14章:聖と魔の境⑥
【6節.生まれたて】
『魔獣をやめたら、アストの敵じゃなくなる? 人の敵じゃなくなる? でも、私は魔獣? やめる? どうやって?』
興味深げに問いかけるその声は、どこか幼さを含んでいた。
アストはその反応に、ふと微笑を浮かべる。
(まるで子どもの“なぜなぜ期”ですね。
人の記憶から知識を受け継いでいても、この辺りは生まれたての子どもと変わらないようです……)
「順番に行きましょう。まず、魔獣であること自体が、私の敵となる理由にはなりません。
これまでも、人に害を成す魔獣は討伐せざるを得ませんでしたが、人の寄りつかない土地で自然に生きている魔獣にまで、手を掛けてきたわけではありません」
『人は? 魔獣は、人の敵?』
「現状、その認識を持った人が多いのは事実です。
ですが、先ほども言ったように――大切なのは、あなたがどう在りたいかです」
『分からない。難しい。自分は……魔獣をやめたい?』
「“魔獣をやめる”というのも、あくまで便宜上の話です。
あなたの中で、“魔獣”という存在であることが人々の敵となってしまうという考えになるのなら、やめても良いということ。
そして、あなたにそのつもりがあるのなら――私には、それに協力する手段と覚悟があります」
『やめる? どうやって? 俺は、どうなる?』
「私と話をしている、あなたの“心”の部分だけを固めて再構築します。
今の身体は一度失われますが、私が生成する“記憶を持たない純粋な魔素”だけをあなたに注ぎ直し、他の記憶が混ざらない、“あなただけの身体”を作ります」
『魔獣は、気にしない。でも今の身体、要らない。憎い。苦しい。悲しい。それだけ。新しい身体? アスト、聖獣。魔獣、生む? 大丈夫?』
その問いには、どこかアストの立場を気遣うような響きがあった。
アストは、かつてのヴァルティスを思い出しながら、静かに応じる。
(……幼子には、意外なほどの鋭さがありますね)
「問題ありません。“私が生む”というのは、少々語弊がある気もしますが――
私が手を貸すのは“魔獣”ではなく、“あなた”という一つの命です」
『詭弁、かも? でも、分かった。アスト、聖獣、救い。僕も……助ける?』
「意外と難しい言葉を使いますね……それは、私の提案に“了承した”と受け取って良いのでしょうか?」
『――お願い』
それは、これまでの好奇心を帯びた問いとは異なる、どこか“未来”への希望を感じさせる――
確かな“意志”のこもった声だった。
「では、さっそく始めましょう」
アストがそう告げると、光球から微かな声が返って来た。
『……何か、すること、ある?』
その声には、まだ不安と幼さが滲んでいた。
「そうですね……あなたのことを、もう少し理解できればと思います。
構築を進めている間、少しお話をしませんか?」
『話す……何? 分からない』
生まれたばかりの存在に、自分のことを語れと言うのは酷かもしれない。
そう思ったアストは、問いかけの形を変える。
「では、あなたがここで目覚めて、何を感じたか教えてもらえますか?」
そう話しながらも、彼は光球の魔素を丁寧に織り込み、意識の核を包み込んでいく。
『……最初、周り、言う通り、動いてた。でも、ちょっと、嫌だ、思った。
そしたら、声、大きく、なった。うるさい、思ったら、温かい、光。 そしたら、静か、なった』
「……なるほど。では、これからどうしたいですか?」
『アスト……一緒、いい?』
「……あなたが望む限り、一緒にいます。約束します」
『……絶対?』
その問いに、アストは一瞬だけ考え込んだ。
もし彼が魔神王としての本質――王族への攻撃性を残していたら……。
だが、今の声に敵意は感じられない。アストは信じることを選んだ。
「絶対です。私は果たすつもりのない約束はしません」
『……良かった』
会話の中で、アストは意識の反応する箇所を読み取りながら、
過不足なく、焦らず、丁寧に新しいカタチへと織り上げていく。
光球全体の輝きは徐々に弱まりつつあったが、アストの手元では魔素の塊が強烈な光を放っていた。
「どうですか? 嫌な感じはありませんか?」
『大丈夫。明るい、気分、良い。遠くの嫌な声も、聞こえなくなって来た』
「それは良かった。あなたの意識は今、ほとんど私の手元に移っています。
次は、あなたの身体に必要な魔素を注ぎ直します。
叶えられるかは分かりませんが、何か希望はありますか?」
『アストと同じがいい』
「あなたの半身は人でした。人の姿になることも可能だと思います……。
この身体は少々不便なところも多いですよ?」
『それでも、いい』
「……分かりました。まったく同じにはできないかも知れませんが、動物のような姿をイメージしてみましょう」
『うん、お願い』
アストが魔素を注ぎ始めると、光球の残りも彼の手元へと流れ込んでいく。
光はさらに強くなり、アスト自身もその輝きに包まれ、溶け込むような感覚を覚えた。
「無事に終わったら、ここを出ることになります。不安に思うこともあるかもしれませんが、あなたのことは私が守ります」
『不安は……少し、ある。でも、アストと一緒なら、大丈夫。それより……嬉しい、かも。外に出るの、楽しみ』
気づけば、その話し方はずいぶんと流暢になっていた。
そして、外への関心と好奇心が、彼の中で確かに芽吹いているのが感じられた。
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