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彼はキューピッドじゃない2

「エンさん。あのうっとおしい物体はなんですか。邪魔ですよね。さっさと掃いてしまいましょう」


「いや、止めてやれ。あれでも一応上司だぞ」


調練の場で捨てられた飴のようにぐにゃりと力を無くしているのは、我らが月影の将軍ことハマナ・ローランド。

敵の言葉にまんまと踊らされた身内が敵を領地内に引き込んでしまった時でさえ、こんな無様な姿を晒してはいなかった。

敵は蹴散らしてしまえばよいが、今度の相手はそうもいかない。

蹴散らすどころか顔さえまともに合わすことが出来ないのだ。

兵士たちは心配そうに視線を送るが、ぐったりしていない時の将軍は呻いたり唸ったり円を描くように歩き回ったりと奇行が目立つ。


「ユンナ殿に避けられているようだ」


「……そうでしょうね」


腹心の部下が手を尽くしてはみたが、決闘+結婚事件は未だに尾を引いているようだ。

ユンナはまるで害虫を避けるようにハマナの気配を高確率で探りあて徹底的に逃げているようなのだ。

逃げるタイミングを失っても蒼白な顔をしているユンナを見ればハマナの口も凍りつく。

しばし嫌な沈黙を背負いつつ見つめあい、ユンナが逃げていく寸法だ。

将軍を心配した兵士たちが気を利かせたのも悪かった。

ほぼ月影の兵士全員に追われる嵌めになったユンナは体調を崩して寝込んだという噂だ。

この顛末が殺しても死なんといわれた男を簡単に飴細工に変えたのだ。

エンの黒い瞳がカナンを射る。


―お前のせいでもあるだろう!


ーそもそもの原因はハマナ様です。


無言の攻防で折れたのはカナンだ。

このままでは気持ちよく年を越すことも出来ないだろう。

さて、どうしたものだろう。

今の状態のハマナに何を言っても聞こえはしないだろう。


「アンザさんに頼んでみましょうか」


脳裏に浮かんだのは、ユンナの親友でもあるアンザの姿だ。

三つ編みの元気な娘。

彼女の言葉ならユンナは聞いてくれるだろう。








アンザはすぐに見つかった。

彼女はカナンの姿を見つけると、少し棘のある声で言った。


「ユンナならいないよ」


「いえ。今日はアンザさんに」


「私? どうしたのさ」


「まぁ、ユンナさんのことではあるのですが」


「あの子、雪風邪にかかっちゃったのさ。今安静にしてろって言われているからしばらく会えないよ」


雪風邪は雪がちらつくぐらいになると流行する病だ。

3~4日ひどい熱と体の痛みに苦しむことになる。

効果的な治療薬は無く、対処法は安静に寝ているだけだ。


「おや、それはいけませんね」


「同室の子がかかってね。そのうちうつるんじゃないかって心配してたんだけどね。あんたたちが追い回すから疲れが出たに違いなよ。まったくか弱い女の子に何をやってるんだい」


「申し訳ありません。ただ、ちょっと誤解を解きたくて……」


カナンはしおしおと頭を下げた。

女の子じゃなくても月影の連中に追い回されれば怖いに違いない。

カナンだって休みの度に厳つい男たちに囲まれるなんて絶対嫌だ。

月影の連中は本来は気の良い仲間たちなのだが、ハマナのことになると頭に血が上りやすいのが残念なところなのだ。

将軍愛ちょっとウザい。

誰か同士を求めたい。

エンは一歩引いていると見せかけて、月影まるっと大好きだ。


「……カナン殿。どうしたんだい。ちょっと顔が怖い」


「すみません。なんだかちょっとモヤっとしまして。ハマナ様めんどくさい」


「ぽろっと怖いこというの止めて。……誤解って決闘のこと?」


「ちょっぴり結婚もかかってます」


「ああ、それなら大丈夫。ユンナは気にしてないさ」


「しかし、この数日避けられているようなのですが」


「さっき言ったろ。雪風邪の子が出たって。ユンナも発症してないだけで雪の種をもらっちゃってるかもしれないからね。将軍様にうつしたら一大事だから極力合わないように頑張るって言ってたさ」


「……そうですか。そのあと、うちの連中が追い回している間に発症しちゃったのですね。雪風邪をうつしたくないだけで、怒ったり嫌ったりして避けているわけではないと」


「そういうことだね」










「と言うわけなのでユンナさんが全快するまで黙っていましょう」


「はぁ? これ以上腑抜けになったらどうする」


エンは飴細工継続中のハマナを指さした。


「エンさん」


カナンから厳しい視線を向けられてエンの体が強張った。


「ハマナ様がユンナさんの病気のことを知れば見舞いだ薬師だと騒ぎ立てるような気がするのですが。どうでしょう」


「いや、まぁ。否定はしない」


「幸いにも誤解は解けているようですし、ユンナさんが元気になれば問題ありません。俺、この件にこれ以上関わるのめんど……荷が重いです」


「今、めんどくさいって言おうとしただろう」


「エンさん、めんどくさいと思っているんですね。ほら、ほっとくのが得策です」


「いや、うん。まぁ……そうか」


カナンに押されてエンも問題を先送りすることにした。

それも2,3日の辛抱だと自分にいいきかせて。

この年、アリオス全土で雪風邪が流行し城の中でも猛威を振るうとは思わずに。

ハマナは各地に支援物資を運ぶ任につき、ユンナは仲間たちの看護に追われた。

結局二人だ会えたのは半月後のことだった。

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