Fear and Unfair①
人類史は罪の歴史である。
戦争・環境破壊・大量絶滅を繰り返してきた。
それに飽き足らず、核実験や人工元素の創生など、宇宙の根源すらも変える力を手に入れた。
人類は神の領域に手を伸ばし始めた。この所行を “神” と呼ばれる存在が見ていたならば、何を思うだろうか。
人類にとって不幸なことに、神と呼ばれる存在は実在し、すべてを “視て”いた。 我々の近くでしかし、決して辿り着くことはできない場所で。
──暗い空間。どれほど深く、どれほど広いか分からない空間に、六つの円柱が輪を描くように宙に浮かんでいた。 円柱の側面には開口部があり、そこから人影が覗いている。
──軍服の男。 古代エジプトの王のような男。 ローブを纏った老人。 体中に配管の生えたサイボーグのような男。 甲冑を纏った騎士のような男。 黒いドレスの女。
そこに集まった男女は皆、異様な出で立ちをしており、我々とは一線を画す存在であることが分かる。
アトム──元素の力を宿した、宇宙の根源となる存在である。
「……我々が招集されるには少し早いな。」
エジプト風の男の声が空間に響いた。
「確かに、この間の定期招集から八億五千万年しか経っていないな……。」
それに対して、甲冑の男が返答する。
「定期招集は二十億年に一回のはずだ。」
ローブの老人が訝しむように続ける。
「何か、私たちを前倒しで集めるような “面白いこと”が起こったんじゃありませんこと?」
黒いドレスの女は無邪気に微笑む。
「……異常事態が起こったということか。」
サイボーグの男が深刻そうに呟く。
「いずれにせよ、奴が来ないことにはワシらに決められることは何も無かろうに。」
ローブの老人は不満そうに呟いた。
「我々を招集しておきながら、奴が最後に来るとは、不愉快極まりないぞ!!」
空間内に軍服の男の怒気のこもった声が響く。
「おいッ!!やめておけッ!!気持ちは分かるが、奴に聞かれたらどうするッ!!」
サイボーグの男が焦って軍服の男を制する。
「しかし、奴が我々のトップとはいえ、我々のことを軽く見過ぎだとは思うがな。」
エジプト風の男が不満そうに同調する。
彼らが主への不満を口にし始めたその時── 空間の空気が変わった。
コップの水に一滴の絵の具を垂らしたように、 その気配は緊張と重圧で周囲を染めていった。
「──集まるのが、早かったな。」
彼らの頭上に、もう一つの円柱が光に照らされて現れた。
声の主──流水のようにしなやかな前髪と、後ろに括った長い三つ編みを靡かせた、西洋の王族のような衣装の神秘的な男──がそこにいた。
彼の姿を視認した瞬間、六人の男女は一斉に跪く。
男は、最後に来たことを特に悪びれることなく続けた。
「──今回君たちを招集したのは、早急に決めねばならない “事案”について話すためだ。」
ローブの老人が小さく呟く。
「だったらワシらを待たせるでない……。」
男は気に留めず続ける。
「今回の会合で、私は人類を滅ぼすことを提案する。君たち全員の賛成を得て可決とする。」
エジプト風の男が跪きながら呟く。
「人類……あぁ、最近現れた我々と姿の似た猿共のことか……。」
ドレスの女は無邪気に笑う。
「まぁ、それは穏やかではありませんわね。」
サイボーグの男が尋ねる。
「とはいえ、我々の招集を早めてまで何故そのようなことを決めねばならぬのだ? 奴らは確かに同胞と殺し合ったり、自分たちの星を汚したり愚かなことばかり続けているが、そんなもの宇宙全体の影響で見れば塵同然だろう。」
「──奴らは一線を越えた。宇宙の根源である原子の力を手に入れたからだ。 奴らがこの力を使って核実験を繰り返し、人工元素の創生まで行った。その結果何が起こったか……。」
男が淡々と話しながら下を指差すと、彼らの眼下に元素周期表が映し出された。
「──我々アトムは92番までしか存在しない。故に対応する元素も92番までしか存在しなかった。しかし、人類は愚かにも92番よりも先の元素を生み出した。」
周期表に92番より先の元素が表示されていく。
「──ッ!?」
一同は立ち上がり、絶句した。
「──アトムが先で元素があるのだ。対応するアトムの存在しない元素を創り出すなど禁忌そのものだ。」
しばらくの静寂の後、サイボーグの男が声を荒らげる。
「何と思い上がった種族かッ!?こんなに危険な種族、即宇宙から消滅させるべきだッ!!」
軍服の男も同調する。
「宇宙の規律を乱し過ぎだ。放っておけば宇宙の規律がさらに狂うことになる。私も賛成だ。」
甲冑の男は落ち着いた口調で異を唱える。
「問題を起こしているのは人類の一部だけだ。 無関係な者を巻き込むのは避けて、文明を後退させるくらいの被害に留めておけばどうだ……。」
ドレスの女も肩を持つ。
「私も滅ぼすのは勿体ないと思いますわ。人類……することが面白くて興味深いですもの。」
ローブの老人が二人を制す。
「いや、奴らは一線を越えた。確実に諸悪の根源を除き、宇宙の平穏を取り戻すのだ。」
エジプト風の男も説く。
「例え文明を滅ぼしても、奴らの好奇心は危険だ。いずれ同じことを繰り返す。」
甲冑の男は考え込んだ後、静かに頷く。
「……無関係な者まで犠牲になるのは不本意だが、宇宙全体のためなら是非もなしか。」
ドレスの女が頬杖をついて笑う。
「あらあら、皆様真面目なこと。これではただの好奇心で渋っている私が悪者になってしまいますわね。 私も滅亡に賛成で。」
男が静かに告げる。
「──全員、賛成だな。」
かくして、人類数万年の歴史の終焉は、数十分の会議で呆気なく決定付けられた。
「全員の賛成が得られたことで、人類滅亡は可決とする。 そこで人間界にさっそく滅亡の使徒となるアトムを送り込む。 この役目はFeフェルムとUウラニウムに任せることとする。」
眼下の周期表のFe(鉄)とUウランの文字が光る。
軍服の男が喰ってかかる。
「おい待て!!なぜ“命あるもの”であるUウラニウムにそのような役目を与える!? この二体でなくとも、私にでも任せてくれれば充分人類を滅ぼせるだろう!!」
ローブの老人も続ける。
「そうだ!!よりによって何故あのような不完全な存在を送り込む?確実に滅ぼすなら、我々の中から一体選んだ方が得策だ!!」
サイボーグの男が呼びかける。
「この中で誰か適任の者を選んで任せようではないかッ!!」
しかし、男の一言で場が凍りつく。
「──では、私と闘って勝った者が行く。というのはどうだ。」
「……。」
全員が黙り込む。
甲冑の男が静かに呟く。
「人類が滅びる前に、我々の誰かが欠けるのは御免だ……。」
軍服の男が引き下がる。
「すまなかった。少し熱くなり過ぎた……。その二体に任せてくれ。」
ローブの老人も渋々頷く。
「しかし、何故その二体なんだ……。」
エジプト風の男がほくそ笑む。
「クックックッ……。人類が太古に得た製鉄技術の象徴と、新たに手に入れた核エネルギーの象徴となる二体のアトムを送り込むとは……。」
ドレスの女が頬杖をついて笑う。
「まぁ、悪趣味なこと……。」
男は黙ったまま答えないが、その口元は僅かに笑っているように見えた。
「──それでは、この二体には指令を通達し、人間界に送り込んでくれ。場所は、この島国の都市部にしておこう。」
男がそう告げて消える。
残された六体の眼下には、太平洋に浮かぶ四つの島からなる島国が映し出されていた──




