八章 ワタリガラス 後編
状況は刻一刻と変わっている。
だがその状況についていけるのは、その状況を作り出しているものだけだ。ポーオレは、酒を飲みながらうれしそうに笑うヒサシゲの言葉をふと思い出した。
本来だが機動戦というのは、舞と言われる事もある程に洗練された技術を使うものであった。その停滞した現実に風穴を開けるように、ただ回避不能速度で車両を轢き殺す無茶苦茶をやってのけるラディアンスの暴挙は、ヒサシゲの機動とも違う絶望的な血の匂いを滴らせていた。
音速域の破壊は、ただの破壊だけのとどまらない。音速を超える暴挙は、炸裂する散弾の様に行政区に留まらず、二児の衝撃波によって更なる地獄を作り上げ、要塞列車を磨滅させる様に世界に降り注いだ。
ただの一瞬で全てが台無しになる光景が世界に広がる。
全てを置き去りにした瞬間訪れた現実は、災害と言う形を持って要塞列車に赤い世界を呼び込んだろう。人は死ぬだろうし、要塞列車の機能はもしかすると停止するほどの力を一つの塊が保持している。そんなのがフィルターの中で炸裂すれば、おのずとどれほどの災害になるか想像がつくだろう。
未曾有と言う言葉を思い浮かべればいい。
そう呼ばれる言葉を持った破壊は、当たり前の動作のように、状況を察する事の出来ない者達を轢き殺していく。状況が変わったのだ。ラディアンスは自分の実力を察して、戦いの土俵自体を捻じ曲げた。
当たり前や定石などと言った戦いの根幹である戦術の中で、一番起こりえなくなった部分を引きずり出して戦いにぶちあてたのである。
そして視覚に頼ってしまう人間だったらどうにもならない、音速域の速度の塊が一秒と満たない時間で自分を貫くのだ。そして速度と言う当たり前の武器が、混乱とそれを上回る情報の伝達を潰している。
予想外等戦術をぶち込まれ、奇襲での各個撃破による精鋭の蹂躙、結果として起こるのは教本にも載りそうな路線展開機動のお手本である。機体を熟知し、それに伴う戦術を作り上げ、あとは全てを奇襲によって潰す。
言葉にしたらすがすがしいほど教本どおりだが、元々がアノラックであった彼女からすれば、機体の知識に関しては熟知していない筈もないのである。その彼女が愛機として選んだシュベーレが、あわないはずもないのである。
要は彼女のオタク気質がプラスに作用しただけだ。
結果だけを見れば、敵の情報封鎖まで行う一挙両得の状況であるが、ラディアンスからしてみれば際の際で、どうにか戦いという状況を作り上げているだけである。
気付かれない内に叩くだけ叩く。戦場を知らない乗り手が多い世代に、死と言う匂いを嗅がせて士気崩壊にまで陥ってくれればいいと願うのが彼女の望みだが、そこまでこの世界が甘いわけも無い。
一瞬にして人類最高峰の殺戮者へと名前を変えるであろうラディアンスの機動は、誰もが怨嗟をかける声でありながら、その全ての声を彼女は置き去りにして走った。
伸ばそうとする手も、掴んで引き摺り下ろそうとする声も、全て彼女に触れる事も無く消え去っていった。こうなってしまえば、もう何もかもが終わったあとのお話だ。
しかしながらそれさえ読んだ男もいる。この状況にあって苛烈は破壊が降り注ぐ中で、いまだに要塞列車の陥落を防ぐのは、当然ながら彼女の父だ。純結晶である要塞列車の心臓部に結晶操作を行い、破綻をぎりぎりで済ましているが、結構顔色がやばい。
そんな父の必死の努力を知るはずも無い彼女は、それは愉快なほど苛烈にこの要塞列車の精鋭を皆殺しにしていった。
例えるのならば突発的な事故であり、運が悪いだけの状況であるが、ただ加算されていく撃墜数を見るだけで、たやすくラディアンスはエースの道を駆け上がり飛び越えていった。総撃墜数四十五機、たった一度の機動戦で落とせる人間の領域を超えた数である。
これだけで世界に残るような記録であるが、それ以外に起きた惨劇もまた地獄の様相と言うべきものであった。まるで狙ったかのようにクルワカミネの首脳陣が次々と事故死と言う状況に追い込まれ、壁内の人口の三割が死亡という大惨劇である。
獣の口は次々と機体を切り裂き、クルワカミネの現存戦力の五割を殺害し尽くした。
ここには一つの伝説ができた。機動戦の悪夢、そして失墜、そして重ね続けられる戦いの寝物語にさえなれる。
コレほどの戦果をただの一戦で上げた機体など存在しない。ヒサシゲの撃墜数ですら25機であり、この記録ですら非常識の一言であるのに、ラディアンスは更にその上をいく。コレに関しては、彼と彼女の技術を問うものではない。
相手を殺さずにという前提がつい戦いをした男が、蹂躙の一言で済まされるような戦いをするラディアンスと同等に語るのは、ハッキリ言ってどちらに対しての侮辱である。
性格の差が彼らの撃墜数を分けただけであり、二人の実力を撃墜数だけで語るのなら、ラディアンスに対してのイジメである。もしだ、ヒサシゲとラディアンスが現状で戦えば、確実に彼女は勝てる筈がないのである。
彼の限界機動は、要塞列車級(キルレシオ200対0)とされるエースを超える。
己の機動の一割でエースを子供扱いしてみせたのだ。多少のハッタリはあったにせよ、やり通すことの質が違う。そしてラディアンス自身も比べてくれるなと、悲鳴のような声を上げるだろう。
機動戦を「見て」きた彼女だ。自分の実力がどれほどのどん詰まりか、そんなことは問われるまでもなく知っている。
一級品の機動とは、空を切り裂くとされるが、自分は無理矢理食い破る無様さだ。
自分の理想である機動と、現在進行形の機動では、絶望的な程に差があり過ぎる。出来無いから捨てて、感情を振り乱すように暴れる形をとったラディアンスは、重ねあわせる機動に追いつけないジレンマを覚えさせ続ける。
たとえ現在進行形の蹂躙過程であっても、劣るという現実だけは彼女に不快感を与え続ける。
六度に渡る踏破戦争の撃墜記録で、最高とされるそれは524機であるが、その乗り手である羽のエースですらも、これほどの劇的な記録を打ち立ててはいない。
それでも彼女は認めないだろう。使えない機動に価値はない、コレを使えるようにする実力が彼女にはないのだ。あっているだけでは足りないのは、いやというほどに思い知らされた。
選択肢が奇襲であったという現実は、自分が相手に劣ると認めた前提を持って成立する理論だ。
負けるという可能性を考えた上での作法が戦の論理であり、勝てる方法を引きずり出すのが戦術の妙であるのなら、彼女の考えは断じて間違いではないだろう。
しかし彼女は開拓者だ。出来る前提でしか物事を考えない。出来ない前提で物事を考えると言う発想自体が不愉快なのである。
開拓者の道理である。自分が出来ると信じるから動けるし、行動に対して疑念がないと言うのに、彼女のしたことはその逆を完全に貫く方法だ。
悲観主義という言葉を頭に思い浮かべながら、感情で握りつぶすのだが、ポーオレは彼女を見て呆れ果てる。アレは獣以前のなにかだと、ラディアンスにしろヒサシゲにしろよく笑うが、こいつらの笑い方はいつも同じだ。
現実を常に塗り替えようとする。
自分が見る全ての現実を肯定するでもなく、否定するでもなく、ただ自分の為に変えようとする。個人のために世界を台無しにする事をあたりまえだと思っていやがるのである。
それが常なのだ。何があろうとも敗北を認めない、負けても負けていないと言い切る無様を二人は当然だと思っている。
「負けを認める気は絶対無いですよね貴女も彼も」
だから彼女は自然とそんな言葉を問いかけてしまう。
その問いに二人は多分だが同じ事を言うだろう。ヒサシゲとすら被ってしまう程に、ラディアンスは間抜けな顔をして言う。
「だって認めなかったら取り敢えず、勝つまでやれるじゃない」
たとえ彼らはどんな状況にあってもそれを言うだろう。
地べたに這いずる状況であっても、ただ実力のなさに泥水をすすることになってもだ。自分の概念を一つとして変えずに、全てを塗り替える言動はここに来て一つの塊を作り上げる。
勝てないのは負けじゃない。負けなければいつか勝てるのだ。
だから敗北を認めなければ、どの局面かで勝利を狙える力をつけるのなら、彼女の弁は何一つ間違っていないが、それを当たり前に口に出来るのは、ただの負けず嫌いの意地っ張りだ。
「だからいつまでも負けは認めないよ。今は負けてるだけだから、今は今の話でしかないから」
「それをいつまでも続けられるんでしょうか」
「出来ない理由を問うが無駄だと思うよ。出来る理由があるんだから、出来ない理由は自分の堕落だけ、いつもいつだって変らない理由だよ」
そうですねと言う声は、己の理由に対する言い訳を吐き出す自分の弱さに対する嘲笑であった。
だがそれでもポーオレは自分に言うでもなく、突きつける様にして吐き出しても、あの大地に対して出切る事など思いつかないのである。
ラディアンスは出来る理由があると言う。しかし彼女には出来ない理由しか存在しない。
その生きる為のスタンスの差が、ラディアンスとそれ以外に分けられる。
開拓者どもの道理は、所詮は個人主義の終着点であるが、現代の現れたその象徴である存在達は、前を向いてただ歩くだけで、顧みるなどと言う言葉を持ち合わせていない。
そんな人間が見せる世界は常に何かが違っていた。絶望でもなく、何もかもが移り変わっていき、見たことの無い光景だけが、地平の限りの浮かび上がる。
たった一人で世界は変るのだと見せ付け、変貌した地獄の沙汰を見たもの全てに刻んだ。
たかが齢十五の少女の世界の一端は、迷惑ですらない悪夢の光景であった。
だと言うのに、彼女はそんな悲劇に目もくれない。真っ赤に染まった世界に彼女が思うことは、ようやく私の領域に変ってきたと言うことぐらいだったのだ。
視界には彼女が反射する世界は、どうあっても地獄の様相であったのに、それが自分の領域とでも誇るように、その赤い色に随分と照らされたシュベーレは、元々赤く塗装されていると言うのに、それでも一層紅く染まったその機体は、本来静かなはずの工藤音を更に響かせるように、巻き上がった万能結晶を取り込むために、まるで唸るように辺りに畏怖を与える声を吐き出した。
低い振動音はまるで、全てを振動で打ち据えるような音を響かせた。複々線の本領である多重展開であるが、それを完全に起動させるのならば、辺りに対して強い干渉を行わなくてはならない。ノイズ交じりの開拓の獣の咆哮は、全ての悲鳴を乗り越えて現れる。
まるで火を食らうように、現象として発生した火と言う形を、結晶として扱うように全てを喰らい尽くした。
悪魔の形の一つを見せ付けるようなその威容は、シュベーレというかつての兵器がどれほどの力を保有していたのかを見せ付ける。それは確かに戦略級として語られるに相応しく、かつての乗り手がどれほどのボンクラだったかを教えている。
それを口に出すことが憚られる世界ではあるが、だから彼は道を諦めて鳥の巣を作った。そして自分が想像する開拓者を造ろうと考えたのだ。
一体それが誰だったのか、今更それを語る必要もないだろう。
目の前で体現する存在は、今となっては見えるわけも無い太陽の簒奪者だ。あらゆるものを呼び込みかき乱す、天然にして生来からのトリックスター、それは混沌と発展のを持って人に語られるだろう。
人に火を呼び込み、人に知識の始まりを与えた存在、発展のして混乱の象徴をとりにたとえて人は鴉と呼んだ。
だから相応しいというべきだろう。鴉の名を冠する機体に彼女は乗って世界を駆けている。
誰かに与えられた情況であったとしても、その事実すら引き摺りとおして自分の道を彼女は作り上げるだろう。
そんな彼女だからこそ道なき道を行く人を表す言葉が相応しいのだ。
何もかもを変えていくだろう存在だけの道標は、決して正しい道だけを示しはしないだろう。現在の状況ですら何をしたいのか、誰一人として分かる事は無いのだ。
人のために動かない結末は、自分だけで完結するだけの世界だ。だから周りの言葉を聞いても耳など化さないし、誰かに認められる事も無いだろう。そう言う生き方を選べば、そう言う結末しか存在しないのは当然の事であり、それを認めて生きていくだけの力がある者は、自分を自分で認めるだけの人生を歩んでいるだけだ。
自分を自分で認める。
口で言うのは易い言葉だが、出来るわけの無い難題だ。人は他人に認められて自己を認識する。
その認識の一つを覆す暴挙である。例えるならナルキッソスの物語のような代物だ。水面の自分に見とれる愚かさ、それを自覚しながら認めつくす自尊心を持ち合わせるだけの人間が許せる傲慢だ。
そんな思考をするものは、躊躇わずにただ歩いているだけなのだ。他人の為じゃなくて自分の為に、好き勝手に道を歩く人間は他人にとっては邪魔でしかない。
他人の認めない道を歩む力は、そう言う代物であり続けるだろう。
そして度が過ぎればここまでくるのだ。最初の轢殺から歴代最高記録を打ち立てたであろう単一戦闘での撃墜数を叩き出し、悠々と西にその路線を進む機体の持ち主は、他人の価値に見向きもしなかったのである。
三日前にも西に飛び出した男がいた。誰一人殺さず、他者の価値を認めていたと言うのに、なぜここまで二人は対極に見えるのか。
違うとポーオレなら声を上げていえるだろう。
この二人は近すぎるのだ。ヒサシゲはこれ以上の惨劇すら作り上げる事が出来ただろう。だが、それをしなかったのは、ただ別の理由があったからというだけに過ぎない。
その二つの選択肢を選べる力があっただけの事であり、選択肢を選ぶ力が無いからこそ、ラディアンスはこの惨劇を当たり前に作り上げたのだ。これが彼女に出来る精一杯だと理解しているからこそ、起きてしまう結果に、彼女は目もくれる事は無い。
自分の結果に彼女は納得を持って証明する。
この惨劇の結果をラディアンスは全肯定している。
「ねえ、この光景を見てポーオレって何を思うの」
「この地獄絵図を見てですか、特に何も思わなかったですが、強いて言うなら仕方ないでしょうか」
「だよね。きっと、ポーオレはそうだよ」と彼女は頷いた。
まるで答え合わせをするような言葉に、自分が彼女に予想されるほどには、読まれやすい人間なのかもしれないと、ラディアンスを下に見るような思考をするが、一言でそれはたやすく覆される。
「私は、いやあれもそうだろうけど、何でか分からないけれど、こう思っているんだ」
彼女の言葉はまだ続いていたが、一瞬いや聞いてもなおラディアンスの言葉がポーオレには信じられるものではなかった。
まともじゃないのは知っていた。今更と不思議に思う程度には、ラディアンスは全人類の当たり前と言う基準を逸脱しているのは明白だ。だがそれでも耳を疑う言葉であったのは、間違いない事実だろう。
ダブルスタックカーとまで言われた鉄の女が、あまりにも予想外の言葉を放たれた所為で思考を吹き飛ばされたのだ。
「正気ですか」
彼女が内容を租借して、必死に理解して引きずり出せる言葉はその程度。
聞き返す意味は無い事は彼女も重々承知であった。しかしそれでも、先ほどの言葉がどこかで変わることを願っていたような希望がそこには見て取れた。
そして問いただしたくないと言う後悔すらもそこには滲んでいる。
「どうだろうね。どっちだって変らないなら、私はその辺りはどちらでもいいと思うんだ」
狂気も、正気も、所詮言葉以上の意味にはならない。
そしてそれを拒否しようと、与えられようと、変らない彼女に問いかけた所で結論は変りはしない。いや変える理由すら存在しないのだ。
分かっていたと何度もポーオレは自分の心の中で感情を反芻させる。目の前の少女はもう三日前どころか、一時間前の少女ですらない。成長が著しいなどと言うどころではないのだ。
知っていたとも、知っていたのだ。彼女は自分の土俵に存在した。
ラディアンスにヒサシゲがかけた言葉をポーオレは知らないだろう。ただ一度だけでも外に出ろと言う言葉を、知っていたらなら舌打ちしてまで罵詈雑言を吐き出したのは間違いない。
あのくそ野郎と、絶対に八つ当たりのように感情を振り乱したに決まっているのだ。
本来のラディアンスを呼び出しやがった。今までとはもはや別物であるのは間違いないが、むしろ彼女にとってはこれが本当の姿だ。
西に立て、西に向かえ、それを彼女に示したヒサシゲの言葉は、ラディアンスにとってそれが一番確実な育成計画であったと言うだけなのだ。同類だから、自分のモチベーションを上げる方法を教えただけかもしれないが、ただ地獄に放り込むだけでラディアンスは開拓者になれた。
「もう一度同じ事を言ってもらえますか。私は聞き間違えであると信じたいので」
「いいけど、どんな聞き間違えしたの。間違える要素ないよ」
そんな事は知っていると怒鳴り声を上げたくなるが、それでももう一度聞き返したかっただけだ。
お前はそこまで変ったのかと、それが本当になりたかったの姿なのかと、そしてお前が望んだ形だからあんな言葉を口に出来たのかと追求したくて、ポーオレの感情は止まらなかった。
だがやはり変らない言葉であって、どこか不満そうな口調以外は、先ほどと何にも変らない暴言であった。
一時間にも満たない中での彼女の変化は、ポーオレには受け入れる容量を超えていた。彼女は本音で言うなら、それを訂正するまで聞き返したかったが、二度も聞けばたやすく心が折れる。
ラディアンスの言葉には、ポーオレが受け入れられないだけの価値がある言葉であったのだ。
何よりその内容以上に、彼女のそぶりから己の言葉に対する不信感は存在せず、呼吸するより自然の韻を踏んで言葉にする行動が、言葉を嘘などを感じさせる事が無い。
結局のところ御託を並べて、言葉に偽りを感じさせない事実が彼女には認められなかった。
「私は正しかった。やっぱり間違っていなかった」
これが彼女の結論だったのだ。
認めている。
この大虐殺の結果も、それが地獄であると言う事実も、そしてその全ての原因が自分を発端にしたもので、生涯にわたって殺戮者のそしりを受けるだけの悪意を重ねたものである事も、ラディアンスは認めている。
そしてその上で彼女は言う。
間違っていなかった。正しかったのだ、と。
楽しそうに笑う彼女の姿は、疑いも持たないその言動は、やはりポーオレには認められる物ではなかったが、返せる反論が無かったのである。
ラディアンスは絶対に言い直さない。絶対にその言動を曲げる事は無い。
「私の夢には必要な消費だよ。結局私の命も含めて全てが、私の夢の代償でしかないんだよ。最低でも私の夢の価値は、この地獄の価値以上はあるって証明が果たされているんだ」
「誰が何時そんな事を言っているんですか」
「そんなの私がここで言っているに決まってるじゃない。それ以上に必要な結論は、少なくとも私の中には存在しないと思うよ」
会話するだけで頭が痛くなる。
変る、その言葉の重みをポーオレはようやく理解させられた気がした。殺戮者となった変貌のときに理解するべきであった。
いやきっと彼女は理解だけはしていた。納得が出来なかっただけだ。
感情の意味がこれほど自分の性能を劣化させるとは、そう考える思考と共にその感情が無ければ人足りえない事を知りながら、今ばかりは感情と言う堰が邪魔だとすら考える。
災害、何度も口にしてきた言葉だが、ここに着てまた一つ自分が考えていた以上の厄介さを、持ち合わせる存在である事を刻み付けられる。
他の存在に対する遠慮も会釈ありゃしない。本当に理不尽に通り過ぎるだけなのだ。
「分かっていたのに、ああっ、ああもう私と言う人間はどこまで、人を過信するように出来ているのでしょうか」
「ポーオレって何もしない人間が善人だと勘違いしているタイプなの。何にもしてない人間は、何も出来ない人間でしかないんだよ。理由と言う名の言い訳を重ねたって、自分にとって何もしないのが楽なだけで、他人にも干渉しないからリスクが少ないってね」
それは実利主義の一つの考えなのかもしれない。
だがラディアンスは首を横に振る。そんなのはつまらないのだから、そんな事をしていたら、彼女にこんな風に扱われるのだ。
「だからいつもフラットにいたって変わりはしないよ。そうなろうと努力しない人間からの言葉は何時だって軽いし、聞く意味すら持ち合わせない存在自体が価値の無い言葉でしょ」
少なくとも彼女はそういって疑わない。
ただ芯をずらさない。道理とはそこに行き着く言葉だ。ずれない言葉とぶれない意思は、虫よりも価値の無い人と言う存在に、価値を与える為の意味を与える。
正しい人は嫌われ、間違っている人は嫌悪される。
それはきっと間違いないだろう。人は常に中庸を生きる存在であるのかもしれない。二つがあって始めてそうであったとしても、ラディアンスは自分だけを認める。
何を起こしてもきっと彼女はこう言う。自分は正しい、自分だけが正しい、と。
エゴばかり、そしてこれが彼女の好きな男の性質でもあるのだ。
確かに恋は盲目だ。そしてこれは百年の恋も冷めるだろう。それでも、彼女にとっては一度の恋だ、最後の恋だ。
こいつだってエゴばかりなのだから当然だ。都々逸の歌にもあるぐらいだ。諦めきれぬと諦めただけ、ポーオレにとってヒサシゲがそうであるように、彼らにとっての西がそれと思えば、いまさらなのかもしれない。
「それでいいんですかね」
「それ以外でいいと思うなら、きっとこの場で後悔で泣き喚いてるよ。何てことをって」
そう思わないのなら彼女はきっと、正しいと言い切れるならきっと。
なによりそこが変わらないのだから今更と言うのが正しいのか。
変わりきってしまったラディアンス。きっとこれから先も後悔しないのだろうけれど、かわいそうなラディアンス。きっと涙を流さないのだろうけれど、ラディアンスはきっと哀れなのだろう。
彼女は全てを捨てて走り出したのだ。全てを代償にして、これから先の夢の切符を手にした。だが払った代償が他者の命だけであるはずが無い。
「ですが、まだあなたはまだ何も成していない。この世界に繋がれたままだ」
ポーオレはそこまでの存在となったラディアンスに、尊敬も無くはき捨てるようにそう呟いた。
開拓者と完全に変貌したのだ。ならば、これから先がどれほど困難でも諦める事は無いだろうが、それが実力に見合うかどうかは別問題である。
「怖い声だね。けど分かってるよ。夢の道はいつだって過酷だってことぐらい」
「だったら、三下どもに精々首を絞められて悲鳴を上げなさい」
ここまでの事を成したのだ。ならば命に見合う報復が無ければ、払われる命の代価に価値は無い。
この世界には、ただの少女をねじ伏せる悪意がある。災害であろうとも許さずと吼える意思がある。
ただで払わされるほど、命が軽いはずは無いのだ。それは彼女が敵の八割を破壊させ気を抜いた一瞬の出来事だ。
側面よりの二層の破壊、さ後方からの激しい衝撃が彼女に一つの警告を与える。
「ここからが本番ですよ鴉。まだ天道虫も、蜂も、現れていなかったのですから」
ここまできたのなら、あとはただ喰らい付けと罵る様な声を上げる。
ポーオレはラディアンスを睨み付ける様な冷えた視線を隠そうともしない。慢心も何もいらないと、あなたが夢を叶えるのならば、その為の道筋を見た。
そして彼女の言葉に偽りが無いのならば、確かにヒサシゲへの道は開かれているだろう。
「遅いよね。今のは遅いからね。いきなり主導権をもっていかれたけど、そりゃそうだ出てくるよね。国家の保有戦力の中でも随一の兵器乗りが、ここで出てこないならエースの意味なんて無いか」
「そうですね。当たり前の事ですが、一つ忘れてはいけません。確かにディンは舞台に上がりましたが、ここから先は、その程度が意味があると場所ではありません」
だがそれまでは常に土壇場、首を落とされる準備だけは準備万端なのだ。
結晶操作を用いた加速を行い離脱をしようとするラディアンス。逃げられるとは思っていないが、距離を離さなくてはどうにもならないのは間違いではない。
いきなりの加速は、たしかに二機を引き離したが、それが限界であった。第一層目のフィルターが彼女の進路を阻む。十分な加速が無かった結果、フィルターを貫通できるほどの速度が確保できなかったのが、問題ではあったがそれにより複々線の回路の一部が悲鳴を上げる。
「覚悟は出来たのでしょう。これから先は死なない程度の死んでください。あなたにはしなれると困る価値はありますが、死んで欲しいと思うのも否定できませんので」
「はは、酷いよ。それで死ぬはごめんだけど、そこまで言うのなら、私もポーオレに一つだけ言い切ってあげるよ」
過負荷のかかった複々線回路の一つが、たやすく修復された。
結晶反応によるラディアンスの修復だろうが、そこから急制動による機動の掌握が開始される。書く当選に優れているはずの軽機関を翻弄するような機動の片鱗を見せるが、拙いそれを見てエースたちが何を思うのか。
だが確実にその乗り手に対して、向ける感情が分かる人間はあきれていたと言うだけだろう。
「それは無理だよ。精々悔しがっている事をお勧めするよ」
「なら、徹底的に悔しがらせてください。でなければ、中指を立てて罵倒の限りを尽くしてあげます」
エースがフィルターを削るのを確認しながら、二人は楽しげに笑いあった。
これが絶望であってはならない。だが脅威である事には変わりは無いのだ。ここで落される気はさらさら無い、ならば戦って強くなろう。
乗り越えるように確実に、間違っていないと言い切ったのだ。ならば、ラディアンスに正しくあり続ける事だけだ。
自分を否定させないのなら、たかだか人の意思如きに流される訳にはいかない。
自分を自分で認めると言う難しさを、その偉業を成し遂げるためには、その程度には努力が必要だ。その素養だけを持ち合わせる少女は、自分以外に自分を認めさせる為に、全てに新たな風を吹き込むように、変革の羽音を風にして燃える世界の火を煽り出していた。
羽最強艦とされる一番艦の要塞列車タイシャと呼ばれる要塞列車のエース。歴代で二十五人いる要塞列車級の一人であり、そのエースの内の同じ時代にいた三人を撃墜した伝説の一人。
ちなみにであるが要塞列車を二機撃墜し、戦場では死ななかったエース。ただしコルグートによって要塞列車ごと姿を消した。




