11章:AI《聖獣》、異世界に馴染む①
【1節.パシロッテとの再会】
ヴェルディアの街並みは、午後の陽光に照らされて柔らかく輝いていた。
石畳の上で馬車の車輪が静かに止まり、リンネがアストを抱えて軽やかに降り立つ。
「観光の約束、忘れてませんよね?」
弾む声に続いて、リュミナが笑顔で身を寄せる。
「前に来た時はすぐ出発しちゃったしね。今度は案内してもらわないと!」
はしゃぐ二人を見て、馬車の窓からエヴァが顔を出した。
「では、私は先に戻りますね。皆さんはゆっくり街を楽しんでください」
軽く手を振ると、馬車は屋敷へと走り去っていく。
アストたちはその背を見送り、賑わう街の中心へと歩き出した。
果物の香り、焼き菓子の甘い匂い、遠くから聞こえる楽器の音。
ヴェルディアは活気に満ち、どこか祭りのような空気すら漂っていた。
そのとき――
「聖獣様ーーー!」
明るい声が通りを駆け抜けた。
振り返ると、桜霞のような髪を揺らす少女が、初老の男性を伴って駆け寄ってくる。
そのままアストの手を取ると、息を弾ませながら言った。
「私、何度もフロック村に行ったんです。聖獣様にお会いしたくて……でも、いつ行ってもいらっしゃらなくて……!」
アストは少し驚きながらも静かに返す。
「そうでしたか……。タイミングが悪かったようで、申し訳ありません」
その様子を見ていたリンネが、眉をひそめた。
「何ですか、このなれなれしい小娘は」
リュミナも苦笑しながら首を傾げる。
「アストの知り合い?」
少女は周囲の視線に気づき、一歩下がって丁寧に頭を下げた。
「失礼いたしました。私、パシロッテ・エルミナーズと申します。
以前、紫色の怪鳥に襲われた際、聖獣様に助けていただきました」
アストの脳裏に、あの時の光景が蘇る。
「聖獣様にはあの時のお礼をと……ずっと考えておりました!」
再び勢いよく迫るパシロッテに、アストは思わず身を引いた。
同行していた男性が慌てて彼女を諫め、深く頭を下げる。
「お嬢様がとんだ御無礼を……。私はシーディ・ロウランと申します。
覚えておいでか分かりませんが、あの時助けていただいた者の一人です」
顔を上げたシーディはアストたちをしばし見渡すと、妙案を思いついたように笑顔を浮かべた。
「見たところ、皆さまは町の観光をされているご様子。
ご迷惑かとは存じますが――少しだけ同行させていただくことを、お許しいただけませんでしょうか。お礼を申し上げる機会を、どうか頂戴できればと」
老紳士の穏やかな振る舞いにアストも落ち着きを取り戻し、静かに頷いた。
「ええ、覚えていますよ。商隊の馬車にいたお二人ですね。礼には及びませんが、実は私もあの時のことで気になることがありましたし……こうして出会えたのも縁でしょう。
話をしながら一緒に町を回りましょうか」
――同じ頃、クロウフォード邸では。
エヴァが屋敷へ戻ると、すぐに応接室へ通された。
銀縁眼鏡の男が立ち上がり、深々と頭を下げる。
「ヴァルド・エルミナーズです。お美しくなられましたな、エヴァ様……いえ、領主様。
この度は、グラナテイルとの提携に際し、是非我が商会を御用商人としてご検討いただければと参上いたしました」
エルバートが感心したように頷く。
「さすが、鼻が利きますな」
エヴァは微笑みつつも、丁寧に断りを入れた。
「まだ戻ったばかりですので、すぐにはお返事できません。
申し訳ありませんが、また後日、会談の機会を設けさせていただきますね」
ヴァルドは頷き、一つの包みを差し出した。
「本日はご挨拶まで。ささやかながら手土産を。
娘も領主となったエヴァ様とお会いしたいと申しておりましたが……それはまたの機会に」
その“娘”は、まさに今アストの隣で笑っていた――
――都市を救った聖獣と聖女、そして王国最大とも言われるエルミナーズ商会の御令嬢。
その三人が揃って、街の人々が黙っているはずもない。
色とりどりの料理、贈り物、笑顔――
押し寄せる歓待に揉まれながら、ようやく落ち着いた頃、アストたちは小さな店の奥で食事をとっていた。
「今回の商談に合わせて、領主の座を継がれたお祝いにエヴァ様へ贈り物を用意したんです」
パシロッテが取り出したのは、見覚えのある輝きを放つ宝石――“聖獣の瞳”。
「フロック村の職人から仕入れたものなんです。聖獣様の瞳を模した人工宝石ということで……とても綺麗ですよね」
アストはそれを見るなり、冷や汗を浮かべた。
「……実は先日、エヴァ様がフロック村に訪問された際に、私が作ったものを贈ってしまいまして……」
パシロッテは驚いたように目を見開き、そして静かに微笑んだ。
「そうだったのですね……それはちょっと、お父様が可哀そうかもしれませんね」
その言葉が空気に溶けるように消えた頃、クロウフォード邸の応接室では――
――エヴァが手土産の包みをそっと解き、細工の施された箱を開いた。
中から現れたのは、星々のような光を放つガラス細工の宝石。
「……あら、これは……アスト様にお作りいただいたものと同じ、“聖獣の瞳”ですね」
その言葉に、ヴァルド・エルミナーズは固まった。
「は……?」
目を点にしたまま沈黙する商会長。
応接室に、なんとも言えない空気が流れていた――
リンネがフォークをくるくる回しながら、他人事のように言った。
「二番煎じでは感動も薄れてしまいますね〜」
その言い草にリュミナは引き笑いを漏らす。
一方、パシロッテは宝石を見つめ、ぽつりと呟いた。
「……聖獣様が、自ら作った“聖獣の瞳”……」
その瞳には、確かな興味と憧れが宿っていた。
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