自己紹介
「いや、あの!」
「こういうのは恋人とかとやるべきですよ!ちょっと急すぎるというか…」
ドギマギしながらも、手を繋がれたことを今更言及する。
校舎の敷居を跨いで、突然夢から覚めたような気分だ。
入り口の『森閑学園』と刻まれている年季の入った石碑を見て、気持ちが引き締まったのかもしれない。
「あ、そう?ごめん!てか、あそこじゃない?!クラス発表のやつ!」
そう言って掲示板を指差す。人集りができていて、嬌声や歓喜の声が絶えない。
きっと、地域の友達同士で同じクラスにでもなったのだろう。地方から来た翔駒にとっては、ただのノイズにしか感じられなかった。
「あれが…そうなのか」
独り言のように呟きながら、茜と共に掲示板の前に立つ。
【12HR】の下に、出席番号の10と共に自分の名前を見つける。
自身のサッカークラブでの背番号も10であったことを思い出し、感慨にふけっていると彼女にまた声をかけられる。
「嘘!アタシ11だよ?なんか運命感じるね!」
「ねぇ、これって名前順だと思ってたんだけどこういうのってどうやって順番決めてるのかな?」
「あーーー…あっ、一月生まれなら最初のほうで、十二月生まれだったら後の方とかじゃないですか?」
「あ、なるほど!アタシ四月生まれだけど、ショーマは?」
「俺も四月生まれですよ」
「マジで!じゃあ、何日?アタシは2日。」
「俺は…1日…」
「えっ?!神考察じゃん!絶対あってるでしょこれ!デタラメじゃないっしょ?」
「嘘なんてついてないっすよ!ついても得ないし」
話しながらついに校舎内に入っていく。
自分の出席番号と一致する下駄箱を探し、靴を脱ぎ、上履きを履く。
入り口の地図を見ても全く場所がわからない。
「一年生が最上階って酷くない??これって差別だよね…」
「まぁ、そうっすね…若いやつほど苦労しろ的なやつじゃないですか?」
しっかりと床を踏みしめながら、階段をコツコツと上がる。
「うわ、昭和じゃん。アタシそういうの苦手だわー。アタシのお兄ちゃんにソックリ」
「あ、兄弟がおられるんですね。」
「うん。ホント口うるさいよ〜。最近仕事ばっかで、全然顔合わせてくれないの。そうなると意外と寂しいよね。」
「てか、敬語やめなよ。タメ語で話そ?ほら、オナクラだし」
突拍子もなくぶち込まれた変な略し方に数秒フリーズしながらも、同じクラスなんだから距離は縮めたほうがいいよなと自分を鼓舞する。
「そ、そう…かな?」
「うん。」
「やっぱタメ語の方が様になるよ〜、こっち側からしても違和感半端なかったし」
「あ、失礼…なんだけど、茜さんって友達とかと来たりはしてないの?」
「あー、約束はしてたんだけどね。なんせこんなキツいと思わなかったから、途中で先行っといてってメールしておいたの。さっき気付いたけど、クラス同じだよ。」
「由美とケーコね!覚えといて」
そういうと彼女はカバンを床に置いてトイレに駆け込んで行った。
翔駒は一瞬ぼんやりしていたが、待っているのもちょっと気持ち悪いと思って先に教室に入ることにした。
ガラララと音を立ててドアをスライドさせる。先程までのコンクリートの無機質な空間とは打って変わって、モダンな雰囲気で馴染みやすい、故郷を思い出すような感じだと翔駒は思った。
「あぶねええ!」
突如金髪で長身の生徒らしき人物が、翔駒に突進してくる。
「うわぁぁぁぁぁ?!?」
そのまま衝突し、倒れ込んでからしばらくして起き上がると粉が舞う中でその人物の顔が少しずつ浮かんできた。
「あっぶね、ごめんごめん。他の生徒にやるつもりだったんだ、許してちょんまげ」
そう言ってから数秒経ち、おそらくスベった事を自覚したその人物ははにかんで笑った。
おそらく、他の幼馴染の生徒に対して黒板消し落としをしようとしたのだろう。
それが無関係の翔駒に当たりそうになったから、こうやって身を挺して守ったわけだ。
こんな事をするなんて悪趣味だとは感じたが、彼の声色にそこまで悪意が込められているようには感じなかった。
「いやさー、でもほんまにごめんな。」
「ヤァヤァ我こそは、飯田原の住人天童飛鳥なり」
飯田原というのは、この森閑学園が位置する地名の名だ。
それにしても調子のいい男だな、と翔駒は思った。
そう言って握手を求めてきた。チョークの粉に太陽光が乱反射して、天童の顔がくっきりと見える。
「あ、おう。よろしく」
握手を交わし合い、天童が思いっきり手をブンブン振って翔駒の体を大きく揺さぶる。
「俺ばっかり名乗ってもしょうがねえし、名前教えてくれよ。」
「なんなら名刺交換でもするか??偶然にも後一枚残ってるし」
そうやってふざけるチョークの粉に塗れた天童の背後に、スーツ姿の眼鏡を掛けた男が現れる。
その威圧感に翔駒は絶句した。おそらく教員だとは思うが、黙り込む翔駒を前にしてなお話続ける天童に見かねたのか
「気をつけええええええええい!!!」
突如、大声が教室内に響き渡る。
机に寝そべってイヤホンで音楽を聴いたり、参考者に顔を埋めていた生徒たちの上半身が一斉に起き上がる。
「君たち、浮かばれるのはわかるが少々はしゃぎすぎだ!」
「特に二人!」
「後で話があるから廊下に来るように!」
ピシャッとドアを閉めて廊下側に戻っていった。
「ヒエー、これ絶対職員室コースだよな…ごめん。」
「いや、謝らんくても俺はいいよ。別に職員室に呼ばれることなんて慣れてるし」
負い目を感じさせぬよう、そうフォローはするが2対1でも流石にあんな怖い先生に職員室で指導されるのは流石に怖い。
翔駒は武者震いした。
「はぁ、はぁ…!ねぇ、翔駒くんどこ行ってたの?!置いていったよね!」
ドアに手をかけ、眉をひそめ、息を切らしながら茜が翔駒に言い寄る。
「先行くなら言ってよね!急にいなくなったからびっくりしちゃったんだから。」
目を丸くした天童が腕を組みながら少しずつ視線を茜から翔駒に移していく。
「お前…」
その目つきは意地悪なものに変わっていく。先程の目つきのは違う、悪意を持った目つきだった。
口角が上がり、今にも何か言い出しそうなところを翔駒が制止する。
「いや!これは今日俺が朝登校してる時にズボンのチャックが開いてて、それを指摘してくれたついでに一緒に来ただけなんだよ」
咄嗟に正直に全てを吐露してしまった。
また、頬が赤く染まり始める。
「誤解、か。期待してたんだけどな〜」
下唇を突き出し、脇を締めて両手を横に広げて自身の席に戻っていく。
変な誤解が解けたことに安堵しつつ、先ほどの件を謝ろうと茜に向き直る。
「あの…」
「ゴメン、いいのいいの。元はと言えばアタシが最初に待っててって言わなかったのが悪いんだし。ごめんね。」
謝られるのは慣れていない。
なんて言葉を返せばいいのかわからなくなった。
「いや、…こちらこそごめん。」
「帰り道連絡先繋ごうね!これでチャラ!どう?」
何がどうチャラなのかは全くわからないが、とりあえず翔駒はその提案を飲んだ。
するとまた先ほどのスーツの男が今度は後ろのドアを開いて教室に入ってくる。
「着席!」
「えー、皆さん。このクラスの担任を務めさせていただきます小田 淳と申します。よろしくお願いします」
そうやって頭を下げる。反射的に翔駒も頭を下げ、生徒たちも「よろしくお願いします」という言葉と共にぼちぼち頭を下げた。
「私は今年度、数学を担当させていただきます。」
「このクラスで数学を妥協するなんてことは断じて許しません。」
「良いですね!!」
反射的にまた背筋が伸びる。それは翔駒に限ったことではない。
ほぼ全ての生徒が、小田という男の威圧感に圧倒されているのだ。
「また、のらりくらりしていられる時間はありません。」
「来週には宿泊研修が待っています!」
「そこで、友人との関係を築き、仕事を全うして自分自身に真摯に向き合うことで立派な高校生としてのスタートを切ることができます!」
「高校は義務教育ではありません。皆さんがこの森閑学園に相応しい学生になれるかどうか、見極めさせていただきますからね。」
そう言って、わざとらしく手帳を広げる。
「さぁ、まずは自己紹介ですよ!」
「一番!赤坂くん、よろしくお願いします!」
「はいっ!」
乾き切った声と共に、そばかすが目立つ真剣な面持ちの生徒が胸を張って起立し、返事をする。
立つ時に机に足が当たったのだろう。大きく前にズレている。
顎を引き、教卓の前に大袈裟に腕を振りながら歩いていく。
「赤坂 圭です!好きなことはスポーツ!あ、特にバスケが好きです!あとは、映画鑑賞も好きです!趣味は…」
「映画鑑賞?」
「アハイ!映画鑑賞が趣味です!」
極度の緊張のせいだろう。声が裏返っていた。
赤坂のその様子は翔駒にも伝染し、翔駒もまた緊張で体を震わせていた。
赤坂の右後ろに立っていた小田先生の先ほどの剣幕は消え去り、小さい声でボールペンを顔の近くで持ちながら赤坂を横目に手帳に何か書いている。
だが、翔駒は突然こんなに落ち着くのも何か怖い気がした。
まるで期待外れだと言われているような、拍子抜けした感覚。翔駒はなぜか赤坂が不憫に思えた。
翔駒は緊張で時間の感覚が狂っていたのだろう。赤坂が席に戻り、程なくして先ほどの天童に順番が回る。
「おいっす!俺の名前は天童飛鳥。」
「…自己紹介終わり。」
一瞬で終わった自己紹介に、小田は眉をひそめる。
「そしたら、天童に質問があるやつは手を挙げてくれ」
3人が手を挙げる。
「…、そこの君」
小田が指名する。
「ハイ!天童くんは、歴史で何時代が好きですか?」
「飛鳥」
「次、君。…そう、端っこの君。」
「はい、天童さんはアニメなどで好きなキャラクターはいますか?また、いたら名前も教えてくれますか?」
「んー、アスカ。」
「最後、ネクタイが飛び出てる君ね。」
「好きなアーティストとか、バンドとかそういうのはいるんすか?」
「チャゲアンドアスカ」
小田が苦笑する。呆れたとか、不快とかというより吹っ切れたような笑いだった。
先程まで目を輝かせていた女子達も、あれはないわとヒソヒソ後ろの方で会話をしていた。
悪びれる様子もなく、天童は席に戻る。
「…成程…この教室は一月や二月生まれが多いんだな…」
小田はそう独り言のように呟き、次を呼んだ。
数名の自己紹介を終え、次の順番が回ってきた。
「よろしくお願いします」
「…僕の名前は沢嶋 雅です。」
「好きなことは囲碁や将棋などのボードゲームで、特に五目並べは幼少の頃からすごく大好きです。」
「嫌いなものは特にありません。」
それは限りなく低い声だった。
「よし、質問をお願いします」
生徒が手を挙げる。
「どうして作業着で登校しているんですか?」
今まで緊張でまともに話を聞いていなかった翔駒も、これには気付いていた。
天童に並ぶ長身の彼は一人だけ制服ではなく作業着を着ていた。
きっと、何か家庭の事情やさまざまな背景があるのだろう。質問者の生徒はかなりノンデリなやつだと翔駒は感じた。
「…それは、家にお金がなくて…」
「奨学金や生活保護で賄おうと努力はしているんだけど…」
「無理はしなくて良いですよ。」
小田にフォローされ、雅は下を向いていた顔を無理やり上げる。
「まぁ、来月には制服が届くので、大丈夫です。」
次の生徒が指名される。
「雅さんはスポーツは好きですか?」
「あぁ、はい。一応クラブで野球をやっていました。」
続けて同じ生徒から質問を受ける。
「ポジションは…?」
「ショートとセカンドをやってました。」
「おお〜」
拍手が教室の中に響いた。
雅が席に戻っていく。
まずい。雅が自分の前の席に座ったのを見て、緊張がピークに達していた翔駒は次が自分の番だと確信した。
ゆっくりと教卓の前を目指して、荷物を避け、机を掻い潜っていく。
「俺は、榊翔駒です。趣味は、ゲーム。あとサッカーが好きです。」
「あとは…そう…ですね、昔はカードゲームとかよくやってました。」
「はい。そしたら、質問の方お願いします」
2人手を挙げた。
「そしたら真ん中の君」
「カードゲームって何ですか?」
「え?あ、え?…あー…キャラクターとか能力が書いてあるカードを集めて、ルールに従ってバトルするっていうおもちゃ?ですね」
「次はそこの女子」
「サッカーって部活?クラブ?どっちなん」
「クラブですね〜中学はハンドボールをしていました」
案外うまくまとまって翔駒は安堵した。
そして、ゆっくりと自席に戻っていく。
「そしたら次の人。11番なのかな?お願いします」
「はい」
茜が席を立ち、背筋を伸ばして教卓の前まで歩いていく。
「私は白玉茜って言います。好きなことは裁縫で、最近はドラマを観るのが趣味かな、と思ってます。」
「仲良くしていきたいので、バンバン話しかけてください!」
「ほいじゃ質問の方に移りましょうか…」
「質問!ある人いますか?」
4人が手を挙げる。
「すみません。入学式まで時間がないから手短にお願いしますね。」
「天パの君!お願いします」
「裁縫って難しいですか?怪我とかってどのくらいの頻度であるのか教えて欲しいです」
「難しいですよ〜。指サック使っててもしょっちゅう怪我してますね。」
「たまにすごい怪我してる時あるけど、リスカとかじゃないので安心してください!」
「2人目そこの目が半開きの君、どうぞ」
「はい!好きな俳優とかいますか?」
「もちろんいます!アタシは去年の朝ドラでも主演張ってた正井健太くんがすごい好きです!もうたまらないですね〜!」
「はいじゃあ次の人!」
時間の都合上、手を挙げていた残りの2人は質問ができなかったらしい。
可哀想だな、と思いながらも自分の番が終わったため、先程よりもリラックスして聴ける。
「えー、ウチは茜さんと結構被っちゃってるとこあるかもなー。」
「あ、名前は戸部綾乃ね。覚えて帰ってちょ」
「好きなことはメイクで、今日は流石に控えめかな。あとね、普段はベージュのアイシャドウ入れてます。」
「うんうん。」
「本当にごめんなさいね、ちょっと時間が押して来ちゃってるみたいだから今日は質問は切らせてもらいます。今度私の授業の時時間作りますので、質問はそちらの方でお願いします。」
小田は申し訳なさそうな表情で一言断った。
「っしゃあ!」
小さく天童の声がした。数学の時間が潰れて喜んでいるのだろう。
「じゃあ、次の人お願いします。」
「僕は倉田太って言います。名前の通り太ってます。BMIは勘ですけど27くらいです」
教室に小さな笑いが生まれる。
「こんなナリだけどスカウトの隊員で、サバイバル知識とかは誰よりも自信があります!よろしくお願いします!」
そう言って倉田は礼をする。
「うん、次で最後かな。」
前髪で目が隠れた猫背の生徒が、気だるげな足取りで教卓前へ向かう。
「オレは…間宮優希です。ゲームが好きで…FPSをよくやってます。」
もう終わりでいいか、と訴えかけるように小田に視線を送る。
天童に痛い目を見せられて更に質問がない分、この程度の自己紹介なんて小田は許容できないだろう。
首を横に振った。
「あと…カードゲームも好きで…音楽も…よく聴いてます」
そう言い終えると、少しばかり間を置いた後ばつが悪そうにその場を去って行った。
「このクラスは意欲がすごいですね…皆さん凄い質問したりして本当に感心します。」
「そろそろ、時間ですね。廊下に出て男女別に、出席番号順で二列横隊になってください」
天童が駆け寄ってくる。
「あれ?榊くん緊張してたっしょ?パリコレみたいな歩き方になってたぞ」
「俺そこまで酷かったかな…自覚ないわ」
話しながらも、後ろ側のドアから廊下に出る。
翔駒は途中で茜と目が合った。
これからの学園生活に想いを馳せ、ゆっくりと列の中に混ざっていった。
感想とか訂正とかお願いします!




