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西果て鉄道運行中  作者: 斉藤さん
第一部 かつての要塞列車
24/48

終章 響く車輪の音は甲高く

「負けたか、やっぱり思ったとおりだったか」


 ペナダレンに乗ったヒサシゲは、笑い声を抑える様にして、操縦席で呟いた。

 流石ポーオレだと、彼は嬉しくなるほどだ。これで出来たと、聞く者がいればきっとヒサシゲの言動に、目を剥いただろう。

 押し殺すように笑う様は、その喜劇と言うには随分と残酷な色をしている。そしてその色をヒサシゲというのだろう。全ての色が彼の為に染まっているような錯覚を世界は受ける。


「俺の実力じゃ、そりゃあのポーオレさんには勝てないか」


 分かっていた事を反芻する。今迄だって勝てたことが無いのに、この土壇場で勝利できるはずも無い。

 相手は自分を知り尽くしていて、こっちは自分の道理を曲げられないと分かっている以上、この結末は絶対にヒサシゲの敗北であるのは間違いなど無かった。

 だが彼とて悔しくないわけでは無い。笑いながらも、何処かその表情は憂いを帯びていた。


 分かっていても、納得なんて出来ない事などいくらでもある。そう納得できるほどヒサシゲは、弱くは出来ていない。重く圧し掛かる負けの事実に、吐き出したいた重みは静かな深い息となって現れた。

 悔しい、勝ちたかったに決まっていたのだ。彼は世界に負ける前に人に負けた。この世界に対して侮辱をしたのと変わらなかったのだ。


 自分の敵は今走り出した大地であるべきだった。それ以外の敵など必要なはずは無かったのに、それすら出来なかった男がヒサシゲなのだ。ああだこうだと、理由をつけても西を目指したが、ヒサシゲはその敗北感を拭えず、敗残者としてここにいる。

 悔しさが滲み、それを隠す為にあんな下らない惚気を見せたが、偽りでは無いとしても、真実では無いのかもしれない。


 けれどヒサシゲは笑っていた。そんな敗北感を何故笑いに変えられるのか、もしラディアンスがいたのなら問いかけただろう。

 しかし彼からすれば当然過ぎる事であった。敗北とはつまりはまだ自分が足りないことを意味している。まだ成長の余地があるというだけの事だ。人の上限を定めるのは常に自分であると考えているヒサシゲは、その敗北に己の進歩を願った。


 まだ先があるのだ。自分には引き出すべき何かが有ると彼は考え続ける。

 それは西に対して出来る彼の最大限の努力なのだ。エゴを張り続ける事を止めないのであれば、こうなるのは必然であるのだろう。

 自分を追い立てる東の風を作る為に、ヒサシゲはポーオレを西に誘った。


「もっとも、あのお嬢様が一番の敵になるんだろうけどな」」


 なにより僥倖だったのは、ラディアンスと言う存在だっただろう。まさか、まさかと、あんな事を言ってくれるとは思いもしなかった。ヒサシゲにとっては、最高の言葉といっても差し支えない。

 ポーオレという脅威すら一瞬思考から吹き飛ぶほどの感動だったのだ。あれだったのだと、彼女こそがかれにとって最悪の驚異であると、今になって彼は思いながら笑う。


「あれはずるいだろ。あれはポーオレのよりも厄介だ」


 彼が思う東の風とは、きっとラディアンスの事だったのだと。

 東から西へただそれだけの事に命を賭けられる存在。

 ただ西に向かう苛烈な意思を、自らに燻らせ感情の限りを尽くして吹きすさぶ。未熟であると断言できるはずの存在が、自分にとって最悪の脅威であるとヒサシゲは東の風と呼ぶ。

 それはヒサシゲから送れる限りない賞賛であり、同時に敵であると言う絶対的な認識でもあった。圧倒的な脅威としてヒサシゲは、これらか先にラディアンスを見る事だろうが、それはあちら側としても同じ事である。


 その視点を定めた時、既にヒサシゲの目には敵としてのポーオレは既に存在しなかった。

 どれほど彼に敗北感を与えようとも、西に向かうというのならヒサシゲからしてみれば、ポーオレは敵ではやはり無いのだ。むしろ敵以前の問題に落ちてしまうほどである。

 一から九に至る厄災地点、それはすべてが命を削る代償を要求するような難所であるのは間違いない。


 そんな場所を望みもしない者達が来たところで、ただ命を磨耗させて削り殺されるだけなのだ。

 たとえ夢の質量と言うものがあって、それがヒサシゲを上回る膨大な量だとしても、目的に沿わない壁は乗り越えるものではなく、避けて通るものの一つでしかない。

 刃の様な願いは、愚直にその壁にぶつかり続けるだろう。ヒサシゲはそれしか出来ないし、そうだからこそ開拓者と言い張れるのである。


 この度の戦いだってそうだ。あれはポーオレの夢の独壇場に過ぎない。

 ヒサシゲは西ばかりを見て、ポーオレからすら視界を外した。ある意味では、気の乗らない戦いだったかもしれないが、それでも彼は敵から視線をそらして外ばかりを見ていた。

 これで勝てるというのなら不思議だろう。所詮通過点、そう言っていたのはヒサシゲ本人だ。ポーオレにとってはつまりはそういう事なのである。


 彼にとっての赤い大地が、彼女にとっての赤い大地にはなりえない。

 それ対抗できる意思があるとするのなら、苛烈な火の様な衝動を持つ人間だけだ。燃え盛る東の風とは、ヒサシゲにとってはそんなものだ。

 焼き尽くしてやると人を追い立てる風は、きっとそんな人の意志の表れなのだ。


 人の意思はいつか世界を焼き尽くす。人の願いは、願いというだけで世界を滅ぼすに足る力を持つ。

 だからこそ人の本質は火なのだろう。存在の転換を与えた始まりすらも火であったように、人はそれに始まりそれに終わる。

 ヒサシゲはその象徴的な人物かもしれない。燃え盛るように夢を輝かせ、それだけを炉にくべて動き続けている。だから欲したのだ、己を煽り立てる風を、火を燃やし続けるための風を、全てを焼き尽くすために、己を煽り続ける風という存在をどこかで探していた。


 自分を追い詰めるであろう存在をヒサシゲは、ポーオレでもなく、コルグートでもなく、ただの世間知らずのお嬢様に求めたのだ。

 それがヒサシゲにとっての敵であり、自分を本当の意味で追い詰めると思わせた存在であった。

 彼女だけが西を見ている。ヒサシゲのと同じく、自分を疑う事もせずにたどり着けると理解している。そうなれば、技術は後から付いてくる。だがそんな技術すを手にすることも考えずに、彼女は西に飛び出すだろう。


 ポーオレに負けた時よりも、はっきりとした敗北感はこちらがの方が強かった。

 悔しかったのは間違いないが、彼が笑える余裕がある程度の話であったのだ。だがラディアンスに植えつけられた敗北感は痛烈であった。

 技術なんていらない。自分ならその感情を矢尻にして飛ばせると、そうヒサシゲに宣言して見せていた。自分はお前がかけた歳月なんて無意味だと、だからこそ彼女は追い抜くと言ってみせたのだ。実際にはその場の勢い十割だろうが、ラディアンスと言う開拓者はそれでも大それた事を口に出来たのだ。


 揺るがず変わらない。そうであるならもはや問答の結論しか出ない。

 彼女はそれをやってみせるとあの場で宣言した。それが結果であり、事実である。その言動こそがヒサシゲに植え付けた敗北感の塊だ。

 自分にはそれが言えたかと、問答を内面に問いかけた時、彼は心の中ですら言葉を濁した。

 つまりこういう事だ。この現状において、ラディアンスという開拓者は、ヒサシゲと言う開拓者の上に位置する存在であると結論を出すしかないのである。


 クルワカミネを混沌とした状況を作り上げ、エースを撃墜し、圧倒的な実力を見せ続けた鬼才は、まだ戦闘機関すら、満足に乗りこなせないお嬢様一人に負けを認めるしかなかった。

 自分の積み上げた歳月を、足蹴にして見せた人物。彼は認めるしかないに決まっているのだ。自分がラディアンすに劣っていると。


「傑作だな。ポーオレにこの事がバレたら流石にどやされるだろうな」


 ライバルはお嬢様だ。技術もない、経験もない、それでもくべる炉の火だけは苛烈な、そんなお嬢様が自分が認める西域到達への最大の難所であるのだ。

 これを聞かれたら何を馬鹿な事と言われるかもしれないが、ヒサシゲはそれに対して否定するしかない。あれこそが最悪の難所、己を追い立て、追いつき、そして抜き去るであろう東の風だ。


 未だかつてここまで、精神的にヒサシゲを追い詰め、何よりこれほどの賞賛を与えられた人間はいない。

 なぜならただの自殺を好き好んでするバカはいないのだ。自分から手を挙げて、崖から飛び降りようとする馬鹿が二人もいる等と誰が想像するだろうか。

 偶然同じ時代に、年こそ違えど存在すること自体が、本来はありえないと言ってもいい。


 二人の性質は限りなく同一に近いのは間違いないだろう。

 同時に近いが故に、二人は敵でもある。ヒサシゲはラディアンスの火をつけてしまった。それ自体は彼が望んだことだが、それがここまでだとは実は彼は思っていなかった。

 しかし蓋を開けてみれば、彼が望んだ最高の展開を迎えている。敵が出たのではなく、自分の進むべき道が明確になったのだ。


 似ているかもしれないが、所詮は他人であり全く違う考えを持った開拓者二人に過ぎない。その二人をイコールで結ぶとするならば、その思考がどこまでも西を向いていると言うだけの事なのだ。

 だがその二人はどちらもが苛烈な火であり風だった。どちらもが存在するだけでも、火を煽る風であり、燃え盛る火である。無駄に循環を重ねて燃え盛るそのさまは、今はこの世界では見えない太陽を彷彿とさせた。


「それでも、俺はまだ前に進める。ポーオレも来てくれるのなら都合がいい」


 先程から変わらない表情は、一つの事ばかりを必死に考えているだけだ。

 追立追いつき追い抜くのなら、こちらは常に追い立てられてやろうと。彼は待っていてやると余裕を見せるが、別に自分が勝てると思っているわけではない。

 ヒサシゲは、自分の成長の為に追い詰められる必要があると考えているだけだ。そのために都合がいい存在が二人も揃った。自分に敗北感を刻みつけた存在と、敗北を味あわせた存在、どちらもがどう言う理由であれ彼を下した人物なのである。


 エースの戦いの際ですら、彼は自分の成長を引いてみせた。

 だがそれでもまだ余地があると彼は考える。自分はまだ前に一歩踏み出せると確信している。その疑わない精神性こそが、ヒサシゲにとっての驚異的な武器であるが、今回の敵とも言うべき存在は、ヒサシゲと同じ精神性を兼ね備えた化物である。


 自分というものに多少なりとも自覚があるなら、その厄介さがどれほどか、自分を作って想像すればわかってしまう。目的の為に、ありとあらゆる迷惑をかけて実行し、自分の目的だけは完遂するだろう。

 敵にするだけ面倒すぎて、いるだけで厄介だといってもさほども否定できない。


 だからこそ自分は成長できると、ヒサシゲは畢竟の感情を得ながら満足げに笑う。

 強く生きたいとは思わない。強く有りたいとも思わない。優しくありたいとも非道でありたいとも、ヒサシゲは全く思うことはない。

 ただ彼は自分を続けたいだけだ。その為に必要なら、優しくあろうと考えるだろう。非情になろうと考えるだろう。だが自分を続けたいのなら、人は夢を持ち続けなくてはいけない。


 そしてそれを押し通すなら、夢のための原動機のなるべきだ。

 西に向かう感情を、ただ夢の路線に変えた二人。やると決めたらな実行するその性質、人のことなど考えない極端な自我は、今この場にあって最もヒサシゲが望むべきものであったのだ。

 今のまま厄災地点に削られても、ヒサシゲは自分の全てを出し尽くせる自信がない。第七であの程度なら、彼は間違いなくそれを超えると認めるしかない。


 だが、人の語るすべてが無意味になるとされる第八リザベーション、及び第九ウーンデットニーが、その程度であるわけがない。余裕などヒサシゲは終ぞとして存在しない。

 そんな結論を弾き出せば、後はその穴埋めを実行するだけだ。彼が求めるのは、第八や第九を超える難関。自分を削るんじゃない、その全てをねじ伏せるような暴力的な悪夢を求めたのだ。自分を殺すことよりも苛烈な、もっと先にある存在を、ラディアンスに強要する。


 彼女なら自分を殺してくれるとでも言うように、ヒサシゲは彼女を糧にしようとしていた。

 見れば見るほどに歪んだ表情。それは自分にとっての対等な好敵手に向ける様なものでは断じてない。


 彼は自分を偽らない。だからこそこんな表情ができるのかもしれないが、歪みに歪んだその表情は、笑っているのだけは理解できるが、それを笑顔となんて誰も認めないだろう。口角を釣り上げて表情を作るだけで笑なら、それはそうなるのかもしれないが、笑顔に対する最上位の侮辱だ。


 確かに喜びを表現はしているだろう。その薄ら寒い笑いは、ただ自分の感情を表現したものでしかないのだから当然だ。しかしそれは餌を前にする獣の舌舐り、いやそれですら醜悪すぎると断言できるだろう。

 気持ち悪いと一言で表現できるが、それは動物を肥えさせ、屠殺する事を心待ちにするような物であった。

 ヒサシゲはラディアンスをそんな存在として扱っているのだ。自分を成長させる餌、それ以上の扱いをする気がさらさらない。ライバルとして存在していようとも、所詮は西に向かうための餌だ。


 だからこそ彼女は怒りに震えた。

 自分の夢も何もかもを、ヒサシゲという男は所詮道具の一つでしかない、と。彼の抑えられない衝動は、他人を全て踏み付けにしても大した感慨もなく実行される。

 何度も言っていた事だ。彼は自分の目的のためなら全人類を皆殺しにすることすら厭わない。むしろなぜしないのだと疑問に思ってしまうような存在に、人間的理性を考えるだけ無駄ではある。


 だがだ、人にとって他者の夢など、道具でしかないのも事実だ。

 今まですべての人が叶えた夢が、人によって利用されなかった事など一度たりともない。むしろ利用する為に、夢という代物は存在しているのだろうか。

 ヒサシゲにとって人の夢などその程度の価値しかないのは、当たり前のことであり、他者にとっても同じことであろう。自分にとっての宝を侮辱されれば怒りはするだろうが、結局のところだれかの飯の種になるか、都合のいい道具にしかならない。


 例えばだ、空を夢見た人達がいた。その中でもライト兄弟は有名であろうが、はっきり言っておくべきだろう、あの時代、あのタイミングにおいて、彼らより前に空をとんだ人物はいる。

 熱気球のモンゴルフィエ兄弟、有人グライダーのジョージ・ケイリー、ロシアのモジャイスキー、クレマン・アデール、リリエンタール、ヴィルヘルム・クレス、サミュエル・ラングレー、オクターブ・シャヌー有名どころはこの辺だろうか。


 今挙げた人物たちは、空を夢見た人達であり、空に飛び立とうとした人たちだ。

 彼らの中には空を飛んだ者もいる。そして飛べなかったものいる。そして飛行形式すらも違うが、確かに彼らは空を目指した。しかしその彼等の火の様な力があって、人は現在に空を駆る力を得ているのである。

 ライトフライヤーとてそうだ。そんな彼らの積み重ねを使い、それを錯誤し、方向性を作り上げた。だが彼らは地上から切り離されて鎖に捕われた。


 兄弟の夢は後に、一度空から墜落することになる。

 様々な要因もあっただろう。そして彼らがそれほど有名でなかったのも致命的だったのかもしれない。グレンカーチスが悪かったわけでも無く、ただ誰もが平等に運がなかっただけに過ぎないのかもしれない。

 空を飛ぶと言うだけの願いは、彼らが飛んだ事によって、世界に広がることになるが、同時に飛んだはずの彼らを地に縛った。


 他人の都合が、全てを台無しにする事になる。動力飛行機におけるグダグダの物語である。

 夢は都合のいい道具といったが、正確には少し違う。夢を叶えれば現実しか待っていないというのが正しい認識であるべきだろう。

 偉業と言うだけで金になり、偉業というだけで名誉が手に入り、偉業というだけで人は階段を上った気になる。夢は現実によって潰されるのではなく、夢が終われば、あとは目を覚ますだけの現実しかないのだ。


 ヒサシゲは夢を見ているが、他人の夢を見ているわけではない。

 他者の夢とはつまり、ほかの人にとっては現実でしかないのだ。だからこそ利用され、都合よく改変され、形を変えていくのだ。

 純粋なのは夢が形になるまでの虚ろな時間だけ、形になった現実は、いやそうなる前ですらも、他者にとってはどうでもいいものでしかない。


 ヒサシゲは夢という存在を認め、価値を賞賛し、それを突き抜ける意思を絶賛するが、それでも扱いはその程度なのである。

 精一杯頑張れ俺の夢のためにというだけだ。お前らの夢は俺の原動力でしかないと笑っている。

 夢を持ち走り出そうとする若い意思は、その侮辱になど耐えられるわけもない。夢は常に人が抱える中で、最も純粋であるがゆえに、その形を崩すものには苛烈な意思が待ち受ける。


 しかしよりにもよってその男は、自分がそうである事を知っているからこそ、近いラディアンスを利用するのだ。それを肌身で感じながら、ヒサシゲは笑っているのだ。

 自分を確実に追い詰めると確信している後輩を心待ちにする。胸の奥から沸く焦燥は、まるで自分の体を焼き付くんじゃないかという程に激しい。焦る心が早くと彼を乱そうとしている、精神的に追い詰められかけているというのに、彼はその状況を楽しいと思っている。


 夢を語る以外にで、ポーオレですら見たことのない表情だ。

 自分が追い詰められる事を、いや彼は常に夢のことしか考えないのだから、ラディアンスと言う彼の知らない暴力的な夢への意思が、自分の利益につながるから喜んでいるだけなのは間違いない。

 しかし同時にこうも思っている。自分は追いつかれると、それがどの場所かはわからないが、彼女にとって自分の技術も蓄積も、夢を貫く意志の前では無益であると彼は断じる。


「あのお嬢様は俺より質が上だからな。正直に言って悔しいが、認めるしかないんだろう」


 そして夢への推力はラディアンスが上である。どう結論を出してもヒサシゲはそれに落ち着く。

 劣るという訳ではない。ただ彼女の方が苛烈というだけだ。彼はそれを自覚し、その上で笑っていた。自分はきっと劣るのだと、あの少女の前では自分の蓄積に価値などなかった。

 認めているのだ。しかし彼にとっては、それが嬉しくて仕方がなかった。彼女を超えられるのならば、自分は前ではなく、夢において誰にも劣らないと言える。


「あのお嬢様のことだ。絶対にすぐにでも西を目指す、衝動的であろうと、あれができて実行できるのなら三したは俺なんだろうな」


 自嘲する声にどこか楽しげな声色が残る。上も下も本来はないと分かっているくせに、自分が負けを認めた以上、その上下を作らずに人はいられない。ヒサシゲも人間であり、己に刻まれた二つの敗北感は、自分を相手の下に置く行為であるのは間違いなかった。

 

 そんな相手と戦い勝利できるのなら、生涯をかけた全てに満足が行くはずだ。

 彼女の力を認める。力が足りない、技術も足りない、ラディアンスは何もかもが足りないだろう。しかし夢にかける意思だけはヒサシゲを超える。

 そしてそれだけあれば十分だと彼は認めてしまった。


 彼の結晶制御を略奪し、胸ぐらを掴んだ女だ。夢を侮辱されたなら、厄災地点すらも乗り越えるだろう。

 道理などはきっと意味がないのだ。生と死の境目をみて彼女はきっと夢を掴み取る。だからこそ、生まれて初めての驚異を感じ、生まれて初めての賞賛を与える。

 引きずり出せる何もかもを引きずり出して、厄災地点を乗り越えて、夢への歯車を彼は回し続けている。


「無自覚な天才ばかりが俺の周りには多い。凡人に少しは慈悲が必要とは思うが、それをしたら俺はきっと怒り狂うんだろうな。自分ながらに難儀な性格だ」


 その歯車の輪転すらも上回り、彼を追い詰め続ける相手がいる。それがまさかの乗り物酔いのお嬢様であった。

 自分の成長の糧でしかないお嬢様を、彼はここまで賞賛し侮辱した。二人して無軌道であった夢への方向性が決まった二人は、もう見えるものは西だけになり、追い立てる車輪は甲高く響き渡っている。


 開拓戦争と扱われる二人の戦い。果無しの戦場跡から走り出した路線は、西に向かって伸び続ける。後に世界横断路線トイレントレインと名付けられる路線の一つは、世界に一条の路線を引いて伸び続ける。

 政策を超え、涙の道を抜け、悲惨な戦いの末に、押し込められ、二度の悲劇を乗り越えて、彼らはすべてを蹂躙し、西域到達戦争の火は上がり、東の風は舞い上がる。


「早く早くと、望んでみるかね。あの二人の出力なら、きっと俺を追い詰めて抜き去るだろう」


 超えなければならない。

 自分が挑む世界は常に過酷であれ、自分に余裕の感情などは必要ない。

 死ぬまで、いや死んだあとですらもヒサシゲは挑戦者で有り続ける。自分にとって、困難とは成長の糧であり、絶望とは蹂躙する対象である。


「そうなってからが、俺の土壇場か。それまでに、俺の成長を見てもらうか。あの二人に」


 だからヒサシゲは、自分を超えるものを望み続けるのだ。そしてそんな存在を餌扱いする。とは言え、いまからラディアンスに割ける時間は、そうはないのだ。

 所詮は彼女も夢のための供物でしかない。道を目指すための枕木でしかない。彼が目指すのは、ラディアンスを超えることでもなければ、困難を求めるための物でもない。


 西へ、結局はそれだけなのだ。 


 フィルターの熱処理の為に、ペナダレンが汽笛がわりに電子音を響かせる。

 それにより思考をやめた彼は、開拓を開始する。そんな彼が最初に目指すのは、クーツーバンド、第一厄災地点の前に存在する小さな開拓村である。そして始発を乗り越えて本当の意味で開拓を目指す者たちが、必ず立ち寄り己の開拓を再確認するための場所だ。

 

 しかしそこに必要だからと言うだけで、西への道をヒサシゲは目指す。そんな再確認はもういらないのだ。

 ラディアンスと言う絶対的な驚異を目にして、彼の夢は再確認され再認識された。だからそこによるのはただの休憩であり、物資の調達でしかない。

 そして西に向かう上で絶対に通るべき難所の始まりを見て、お嬢様と比べたいだけ。最後の難所となるであろうヒサシゲにとっての最終厄災地点の再確認作業でしかない。


 その為だけに彼は始まりの難所を見る。ただ困難に高さを望む最初の厄災地点アンドリューと呼ばれ、数多の開拓者を屠り続ける、厄災と呼ばれる絶滅領域の始まりの場所へ。

 

バンド 集落を意味したりするけど、基本的に開拓者たちが集まって作った開拓拠点。一応だが、ジオドレが踏破する際に作った拠点の跡地である。その為厄災地点の前には、絶対に存在しているが、先に行けば行くほど人口密度が下がっている。


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