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支配と理解  作者: 御中御庭より
2章 東国旅編
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第41話 停止と空白

扉を叩く音で目が覚めた。


二回。

遠慮のない音。


「起きろー。朝飯食ったら行くぞ。準備しとけー」


レヴァルの声だった。


返事をする前に、足音が遠ざかる。

起こしに来ただけ。そういう軽さ。


俺は天井を見て、息を吐いた。

言われた通り、身体を起こす。


ユイはもう起きていた。


荷はまとめられている。

軽装のまま、ローブさえ羽織れば外に出られる状態だ。


「早いな」


俺が言うと、ユイは小さく肩をすくめた。


「慣れてるだけ」


声は柔らかい。


その時、ミレイアが布団の中で動いた。


レヴァルが出ていったのを確かめたみたいに、そっと起きる。

髪が、ひどい。


癖のある短い髪が、四方に跳ねていた。

実験に失敗したみたいな寝癖。


ミレイアは、鏡もないのに気づいたのか、頬を赤くする。


「……見ないで」


小さく言って、手で押さえる。


ユイが近づいてきて、何も言わずに櫛を出した。


ミレイアの肩を軽く押して座らせる。


「ちょっと、じっとして」


ミレイアは抵抗しない。

恥ずかしそうに、目だけ動かす。


ユイの手が髪を梳く。

引っかかるところで、少しだけ力が抜ける。


「痛くない?」


「……だいじょぶ」


そのやりとりを、俺はぼーっと眺めていた。


櫛が通るたび、ミレイアの肩から力が抜けていく。


「ほら」


ユイが最後に指で整える。


ミレイアは恐る恐る髪を触って、ほっと息を吐いた。


「……ありがと」


ユイは頷くだけだった。


朝飯は簡単だった。


温かい汁と、硬いパン。

腹に入れば十分。


準備も食事も済ませて外に出ると、空が高い。


馬車の方へ向かうと、レヴァルの声が飛んできた。


「来たかー。忘れ物、ないかー? 今日で着くからな!」


軽い調子で言って、手を振る。


俺たちはぞろぞろと乗り込む。

ユイが最後だった。


ふと、ユイが一瞬だけ足を止めた。


ほんの一拍。

言葉にするほどじゃないのに、引っかかった。


「ユイ」


呼ぶと、ユイはこっちを見た。


「ん」


少し遅れて、表情が戻る。


「あぁ、大丈夫」


それだけ言って、乗り込む。


俺はそれ以上聞かなかった。


馬が高らかに鳴いた。


馬車が動き出す。


宿場町の匂いが薄れ、草道の匂いが戻ってくる。

揺れは一定で、眠気が混じる。


誰も大きな声は出さない。

目が合えば、ふっと笑う程度。


時間だけが進んでいく。


昼。

夕方。

気づけば日が沈んでいた。


暗い。

それでも馬車は止まらない。


「夜は危ない」


何度も聞いた言葉が、頭の奥で鳴る。


俺が口を開きかけた瞬間。


急に、馬車が止まった。


身体が前に投げられ、荷が鳴る。

ミレイアが体勢を崩す。

俺は反射で腕を伸ばして、引き寄せた。


ミレイアは息を呑んで、頷く。


……前が、静かすぎた。


いつも聞こえていた声がない。

手綱の擦れる音もない。


俺は身を乗り出した。


御者台が――空っぽだった。


影もない。

手綱だけが、どこにも繋がっていないみたいに垂れている。


嫌な汗が背中を伝った。


次に、外を見る。


闇の中、道の端――草の揺れる向こうで、黒いものが動いた。

近づいてくる。


音はまだ小さい。

でも、確かに、こちらへ。

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