第13話 後輩ちゃんと料理教室。その2
茹で上がったたけのこをしばらく冷ましてから、本格的に調理に取り掛かる。
「それじゃあ、皮むきから始めましょうか。先っちょの方に切れ目を入れたら、そこから一気にむいちゃってください」
「こう……かなっ……」
恐る恐る指を入れ、二つに開くようにバリバリとはがしていく。
すると…………。
「おーっ!一気にむけたっ!」
気持ちいいくらいに皮がつるんとむけて、中の白い部分が現れ始める。だけど、先っちょの方はまだ黒くて硬そう。
「その先に残った部分を、慎重に一枚ずつはがしてください」
「一枚ずつね、了解……」
一枚……。
二枚……。
一枚ずつむいていくごとに、少しずつ自分のイメージの中のたけのこへと近づいていく。これって、ほんとに気持ちいい。
「おおーっ、つるんときれいにむけたっ!」
「最後に根っこの方の硬い部分を切り落として、下処理は完成です」
「おーっ……。なんか、一仕事終えたって感じがするわ……。たけのこ一個処理するのにも、結構手間がかかってるんだね……」
「そうですね。大変ですよね。でも、これを済ませちゃえば、あとは料理をするだけですから」
「するだけっていうけど……。そこが一番ハードルが高いんじゃないの?」
「大丈夫ですよ。メインのたけのこご飯はお釜に仕事してもらうだけですし、ほかも準備と片付けさえ何とかなればそこまで難易度は高くありませんから。実は料理で一番めんどくさいのって、料理そのものよりも、準備と片付けなんですよね」
「ふーん、そんなもんなんだ……」
「それじゃあ、まず最初にたけのこご飯を仕掛けちゃいますか」
「はいっ! 先生っ!」
たけのこご飯は由奈ちゃんの言うとおり、結構簡単だった。
研いでおいたお米(これくらいは私にもできる)に、いちょう切りにしたたけのこと、細切りにしたにんじんと油揚げを入れて、レシピ通りの調味料を入れて、あとは炊くだけ。
「何だ、ほんとに簡単じゃない」
「でしょ?」
正直言って、炊き込みご飯って手が込んでいる感じのイメージだったから、何だか、拍子抜けした。
「それじゃあ、次は天ぷら、行きますか」
「うんっ!」
なんだかちょっぴり、自信がついてきた。
「天ぷらは油の管理と処理さえちゃんとやれば、難しいことはありませんから」
「はいっ!」
天ぷらも、やってみたらどうってことなかった。
粉は市販の天ぷら粉を説明書き通りに用意すればそれでオッケー。
「油は鍋の六・七分目くらいでたっぷりと。もったいないと思ってもここはぜいたくに使ってください。で、火にかけてあったまってきたら、てんぷら粉をひと垂らししてください。中に落ちた粉がすぐに浮いてきたら適温、沈む前に表面ではじけたら熱すぎです」
「はいっ!」
そして、油があったまったら、衣をつけたたけのこをどんどん揚げていく。
「揚げはじめに出ていた泡が小さくなって、ジュワジュワしてきたら引き上げてください」
「押忍っ、先生っ!」
なんだか、ノリが武道の稽古みたいになってきた。
そして、引き揚げた天ぷらを、どんどん調理用バットに乗せたキッチンペーパーの上に並べていく。
「できた……。できましたよ、先生っ!」
「よしっ! それじゃあ、ほかの具材もどんどん揚げちゃいましょうかっ!」
「はーいっ!」
そして私たちは、たけのこだけじゃなくって、ニンジンのかき揚げや、この間騎士くんが作っておいしかったタラの芽などをどんどん揚げていった。
料理が苦手な私が、今、こうして天ぷらなんて高度な料理を作っている。
今まで難しそうってイメージだけで料理を敬遠していたけれど、ちゃんとわかっている人に教えてもらったら、こんなに料理って簡単でとっても面白いんだ……。
これで、これからは騎士くんに料理のことででかい顔、されなくても済むぜ。
ありがとう、由奈ちゃん♡
「――おじいちゃーん、ご飯だよーっ!」
「おーっ、案外早かったじゃないか。もっと苦戦するかと思ってたのによォ……」
「へっへーんっ! なんてったって先生がいいからねっ!」
「いやいや、先輩のセンスがもともとよかったんですよ。それじゃあ海彦さん、どうぞ召し上がってください。聖華さんがおじいさんのために作った、たけのこのフルコースです」
「おおーっ、スゲェじゃないか、聖華っ!」
食卓に並んだ料理の数々を見て、おじいちゃんは目を丸くした。
たけのこご飯に、たけのこと人参とタラの芽の天ぷら。お味噌汁はたけのことわかめ、さらに、穂先の柔らかい方のたけのこをスライスしてわさび醤油で食べる、たけのこのお刺身もある。まさにたけのこ尽くしの食卓だ。
「マジか……。本当にこれ聖華がみんな作ったのか? 由奈ちゃんじゃなくって?」
「はい。これみんな、正真正銘聖華さんが一人で作りました。私は横で教えていただけです」
「そうか……。聖華が俺のために……」
……やだ、おじいちゃんが涙ぐんでいる。
「ほらほらおじいちゃん。天ぷらが冷めちゃうから、さっさと食べようよっ!」
「おうっ、そうだなっ! それじゃあ、いただくとするかっ!」
――それじゃあ、みんなで……。
「「「――いっただきま―――すっ!」」」
(――サクッ‼)
「おーっ‼ この天ぷら、サクサクでメチャクチャうめぇじゃねぇかっ! こりゃ、ばあさんのにも勝るとも劣らないぜっ!」
「ほめ過ぎだってば、おじいちゃん……。そんなこと言ったら、おばあちゃんに悪いよ?」
「いやいや、この天ぷらを食ったら、ばあさんだって喜んでそう言うぜっ!」
「そんな大げさな……」
「いやいや、全然大げさじゃねぇよっ。天ぷらだけじゃねぇ、たけのこご飯も絶品だし、このわさび醤油の刺身もまた、泣かせるじゃねぇかっ! ……やばい、俺、酒飲みたくなて来たわ……。ちょっと俺、取ってきてもいいか?」
「――由奈ちゃんの前だから、ほどほどにしなさい?」
「わかってるってっ! 聖華もそういうとこ、ばあさんに似てきたよな……」
「そりゃあ私、おばあちゃんの孫だもん……」
……何だろう。今、ここ最近なかったくらい、おじいちゃんと自然に会話している。私もおじいちゃんも、今までお互い遠慮していたのがウソみたいに、言いたいことを言えるようになっている。これも、おいしい料理の力なのかなぁ……?
今までのビミョーなごはんをいやいやマズそうに食べていた時と違って、おいしいごはんを食べながら食卓を囲むと、それだけでこんなに楽しくて、幸せな気分になれるんだ。
私、今まで気づいてなかった。
両親が、おばあちゃんが、(ついでに騎士くんも)いたときには当たり前すぎて全然気づいていなかったけど、こんな風においしいご飯を囲んでみんなで楽しく過ごす食卓って、実は当たり前の物じゃあ、なかったんだ。
毎日の平凡でしあわせな食卓って、自分たちの努力で作っていかなきゃいけないものだってことを、おじいちゃんと二人になって、初めて気づいたよ……。
「――おーいっ、聖華っ! たけのこご飯、もう一杯おかわりっ!」
日本酒を飲みながら、由奈ちゃんに刑事時代の武勇伝を心行くまで語っていい気持ちになっていたおじいちゃんが、しゃべりすぎて小腹が空いてきたのか、ご飯のお代わりを要求してきた。
「おじいちゃん、ご飯は明日の朝ごはんにとっといてさ、シメにもう一品あるんだけど、それを食べてみない?」
「何っ! もう一品あるのかっ⁉ そりゃあもちろん、食べるに決まっているだろうがっ!」
おじいちゃんの反応に、私と由奈ちゃんは思わず目配せをする。
「それじゃあ、ちょっと準備してくるから、待っててねーっ!」
そう言って、私はキッチンに引っ込んで、準備していた「あれ」を作り始める。そして、しばらくして――
「――お待たせ―っ! それじゃあ、みんなで食べよっかっ!」
「おーっ、ラーメンか。確かに酒飲んでるときのシメにはぴったりだが……っておいっ、これっ……⁉」
おじいちゃんのその反応に、私たちは思わずほくそ笑む。
「肉絲湯麺じゃねぇかっ! 神龍苑がなくなったから、もう食えないかと思ってたぜっ……。おめぇ、よくこんなもん作れたよなぁ……」
「レシピがわからないからあくまで神龍苑のとは違う、もどきだけどね。とりあえず食べてみてよ」
「おうっ! いただきますっ!」
そしておじいちゃんは、おもむろに目の前のラーメンをすすり始めた。
「……どう、おじいちゃん? おいしい?……って、あれっ……?」
……なんか、おじいちゃんがぼろぼろと泣き始めた。
「うめぇ……うめぇやちきしょう……。確かに神龍苑の味とは違うけど、そんなこと、たいした問題じゃねぇやっ。聖華が、孫娘が俺のためにこれを作ってくれた。それだけでこのラーメンは、世界一の味だぜっ……」
――やったっ! 大成功っ!
私は由奈ちゃんと思わずサムズアップを交わした。
「……ありがとうよ、聖華。由奈ちゃん。俺のためにここまでしてくれてよ。それから聖華。こないだは怒鳴っちまって、悪かったな」
「おじいちゃん……」
「俺、イライラしてたんだ。ばあさんに俺たちのことは大丈夫だから安心して行って来いって大見え切ったのに、毎日毎日聖華にマズイ飯しか作ってやれなくって、そんな自分がふがいなくってよォ……。そんな時、せっかく騎士がくれたっていうたけのこを麻生さんちに全部やっちまったって話を聞いて、俺、ショックで頭に血がカーっと登っちまってよォ……」
「ごめんねおじいちゃん。せっかく騎士くんがくれたものを、おじいちゃんに内緒で処分しちゃって……」
「……いや、腹が立ったのは俺にだよ。俺が料理ができないから聖華が気を使ってたけのこを麻生さんにやっちまったのかと思うと、俺、自分のふがいなさに情けなくって涙が出てきてよォ、それでつい『なんでたけのこを全部やっちまったんだ』って怒鳴っちまったんだよ。本当に、すまねぇ……」
「いや、私も悪いよ、おじいちゃんが一番かわいがってる騎士くんからのプレゼントだったのに、私……」
「……なに言ってんだよオメェ。俺は騎士も聖華も平等にかわいいって言うか、むしろ聖華の方がかわいいくらいだぞ?」
「えっ……そうなの? だって、おじいちゃん、いつも騎士くんの方とばっかり遊んでるし、気が合うのは騎士くんの方じゃないの?」
「まあ、確かに騎士の方と遊ぶことは多いけど……。でも、それは野郎同士だから当然だろ? なんだかんだ言ったって聖華はうちのお姫様なんだし、聖華もヒナちゃんとか、女の子と遊んでる方が俺たちと遊ぶよりも楽しいだろ?」
「まあ、そりゃまあそうだけどさ。たまには私も昔みたいに騎士くんと一緒に釣りとかに連れてってほしいよ。なんだか私だけ、仲間外れみたいじゃん……」
「わかったわかった。今度一緒に行こうなっ。て言うか聖華、俺が騎士の方をかわいがってるって、本気でそんな風に思ってたのかよ?」
「……うん。正直言うとちょっと思ってた」
「バッカだなあ、んなわけあるかよっ! さっき言ったとおり、聖華はうちのお姫様だし、それに、聖華が大事じゃなきゃ、俺はとっくにばあさんのところに行ってるわっ! ……って言うか、置いてくのが騎士の方だったら俺は迷わずばあさんとこに行ってたわっ!」
「えっ……。そうなの?」
「たりめぇだろっ! 俺は聖華の方が大事だからこっちに残ったんだよ。まあ、役に立つどころか、聖華にいらない心の負担をかけちまったみたいだけどな……」
そう言って、顔を真っ赤にするおじいちゃん。
まあ、とっくにお酒で顔は真っ赤だったんだけどね。
お酒と照れで二重に赤くなって、赤鬼みたいだ。
でも、ともくんが言ってた通りだったな。おじいちゃん、私のこと、本当に心配してくれてたんだ。
なんか最近、おじいちゃんが騎士くんの方ばっかりひいきしている感じがして、なんとなく不満だったけど、でも、今日、この場で本音で話し合って、いろいろとすっきりした。
――そうか。おじいちゃん、私のことお姫様って、そんな風に思ってたのかぁ。
ずっと私のこと、男子みたいに雑に扱ってるとばっかり、思ってたのになぁ……♡




