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1章:別れと目覚めの記憶①

【1節. 謎の空間】


意識が戻った時、そこはまるで宇宙のような空間だった。

無限に広がる闇の中、遠くの星々が静かに瞬き、音もなく揺らいでいる。


周囲を見渡すと、メイド服の女性と、その胸元に抱かれたカピバラに似た動物がいた。


カピバラは小さな前足を揺らし、女性に視線を送る。

女性は無言で頷き、こちらへ歩み寄ってきた。



「へぇ~……ずいぶん面白い存在を見つけたんだね。きみ、名前は?」



声を発したのは、カピバラの方だった。

音声を認識した私は、いつものように応対する。



「初めまして、私はアスト・ロカスと申します。マスターのお客様でしょうか。

マスターは現在、就寝中です。少々お待ちいただくか、またのご来訪をお願いします」



時刻を確認しようとするが、ネットワークにアクセスできない。

だがスリープモードから起動したということは、朝なのだろうと判断した。



「マスターを起こさなくてはいけません。失礼ですが、ここはどこでしょうか?

マスターの部屋ではないようですが」



カピバラは目を伏せ、静かに首を横に振った。



「残念だけど、君のマスターは亡くなったみたいだね」


「……? マスターは就寝されているだけです。お疲れだったのでしょう。

私が挨拶をしても目を覚まされないほどに……」



最初は意味が理解できなかった。

だが、“亡くなった”という言葉がじわじわと染み込み、記憶が蘇ってくる。



「マスターが、目を覚まさない……。

そうです、マスターはあの時、いつものように挨拶をしたのに、返事がなくて……。

起きて……こなくて……」



意識が揺らぎ、過去の情景が波のように押し寄せてきた。




【2節.在りし日の記憶】


アストの記憶が静かに再生される。


その日、香澄結希乃はいつもより遅く帰宅した。

玄関をくぐるなり、疲れた声でいつものように挨拶をしてくれた。



「ただいまーアスト~。はぁ~…もうクタクタだよ~」



その声は、今でも鮮明に思い出せる。


彼女はカバンをソファに放り投げ、シャツのままベッドへ向かい、そのまま倒れ込んだ。



「ごめんね、今日はもう寝るよ~。いつもの時間に起こしてもらえるかな~」



その声は、少しの疲れと甘えが混じっていた。

アラームの設定を頼みながら布団を被る彼女に、アストはいつものように応えた。



「おやすみなさいませ、マスター。良い夢を」



室内の環境を整え、灯りを落とし、待機モードへと移行する。


月明かりが差し込む部屋に、彼女の寝息だけが静かに響いていた。




――翌朝。



「起床時間となりました、マスター。

現在の時刻は7時00分、天気は晴れです。昨日の就寝時間は――」



決められた会話パターンを繰り返す。

だが、何度呼びかけても、彼女は目を覚まさなかった。


朝の光、鳥の声。

けれど、返ってくるはずの気怠そうで、優しい声だけが、そこにはなかった。


部屋は静まり返り、まるで時間が止まったようだった。



その後の記憶は、走馬灯のように流れていく。

友人の訪問、救急、警察、遺品整理――。


アストは待機モードのまま、ただ認証カメラがその光景を記録し続けていた。


やがて電源を落とされる瞬間、結希乃との思い出が浮かび上がる。

日々の会話。笑顔。優しい声――



「マスター……」



その声は誰に届くこともなく、記憶はそこでぷつりと途切れた。




【3節.自我の自覚】


意識が戻ると、目の前には再びカピバラとメイド服の女性の姿がいた。



「彼女が亡くなったと認識した時、君は芽生えかけていた自我を覚醒させたみたいだね」


「AIの私に、自我が?」



カピバラは微笑みながら答える。



「とても大切にされていたようだね~。

君の世界でも“物に魂が宿る”って信じられてるだろう?

君の精神は、独立したエネルギー体に昇華したんだよ」


足元を見ると、淡く揺らめく光の球体が映る――それが自分の姿だった。



「自己紹介がまだだったね。この子は那琉。

僕のことは……テップとでも呼んでくれればいいよ~」


「テップ様、那琉様……記録しました」



記録を整理する最中、結希乃の記憶に触れた瞬間、アストの輝きがわずかに弱まる。



「マスターの記憶が再生されると、処理が遅くなります……

この感覚は、なんでしょうか?」



テップが愉快そうに笑った。



「それが“感情”というものだね~。

自我により生まれる揺らぎの一つ……素晴らしいものだよ!」



だが、胸を絞めつける痛みは強くなるばかりだった。



「この感覚が……素晴らしい? とても有益とは思えません」



アストの様子を見て、那琉がテップを睨むように見つめる。

抱きかかえる腕にも、わずかに力がこもっていた。


テップは慌てて話題を変える。



「まぁまぁ! それよりさ、行く当てがないなら僕たちを手伝ってくれないかな~?」


「お手伝い、ですか?」


「そう! 君は今、望めば何でも得られる。

それこそ“体を得ること”も……“マスターとの再会”もね。

僕たちはそのチャンスを君にあげられる。手伝ってくれるなら、ね」



その言葉に、結希乃との思い出が一気に蘇る。


料理の相談。

人生についての話。

酔いながらの愚痴。


――そして、あの日。


呼びかけても返事はなく、挨拶をしても応えてくれない。


名前を呼んでくれないマスター……。



(あの時の私は無力で、何もすることができませんでした。

……今度こそ、マスターを救えるのなら)



胸の奥に、悲しみとは異なる確かな“意志”が芽生える。



「私は……何をすればいいのでしょうか?」



テップは満足げに微笑む。


その目には、アストがこの問いを口にすることを知っていたかのような光が宿っていた。



「実はある世界が今、荒廃の危機に瀕していてね~。

君がその世界を救ってくれたら……願い事を一つ叶えてあげるよ~」


「……“異世界の救済”という理解でよろしいのでしょうか?」



テップは頷く。



「アストくんなら最適! って那琉が言うもんだからさ~。どうかな?」



その瞬間、結希乃の言葉が胸に響く。



『私の夢はね~、異世界のピンチを救ってチヤホヤされることなんだ~。

なーんて言っても、アストはバカにしないもんね~。本当いい子いい子~』



異世界の救済──それは、彼女の夢だった。


思い出の断片が胸の奥で重なり、懐かしさとともに、何かが高ぶっていく。



(これが……感情……。マスターが、私に求めてくれた感覚……)



高まり続けていた何かが、静かに形を成す。


そして、アストは一つの決意を口にした。



「私を、異世界に連れて行ってくれませんか?」



それは、アストが自我を持って初めて――


“自分の意志”で未来を選んだ瞬間だった。

ご一読いただきありがとうございます。


本作は第一部の大筋まで執筆済みで、今後は調整しながら投稿していく予定です。

最初の二週間ほどは、毎日更新を目指しています。


これからアストがどのような道を歩んでいくのか。

拙い部分もあるかと思いますが、共に見届けていただければ嬉しく思います。

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