘れていたと反省した。

 彼に対する返答もそこそこに、取り敢えずと止めとばかりに、もう一度踏みつけるとヒタギに声をかける。

 彼の暴力行為に関して、唖然としている中で一人だけ指をさして笑っているのは、さすが三巨頭の一人娘であるが、ヒサシゲが一体何を言うかなど誰もわからない。


「この男、俺を襲撃した奴だ。殴ると手が痛いから、あと頼むわ三下」

「鮮やかな奇襲だったけど、その躊躇いの無さであの事件あんた起こしたのね。そりゃ勝てない訳ね、条件反射で攻撃したような物じゃない」

「確実に殺しに行ってただろう。壁内じゃ流石に困るから、意識不明ぐらいで留めて置いた方がいいからね。面倒事が増えるから気を付ける様に」


 溜息交じりの声が二つ響く。

 壁内と壁外における人間の生死感が如実に現れていた。人の死に対してあまりにも鈍化している、殺すと言う言葉にびくりと身を震わせた店主や女将にお嬢様と違って、困るからするな程度の考えである壁外の住人の命への価値観は軽いの一言だろう。

 最もどちらかと言えば、戦闘機関乗りの価値観ではある。どうせ、赤い大地に挑めは九割九分死ぬのだ。そんな考えだから命に対して、感覚が緩いところがある。

 その中でも極端に緩いのが開拓者であるヒサシゲだ。どこで死ぬかの差程度としか考えていない。


「そういやそうだっけ、ペナダレン取り返さないと行けないから少しばかり困るな。三下、取り合えず殺さない程度にしといてくれ、再起不能にするのは構わん」

「はいはい、その辺りは得意だからしておくけど貸しよ」

「お前の親父殺さなかったから貸し借りゼロだな」

「止めて置いた方がいいと思うけどね。傷害でも色々と面倒だよ、目撃者居る……えっ、って、えっ」


 お前は何を言うと言わんばかりに、シルカルストは周りを見渡す。

 そこでようやく彼はラディアンスに気付いた。目撃者の処理と言うか、もっと致命的な問題のある人物が目の前に居た事に、血の気がひき真っ青に染まるシルカルストは、止めを刺すべく殴りに向かうヒタギを止めに走ろうとする。

 貸し借りなしと言われて不服そうではあるが、列車王のやんちゃ娘であり、暴力に関しては常に飢えている彼女は、必死になって止めに来たシルカルストを払いのけて、呻いている男を殴り始める。

 酒が入っている所為で、理性が若干飛んでいるのだろうが、酷い地獄絵図だ。


 だがその絵図はまだ消えない。

 嗅ぎ慣れていない血の匂いと、列車酔いによって弱ったラディアンスの身体は、現実に対して酷い拒絶反応を見せた。

 惨劇が目の前で展開されていると言うのに、まるで無視するようにヒサシゲの所に走りよった彼女は、声を掛けようとしたところで、その拒絶反応を認識してしまう。


 乗り物酔いの典型的な症状だ。冷や汗、動悸、頭痛、体のしびれ、吐き気、さらに悪化すれば嘔吐などの症状もある。

 そう、嘔吐だ。


 これでポーオレの疑問も解決しただろう。

 お嬢様が口から、その単語を台無しにするものを、ヒサシゲにぶちまけたのだ。お天道様の娘を知らないヒサシゲが、その後に何をしたのか、もはや誰でも理解できるだろう。

 それが二人の大馬鹿者の出会いであった。

 酷く酸味の強いにおいに溢れ、目撃者からは疑問しか出て来ない謎の光景では合ったが、それが二人の初めての出会いであったのは、間違いない事実である。

 

 

3/6 作品の中で致命的なミスを発見修正しました。

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