十七章 傲慢と言う名の夢
第四音速域と言えば人が操縦するには絶望的な領域だ。
大体この音速域と言うのも、別にある程度の段階を分けた話でしかない。分かりやすい言葉で説明すなら第二宇宙速度の領域である。
ここまでくると人の能力ではもてあまし始める場所だ。時間や状況に対する認識力が人を外れて十全に操れる領域としか言いようがない。距離や場所、そう言った全ての状況がそれこそ流れてしまう場所である。
たとえ戦闘機関自体は本来であるならブラックアウトするほどのGが掛かる事はまずない。
それこそフィルターを切ってからおこなうなどの暴挙をしなければ、まずそう言った負荷がかかる事はないからこそ、音速域での戦いは成立している。
本来なら戦闘機関とは空を飛ぶ代物であったが、線路との接触によりフィルターを発生させることで、本来の速度よりも制限されたものになっているが、これが無ければ機体の処理能力にもよるがさらなる加速が可能だ。
その論理値として機体が許すのが第五と呼ばれる音速域である。
しかしながらまだラディアンスはそこに手が届かない状況であった。この太陽系と言う場所にいる限り縛られる全ての物を引き千切る領域だ。
クルワカミネのトップエース二人すらも、この領域に入ったとたん彼女に触れられなくなったことからも分かるだろう。とは言え、あちらの限界速度を超える速度で走ってればそりゃそうだと言う話だ。
しかしここにいる開拓者たちは違う。
そもそも第六厄災地点を軽機関で超えられるものはいない。軽機関ではフィルターの強度が足りなさすぎるのである。内圧縮と呼ばれる運動量の保存と解放を主とした機体内部を破壊する現象に対抗するには、第三音速域の状態でのフィルターをキープしなければ内部での運動エネルギーの開放が行われる。
だが結晶変化によって地形は狭く動ける範囲はあまり大きくはない。
最高速度をキープしつつ十全に期待を掌握して動き続けなければ機体は墓標に代わる場所がシビルウォーと呼ばれる厄災地点である。
それをキープできないとラデイァンスの様に足がなくなったりと重傷を負ったりするものも多く出る。
たとえここを乗り越えても、バンドでそのまま引退なんて言う人間が多く、バンドの中でもここが最大の人口であるのは間違いないだろう。なにせ行くも地獄で戻るのも地獄という一種の監獄のような場所であるのだ。
最も今最大の人口は別の場所に代わっているが、現在進行形の話であるし、今カウントは五十まで落ちている。
だがここで一つの問題がある。
シュベーレは最も堅固なフィルターであり、ラディアンスは第四音速域を掌握している。ならばなぜ彼女があそこまでの重症を負ったかだ。
それ自体はポーオレも言って居るがフィルターを解除したからだ。
問題はなぜ彼女がそんな事をしたかであるが、彼女はいままでの厄災地点だけなら機体の力だけで一月あればこれただろう。わざと一月そこで生活してみたり、わざわざ往復してみたりと、自分を追い込み続けたのが半年と言う時間である。
その中でわざわざフィルターを切って第六に挑んだのがあの結果となっているだけだ。
彼女の見た目は自分で自分を縛り続けた産物でしかない。
だがそこまで行ってもヒサシゲと言う男はまだ遠いと言う。何せあの男はあの二人のエースの時点で力を縛りに縛られて、本気を本当に出したかも怪しいのである。
それでも彼は誰も殺さないで遊びとおした。やりたい事をやり放題して、迷惑だけで済ませて西に向かった。
だがラディアンスはそれが出来ない。
手段を選ばないと言う事もあるが、根本的に彼の様な実力が無いからこそ、こんな事をしているのである。劣等感もあるだろうが彼女の見立ては何一つ間違っていない。
ヒサシゲと言う男はクルワカミネにいる段階ですら、怪物としか言いようがない領域の開拓者だったのである。生まれながらの開拓者であり、時代が時代なら対要塞列車級エースにすらなれただろう。
本来なら別にこんな事をする必要が無かったと思っているが、ここまでしても届かない存在がラディアンスにとってヒサシゲなのだ。
しかしそれで諦める事が無い。いやここまでくると諦める事が出来ないのだろう。
たぶん彼女は悔しがりはするが、ここで死ぬ事に対しては仕方ないと思うだろう。と言うよりどこで死んでも同じ事だろうが、諦めると言う手段をも取れないのだ
でなければここまで人は死なない。
彼女を殺す為の技巧が繰り返される中で、機体自体を縦や横にと振り回しながら機体の側面を貫く。開拓者の中にあってすら彼女は逸脱し始めている。貪欲すぎる彼女の行動はまるで食い散らかすようと言っても不思議じゃない程に次々と機体を飲み込んでいった。
第六に辿り着く人間のバロメータとして、無傷であるものが上位であり傷を負ったりしたものは格下扱いされるのだが、開拓にも質がある。彼女はよりにもよって禁忌に近いフィルターを切っての代物、彼等はフィルターを展開させ続けたと言う代物だ。
傷を負ったとして、どちらが異常な行為かはだれが見ても明らかだろう。
その質がここで彼らを蹂躙しているのだ。
ここにいる開拓者たちは昔ですらトップエースとして名がとどろいたであろう人物たちだ。だがラディアンスは彼らを食い散らかす。まるで敵ではないと言うような扱いだが、既に彼女は何度か死にかけてはいる。
だが修正能力が異常なのだ。
一度したミスは繰り返さないし、一度起こした過ちは全て次の糧になる。操作はだからこそ一秒ごとに変化し、成長を隠す事なく彼らに見せつけるのだ。
それは発展と進歩の怪物だ。
はっきり言って彼女の才能はヒサシゲを超える。彼だってここまで異常な成長はしていないが、彼と彼女は同じような存在ではある。
二人してどんな状況でも笑っている事だ。
ポーオレはラディアンスを見て誰よりもヒサシゲに近いと言った。だがそれは本質として二人は開拓にしか興味がない生物だからだ。
この大地を恐怖の対象としていない。
踏破するべき障害でしかない。
しかし彼女も含めた数多の人間は違うのだ。こんな場所に生きていたい筈がない。フィルターの中で外を見ないままで生きていたいに決まっている。フィルターなしでは生きていけないし、その加護なしでは存在さえできない。
怖くない訳が無い。
どこまでも挑む対象である赤い大地だ。開拓者たちもそうは思っているだろうが、だが死と言う恐怖に対して挑めるほど強いかと言えば、生憎と彼女ほどではないだろう。
だからこそギリギリと言うものに対する見切りが違うのだ。生死のラインが彼らと彼女では絶望的に違う。
だがそれでもラディアンスは実際追い詰められる。
流石は第六を超えた開拓者だ。怪物の借り方を心得ているが、それを食い破る様に彼女の機体は暴れまわる。
まるでモービディックの様に銛を打たれながらも、次々と船を砕き続ける。エイハブ船長はまだ現れもしないなかでクジラ狩りは続いていく。
だがまだ彼女の命を貫く銛は放たれなかった。
開拓者の一人 ラマ と言う男は憤る。
彼は無傷の開拓者であるが、映像で見たラディアンスの姿から子供みたいなものと思っていたが、怪物の代食いであっただけでなく腕だけで言うなら間違いなく上。
いやそれ以前にすでにこちらは四十あちらは健在というだけで以上だ。悪魔の様な言動だが第四域動き回る怪物は三路線すべてを使いつくしている。指標操作などは周囲全てを認識しているとしか思えないほど冷徹に状況を把握しての展開だ。
これがアドリブと言うならどういう感覚器をもって操ってる居るのかと問いただしたくなる。
「あんな化け物見た事ないぞ」
全員が技能の限りを尽くしているのに、かすり傷を負わせるたびに機体が一つ爆散する。
それどころか数が減ってこちらが不利になる。
圧倒的に数で有利をとっておきながら、撃墜されるほかの開拓者たちを見て、不利になると本気で思ってしまう事に笑ってしまう状況だ。
「あれが厄災地点っていうんだよ。どうやってあんな怪物が出来たんだよ」
同じ願いを持っている存在だと認識も出来ないだろう。
自分はあそこまで堕ちちゃいないと普通の人間なら思うが、程度の差はあれ所詮同類ではある。なにせこの技能に対して羨ましいと思ってしまっている。
これだけの技術があれば第七もめざせるはずなのにと、その思いに頭を振りながらも感情は嫉妬で染まりつつある
そんな時にまた回線が入った。
『足りない、これじゃあ全部撃墜できてしまうじゃない。なんで私を殺せないんだ君ら』
挑発ですらない落胆の言葉だ。
本当に不思議そうな言葉に反論できるものはいない。なにせどこまで追い詰められても、彼女は間違いなく勝利を拾えてしまう。
『私程度に苦戦とか、そんなんだから第七に挑めないんだよ。ここまでハンデあげたのに残念な人たちだ』
「こいつ本気で何を言ってるんだ」
お前程度は化け物っていうんだと、戦争自体の怪物たちぐらいしか存在しない。
だが彼女は自分を下に見ているのは間違いない。基準がヒサシゲである所為だが、そこまで辿り着かなくては話にならないのもまた事実だ。
西に到達するには絶対に彼とかち合う可能性しかない。時間的にもう辿り着いてるんじゃないかと言うのもあるが、そもそも彼はまだ第七も超えてはいない。
『足りないなら仕方ない。第四は使わないしフィルターも正面以外全部切る。ここまでして殺せないなら第二まで落としてあげるからまってね』
それは鳥で言うのなら羽を切り落としたと言う宣告だ。
どこまでも彼らを嘲笑うように彼女は自分の体を縛っていく。ただのマゾなのかと本気で考えるラマだが、声からは本当の落胆しかなかった。
胸に淀みが溢れる。自分のこれまでを馬鹿にするような言葉であり、それが自分でも事実と思ってしまう事に声さえ漏れない怒りが吐き出される。
それは声を聴いた開拓者たち全ての感情だっただろう。
しかし否定できる実力が無いのも事実だ。そしてこれがブラフである可能背も考慮するが、彼女が嘘をつく類の人間でないのは、これまでの行動が教えていた。
やると言ったらやり抜く、そこに命の価値を求めた行為は無い。
彼女の言動にあるすべては西に辿り着くと言う一つだけ。
だからこそ、そこにいたる言動に嘘はない。
観測されるフィルターも正面以外はなくなり、彼らがとらえられる第三まで間違いなく落とされる。そうなると同時に狂犬の如くとびかかったのは、啄木鳥の機体でであるEDGE04型であり、傷アリの開拓者ではあるがあと数日もしたら第七に行くはずだったカタヤマという開拓者である。
その怒りもあったのだろう弱体化させれば勝てると踏んだか、それ以上に自分が目指すはずだった第七に挑む権利も与えられなかった感情か、その全ての挙句に実力と言う絶望的な差か、どれにせよ自分達と同じところまで落ちた鴉は其れでもなお羽ばたいた。
啄木鳥の機体は運動性を上げた機体である。軽機関にその場を奪われたが、機体の技能の全てを操れるならば、軽機関など足元にも及ばない運動性を持つ機体になる。
その根幹は停止である。フィルターと言うより運動エネルギーを操る代物の中でもゼロ加速、ゼロ停止を可能とする代物だ。だがそれはエース技能として発展しなければ操るのも難しく、的にもなりかねない能力である
だがここまで来た開拓者がそれを操れずしてなにが第六到達だ。
しかしだエース技能などラディアンスにとっては一つの技能でしかない。機体を十全に操れるのは当然の事であり、それで自慢されても困るのだ。
なによりそれは彼女やヒサシゲにとっては必須技能の一つに過ぎない。
まるで相手の衝角を滑らせるように先端を丸くしたフィルタによって逸らし、まるで機体を斬りつけるように胴体に向かってフィルターを尖らせた。
その後は運動エネルギーのままに側面を削り飛ばされ、機体は制御不能になって地面で爆炎を上げた。
「どんな撃墜法だよ。少なくとも教本には載ってなかったぞ」
傍から見れば切って捨てると言った動きに、怪物がどう言う物か見せつけられる。
次とでも言うように襲われやすく彼女は動き出した。相手の動きを見切ってあそこまで器用に機体を動かした輩が殺してくれと来たところで誰も襲いはしないが、逆に彼も冷静になる。
このままでは勝てないなら、自分が相手を超えるしかない。
血気にはやる者たちを生贄にするように彼女の動きを見る事に終始し始める。情報収集こそが彼をここまで辿り着かせたなら、定石を踏みそしてそれを踏み外す者を定石にはめるしかない。
観測を開始してから思うのはラディアンスと言う人間の操作技術の高さである。
どうやったらそこまで突き詰められるんだと聞きだしたくなる程に精密すぎる機体制御を行うのだ。だが彼女の精神性がそこまでの技術を隠すように大胆な動きをする。
どこの路線展開戦の中で期待が縦回転する状況が分からないと思いながらも、あれは一種の急激な方向転換の技術である事を認識させられる。
理があるのだ。そこには知があり、識がある。
行動の一手一手がどこまでも冷徹な思考の中でも解であり、あの人間のどこに本能があるのだと思ってしまう程、行動が無茶であるとしても理性的すぎるのだ。
だがもう一つ見えてくるものがある。
彼女は全部を見ているのだ。どうやってかなど分からないが、まるで視線が刺さるような感覚がある。だがそれは監視と言うよりは観察の部類に近い。
だが間違いないと確信できるほど、化け物にも見える存在は開拓者たちを観察している。
一つ一つの路線を、一つ一つの操作を、そして技能の操り方を、その全てを彼女は観察し続ける。見られる気分の悪さよりも、何か貪欲すぎる感情が食欲の様にすら思えた。
「研究しているのか俺達を」
ぽつりと呟く言葉に背筋が冷たくなる。
驕りもないのかと、なにより現状に満足していない類の人間の態度だ。改善し改良し、それでも足りないから取り入れ続ける。そりゃこうもなると呆れながら納得するしかない。
自分はここまで考えた事はなかったと、怪物になる手順を理解するしかないだろう。
ここまでやるのが開拓なのかと感心させられ、同時に彼にも一つの欲が芽生える。こいつを上回る事が出来れば最終までの道は開かれる。
そう思えてしまう怪物が彼女だ。
良い教材がいるからこそ、彼は徹底して彼女を観察し続けた。足りないのは分かったと、あとは次なのだとばかりに開拓者の本性がゆっくりと表面化していく。
所詮はろくでなしばかりが開拓者であり、命と西なら西をとるのが彼等だ。
人道的などと言う観念で彼らを図ってはいけなかったのかもしれない。義憤は消えて厄災地点に挑むような思考に彼は切り替えていく。むしろそう言う物だと考えて挑まなければ間違いなく撃墜されるのは自分だと判断したのだ。
人間として見てはいけないと、あそこにいるのは人災と言う名の厄災であると考えを改める。
あれこそが最新の厄災地点である。
それだけで感情は変り、認識は変貌した。今までの殺すと言う視点ではなく開拓者としての本性を前面に引きずり出すのだ。
踏破すると決めた瞬間から、今までの人間として彼女の恐怖は消えていく。
「誰も知らないが、あれは厄災地点だ。認識を変えれば納得がいく程度には人間とは思えない行動だ」
どこかで末恐ろしい子供だと思って見下していた。
だが違うと言う。あれが人間であってたまるかと、そうだったら自分の努力に意味はないし、これまでの成果は意味がない。
開拓者を蹂躙し行く手を阻み続ける代物を彼は人間とは認めない。
そう言う類の代物は別の名前で呼ぶのだと、だがどいつもこいつも人間だとあれを思っている。それを知っているのは自分だけだと、ならば最初に見つけた自分が名前を付ける権利があると笑う。
厄災地点を作ろうとする厄災地点だ。
開拓者の心を折るほどに優れた操作技術に、非常識な能力の数々、まるで人間のような災害だ。人を縛り続ける程に悪辣な墓標を作り上げる法則。
「そういえばあったなそんな法律だっけ、大昔のデータバンクの中にあった。人を見下して避ける代物だ」
人の名前をした法律、人間の形をした災害、全くもって似たり寄ったりだと手を叩く。
今も悔しさで絶叫しながら死んだ奴がいる。それは怖かっただけかもしれない、ただの区別だったのかもしれない、だがそれが彼らを縛って見下し続けたのは事実だ。
人を人として見ない代物、皮肉が聞いているとラマは笑う。自分がやってる行為と何も変わりはしないが、そういうしかないじゃないかと誰かに言い訳するようだった。
あんなのは人間とは言わないのだと、開拓者が望む開拓者の在り方であり、それがこなせるなら人間扱い出来る訳がない。理想は理想のままであればいい、ああなりたいとは残念ながら思わない。
開拓者たちを阻む災害は速度も何もかも無視して蹂躙を辞めない。
あれはこちらの夢を食い漁って大きくなる存在、そう思えばもう人間扱いなど出来はしない。
「ジムクロウでいいだろう。お前みたいにあそこを奪い取るんだ相応しい名前だよ」
彼の言葉によって厄災地点 ジムクロウ 誕生する。
彼は人間扱いできないそれを罵倒するようにそうつぶやく。自分達をあの場所から隔離するその存在を厄災と断じて彼は言う。
まったくもってその通りと言うしかない。
だが忘れてはいけないのだ。
西の果てとはたった一人が手にする場所で、最初から奪い合うだけの領域。
そこを夢と定めた時点でいつかはこうなるのだ。
かつての戦争ですらもそこを目指す為の代物である。
西の果てとはそういう場所であるとジオドレは言った。
その熱はこうやって燃え続けている。
その熱に浮かされた彼女がしているのは彼らと同じ事でしかない。
どちらにしろあの場所に誰よりも先にたどり着く為に、誰よりも必死になっている事が果たして悪い事なのか、だが言い訳する必要もない事でもある。
夢と言うのは所詮欲望の別名だ。
それを手に入れようと足掻く行為の全てが傲慢じゃなかった事など一度もない。
第〇音速域
基本的にだが普通の人間は第一で限界。訓練された戦闘機関乗りが第二で、エースが第三、対要塞列車級エースが第四、第五ほとんど未知の領域であり戦闘機関での限界値。
音速域の基準としては亜音速から超音速までの間が第一で、第二が極超音速から第一宇宙速度未満、第三が第一宇宙速度から第二宇宙速度未満、第四が第二宇宙速度から第三宇宙速度未満、第五が第三宇宙速度以上となっている。
幅としては第二から第三の間の音速域が一番大きく、最初の説明を見て分かる通りパイロットの操縦技術バロメータであり、基本的に第四以降は操作不能領域なので一応ある程度の基準である。




