第32話 再び、少年と少女。そして魔王
洞窟を抜けると、そこは森だった。
「おい、いるぞ!」
海斗が囁くような声で私に状況を伝えた。
洞窟から出て周りを見回している暇などなく、前方にはなにやら江戸時代に飛脚が使っていたような籠を肩にかけている男四人の姿が見受けられた。
さっきまでは、そんな男なんていなかったと思うがすでに脱出の準備は済ませていたということだろう。
あの部屋に残ってるのが一人だったのだから、四人で厳重に守ってるということはきっとあの籠の中にいるのが魔王なんだろうな。
海斗がさっそく走り出そうとしたので、私は海斗の手を握って、「ちょっと待って」と言った。
「なんか、ナイフみたいなの持ってない?」
海斗が私が手を握っても、前を向いたまま止まらずに走り出そうとしていたので、「大丈夫任せて」と彼に言った。敵はまだこちらに気づいていない。木はあるが、まばらであり、ここからでも十分狙える。
「・・・・これでいいのか?」
海斗は、仕方なく立ち止まったあと、ガサゴソと服の中を手で明後日、私に探検を差し出す。私は両手でそれを受け取る。
「ありがとう、海斗は少し右から回って走っていって」
海斗が少し間を空けてから頷き、そして走り出す。
私はナイフを両手で握り、狙いを定める。籠だ。あの籠の中にいるはずだ。
私は狙いを定める。
「ウィンド!!」
ナイフは一直線に籠に向かって飛んでいったのだが、籠を持っている一人の男が自分の腕でそれを防いだ。
私は杖を片手に全速力で走る。
「痛ぇ!!」「一人いるぞ!!」
敵が私に気づいたようだが、海斗の方にはまだ注意が向いていない。
私は走りながら「ロック!」と呪文を唱える。おそらく敵に命中したはずなのだが、敵は特に気にした様子はない。
「おい、お前は魔王様を連れてけ。俺達で抑える!」
そういう敵同士の会話が聞こえてきた。
そして、四人の男が籠を置く。先程腕にナイフが刺さった敵は回復魔法をかけてもらっているのか、緑色の光が見える。
そして、一人の男が籠の中から出てきた男、おそらく魔王を背負い、もう一人の男がその後ろについて前後で魔王を挟むようにして逃げていく。残った二人の男がこちらを向いて剣を構えるが、先に走り込んでいた海斗がそれを横から攻撃する。
まだ一〇メートル程距離があるが、私は杖を構えながら走る。
海斗は敵一人と対峙しているようだ。
これでタイマン。とにかく、先手必勝だ。
しかし、走りながらの私よりも敵の方が早い。私は遅れたと思いながらも息を吸って呪文を唱える準備をした。
「フレイ!」
先に、男が呪文を唱える。
『まあ、これは最終奥義みたいなもんなんだ。前にも言ったかもしれんが、魔法を撃つときは自分にも魔力が流れているのに、なんで自分は呪文を唱えたときに燃えたりしないかってわかるか?それはな、自分の魔力だからだ。自分の魔力には耐性がある。自分に魔法を使おうと思っても、効果は無いから気をつけろよ。で、これは、私オリジナルだからな。絶対に覚えておけよ。あと、他の誰にも教えるんじゃねえぞ。最終手段だ』
以前、アルネストの街で幹部相手に使用しようと思ったが、結局不発に終わった技だ。
私は杖を構えて、男の思い描いているであろう魔力回路に同じように自分の魔力を流し込む。
完全に賭けではあるが、同じ魔法使いなのだから、なんとなく相手の思う魔力回路の位置はわかる。杖を相手に向けて、無言のまま相手の魔力に自分の魔力を混ぜて、魔法を中和する。
「は?どうなってんだよ、クソ」
男には手応えがあったのだろう。しかし、私は燃えていないのだ。何も、男と私の間を遮るものなどないのに。
男の表情は見えないが、私は走った。
そしてそのまま呪文を唱えた。
「サンダー」
男は自分の魔法が効かなかったことにかなり動揺していたが、さすがは幹部なだけあって、とっさに魔法使いのローブで身を守ろうとした。
しかし、私の魔法はそんなものでは防げない。
男は「グッ」と言ってその場に倒れた。
海斗の方に目を向ける。
すると、海斗も敵を倒していたようだ。
目が合う。
もう、伝わってるよ。
私たちはまた走り出す。
前方を走っていた魔王と幹部も、その場に立ち止まって戦う姿勢を見せている。と思いきや、魔王はどうしても戦いたくないみたいだ。いや、戦えないのだろう、きっと。
「おい、奥に逃げたのが魔王なのかよ」
海斗が叫ぶ。敵からの返事はない。
幹部二人が無言のまま武器を構える。
どちらもローブのようなものを着ているが、こちらの二人は魔法使いではなさそうだ。
剣と、もう片方は、弓、か?
ここにきて、初めて弓か。
私と海斗は、並んで走り出す。飛んできた弓を、海斗が払う。
ここでミスをするわけにはいかない。私は杖をしまう。男二人の注意はおそらく、私六割、海斗四割といったところだろう。
弓使いは、少し後方に下がってからこちらに矢を飛ばしてくる。海斗がこちらに手を伸ばしてきてそれを払う。
男たちは、逃げながら戦っている、という感じだ。
海斗が加速し、剣を持っている方の幹部に斬りかかる。
私は彼と剣士の幹部が盾になるように少し身をかがめながら走る。それでも、狙いすまされこちらに矢が飛んできたので、それを杖で払い落とす。弓使いの男も、剣士の男を目隠しにしてこちらに攻撃してきている。弓使いの男は、森の木に完全に紛れ込んでおり、位置がわからない。
非常に厄介だ。
まあ、敵もそう思っているだろう。
私は海斗を盾に剣士の方に近づくために、ぐるりと回る。幸いにも、森の中なのだから、木がかなり盾としての役割を果たしてくれている。
海斗と男は、至近距離で切り合っている。これが続くと、おそらく技術的なもので決着がつくだろう。それは、きっと海斗にとってはあまり良いことではない。まだまだ、新進気鋭の冒険者なのだからな。
男が二歩その場から後ろに下がり、私を視界に入れる。
「どこ見てんだよ!」
海斗が剣を構えながら男との間合いを詰める。
私は杖を取り出し、男の注意をこちらに向ける。弓使いは、弓を構えてこちらを狙う準備をしている。
私は、走り出す。地面から飛び出た木の根っこを飛び越え、男に近づいていく。飛んできた弓を、首を傾けて避ける。剣士の男がこちらに少し寄ってくる。が、そこを海斗が斬りかかる。男はそれを受け流す。海斗はまっすぐの姿勢のまま、男に二撃目を入れるが、これもまた敵に防がれる。
私は走りながら杖を相手に向かって投げた。
相手は、剣でそれを防ごうとしたが、投げられたものがなにか正確に認識してしまったのだろう。
一瞬、動きが止まった。
同じように、男の思考も一瞬止まる。
そこをすかさず海斗が攻める。そして、海斗を狙った矢がそれる。弓使いは急いで次の矢を準備しているのであろう。
私は右手を伸ばす。
男の脇腹に触れる。
『ルナ、お前は私の一番弟子だからな。教えてやろう。最終奥義だ。敵に直接触れて、魔力を流し込む。魔法の円環を一瞬にして流し込む。つまり、相手の体に六つの魔法を無理やり流し込むんだ。これをやられた相手は、確実に死ぬな。まあ、魔法使いにとって近づくっていうのはかなり危険だから、最終奥義だからな。基本的には、遠くから魔法を飛ばしてればいいんだぞ』
今がその時ですよね、
海斗のために!!
私は男の脇腹を手の平でぐい、と押し込む。
「廻天運命!!!」
一気に私の魔法がほとばしる。
そして、男の体が一気に燃え上がる。
そして、バタン、と男が倒れる。
あと一人だ!
ビュッ、
「っ」
なんの音だ?
ビュッ
「・・・ゴホッゴホッ」
力が抜ける。私の目の前に、燃えている男の姿が見える。
「おい!!」
・・・油断したか。
私は自分の体を見た。
私を狙って放たれた矢が、燃えていた男の体を貫通して私の右手に刺さり、さらに男が倒れたことでがら空きになった私に、二撃目が放たれ、それが私の腹を貫いたようだ。
痛い。
海斗が私の体を運び、木の陰に隠れる。
「おい!!しっかりしろ!」
海斗が私の手を握るので、私は強く握り返そうとしたのだけれども、もう力が入らない。
私の体から矢を抜いたけど、
もう、ダメそうだな。
「・・・・・逃がしちゃ、ダメだよ、」
精一杯、喋る。
海斗の顔がどんどん青ざめていく。
立派な冒険者になるんでしょ?
両親と一緒に冒険に出たいんでしょ?
それにさ、私のこと、好きなんでしょ?
私はニコリと笑う。
いや、笑ったのだ。自然と、笑ったのだ。
「おい、回復は?ダメなのかっ、おい!!」
自然とまぶたが落ちてくる。
息を整えようにも、空気が外へどんどんと漏れ出ていってしまう。
あと、一人じゃないか。ここで、逃すわけにはいかない。
「・・・・・手、握って」
最後のお願いだよ。
あのさ、前はごめんね。あなたの気持ちに応えられなくて。
あのときは、あんまり自分の気持ちをわかってなかったけど、多分、私、あなたのことが好きだったんだよ。
「おい、これでいいのか?」
海斗は必死に私の左手を握ってくる。痛いよ。
大丈夫。
今度は、私が最後まで守るから。
「・・・エンデュルカム、」
私の手を握る彼の力が弱まる。
彼の頬を流れ落ちた涙が、チャポン小さな音を立てる。
そして、彼は私の下を離れて、敵に向かっていった。
そして、私もゆっくりと目を閉じた。




