第1話 大好きだった世界
新連載のドラファンです。
それなりの長編になると思います。
今回は週2更新(火曜・木曜)で、のんびり旅していく予定です。
最終話までのプロットは組み終えておりますので、
安心して旅路にお付き合いいただけたらと思います。
「今年のルクシア建国祭は、例年以上に盛大らしいぞ」
その言葉を聞いた瞬間、チェルシー・クロンプトンの手が止まった。五歳の彼女は、両手で抱えていた空の木皿を危うく落としかけ、慌てて胸元へ抱え直す。
ここは小都市ステラリアにある宿屋、黒猫亭。
王都シュタルグラードから西へ延びる街道沿いにあるこの町には、商人や旅人、冒険者がよく立ち寄る。
黒猫亭も決して大きな宿ではないものの、父ゴードンの作る料理と母エミリーの気さくな人柄もあって、それなりに繁盛していた。
チェルシーも幼いながら、ときどき食堂の片付けを手伝っている。
その日も、夕食を終えた客の皿を厨房へ運んでいるところだった。
「もうそんな時期か。王都は人でごった返すだろうな」
向かいの席にいた男が、酒の入った杯を持ち上げた。
「そりゃそうだ。シュタルグラードで一番でかい祭りだからな。地方から見物に来る連中も多いだろ」
シュタルグラード。その名前がやけに耳に残り、チェルシーは立ち止まったまま客たちの会話へ耳を傾けた。
「今年で王国歴何年だったか?」
「四八五年だろ。まあ、ルクシア建国祭なんて俺たちには酒が安く飲めりゃそれでいい」
男たちが声を上げて笑う。けれど、チェルシーは笑えなかった。
ルクシア。シュタルグラード。どちらも、知っている名前だった。
そして、王国歴四八五年。
今まで何気なく聞いていたはずの言葉が、別の記憶と結びついていく。胸の奥で何かが弾け、次々と見覚えのある景色が脳裏に浮かんだ。
大きな城壁に囲まれた王都と、石畳の大通り。その先にそびえる王城。
二つの大陸を繋ぐ、果てが見えないほど長い橋。砂漠の中にそびえるピラミッドや、霧に包まれた湿地。炎を噴き上げる火山に、夜になると淡く輝く不思議な植物。そして、空を覆う黒い雲の向こうに浮かぶ巨大な城。
「……ドラゴン、ファンタジア?」
ぽつりと口から漏れた声は、周囲の誰にも聞こえないほど小さかった。けれどチェルシー自身には、それで十分だった。
思い出した。
自分には、この世界とはまるで違う場所で生きていた前世の記憶がある。
そこで何度も遊んだゲームの名が、『ドラゴンファンタジア』だった。
特別ひねりのある物語ではない。瘴気によって狂化したモンスターに故郷を襲われ、家族を失った少年が旅に出る。
仲間と出会い、世界各地を巡ってさまざまな事件を解決し、やがて世界を脅かす邪竜へ挑む。
昔ながらの王道RPGだったけれど、チェルシーはそのゲームが大好きだった。
強い装備を集めることよりも、効率よく敵を倒すことよりも、新しい場所へ行くことが好きだった。
地図の端まで歩き、怪しい場所があれば調べた。本筋には関係のない洞窟へ入り、町の隅まで覗き込んでは、見晴らしのいい場所で意味もなく立ち止まる。ゲームの中でしか見られない景色が、好きだった。
そして、もう一つ、はっきり覚えていることがある。
『ドラゴンファンタジア』の物語が始まるのは、ルクシア王国歴五〇〇年。ゲームを始めると、最初に表示される年号だった。
今が四八五年なら。
「……ゲームが始まるまで、あと十五年?」
まだ主人公の少年が旅立つ時期ではない。
世界を覆う瘴気も、各地で起こる大規模な異変も、本格的には始まっていないはずだった。
そして今、その世界に自分はいる。
「チェルシー?」
厨房から母の声が飛んできて、チェルシーは我に返った。エミリーが戸口から顔を出し、娘の手元を覗き込んでいる。
「お皿、どうしたの?」
「あっ、ごめんなさい!」
慌てて木皿を抱え直し、チェルシーは厨房へ駆け込んだ。
けれど、その日の夜、ベッドへ入ってからもなかなか眠れなかった。
隣の部屋からは、三歳下の双子――トーマスとジェームスの寝息が微かに聞こえてくる。チェルシーは天井を見上げながら、食堂で蘇った記憶について考え続けていた。
ここが本当に『ドラゴンファンタジア』の世界なら、王都シュタルグラードも、ゲームで見た大きな橋も、砂漠も遺跡も、山も海も、全部この世界のどこかに存在している。
画面の向こうではなく、自分の足で歩ける場所に。そう思った瞬間、胸が高鳴った。
「……行きたい」
布団の端を握り、小さく呟く。
「全部、見てみたい」
世界を救いたい、とは思わなかった。英雄になりたいわけでもない。
ただ、前世では画面越しにしか眺められなかった景色を、自分の目で見てみたかった。風を感じ、土を踏んで、実際にそこへ立ってみたい。
そのためには何が必要だろう。
五歳のチェルシーは布団の中で真剣に考え、一つの答えに辿り着いた。
「……まずは、強くならないと」
ゲームの世界なのだから、当然モンスターもいる。
危険な場所ほど、チェルシーが見たい景色は多かった。
ならば、そこまで行けるだけの力を身につければいい。
結論は、実に単純だった。
翌日、チェルシーは黒猫亭に泊まっていた冒険者のもとへ向かった。
「グスタフさん! 剣ってどうやって使うんですか?」
突然そんな質問をしてきた五歳児を見て、冒険者は目を瞬かせた。
短く刈った茶色い髪に、日に焼けた顔。がっしりとした体格の背には、使い込まれた大剣を負っている。昔から黒猫亭によく泊まりに来る、グスタフだ。
「……剣?」
「はい!」
元気よく頷いたチェルシーを、グスタフはまじまじと見下ろした。
「お嬢ちゃんが?」
「はい!」
返事に迷いはない。グスタフはしばらくその顔を眺めていたが、やがて豪快に笑った。
「まずは木の枝を振るところからだな!」
「わかりました!」
チェルシーは目を輝かせ、さっそく枝を探しに駆けていった。それが、すべての始まりだった。
黒猫亭には、さまざまな客がやってくる。剣士や魔法使い、狩人に、護衛を生業にする者。長年旅を続けている冒険者も少なくない。チェルシーは彼らを捕まえては、片っ端から質問した。
「長く歩いても疲れにくくするにはどうしたらいいですか?」
旅支度を整える客に尋ね、山帰りの冒険者には水の探し方を教えてもらう。魔法使いが泊まれば、そのそばへ飛んでいった。
「火の魔法、見せてもらってもいいですか?」
小さな炎が灯れば目を輝かせ、魔物との戦い方を聞く時には、相手の動きを真剣に追った。
最初のうちは、皆面白がって相手をしてくれた。宿屋の娘が冒険者に憧れている、その程度に思われていたのだろう。
ところが、一年経っても二年経っても、チェルシーはやめなかった。教わったことを練習し、本を読み、また新しい冒険者が来れば質問する。七歳になる頃には木剣を振ることが日課になり、八歳では簡単な魔法を扱えるようになった。
十歳を過ぎる頃には、町の外へ出る大人について行き、薬草採取や獣の解体も覚えた。基礎が身についてからは、ステラリア周辺に現れる弱いモンスターを相手に実戦経験を積んでいった。
最初はスライム一匹倒すのにも緊張したが、一匹が二匹になり、やがて五匹を相手にできるようになった。
剣だけでなく魔法も使い、足場が悪ければ戦い方を変えた。武器を抜けない状況に備えて、冒険者たちから簡単な護身術も教わった。傷を負えば簡単な治癒魔法を使い、服が汚れれば覚えたばかりの浄化魔法を試した。
魔法については、黒猫亭に滞在していた魔術師クラウディアから多くを教わった。食べられる植物や魔物を見分けるための鑑定魔法も、その一つだ。
旅に必要だと思ったものは、片っ端から覚えていった。
やがて、黒猫亭を訪れる冒険者たちの反応も変わっていく。
「チェルシー、ちょっと剣振ってみろ」
「はい!」
言われるままに木剣を構え、教わった動きを繰り返す。それを眺めていた冒険者が、顎に手を当てた。
「……誰に教わった?」
「いろんな人に!」
チェルシーが胸を張ると、相手は納得したように頷いた。
「だろうな。変な癖が混ざってる」
「えっ」
思わず木剣を握る手を見下ろしたチェルシーに、冒険者が歩み寄る。
「でも実戦向きだ。ここだけ直せ」
「はい!」
示された構えを確かめ、もう一度振ってみる。そうして教わったことを、一つずつ自分のものにしていった。
誰か一人だけからすべてを教わったわけではない。大勢の旅人から少しずつ教わり、自分で試し、使えるものを身につけた。
そうやって十年が過ぎ、チェルシーは十五歳になった。
ルクシア王国歴四九五年。『ドラゴンファンタジア』の物語が始まるまで、あと五年だった。
今のところ、ゲームで起きるはずの大きな異変は始まっていない。
空は青く、魔物が各地で異常な狂化を始めたという話も聞かなかった。ゲームで見た、瘴気に覆われた世界とは程遠い。まだ、この世界は平和だ。
だからといって、チェルシーはゲームの物語が始まるまで待つつもりなどなかった。世界を救うためでも、主人公に会うためでもない。自分が見たい場所へ、自分の足で行くために、十年間準備をしてきたのだ。
この世界では、十五歳は独り立ちの年齢だ。冒険者として正式に登録できるのも十五歳から。
待ちに待った日が、ついに来た。
◇
「忘れ物、本当にない?」
黒猫亭の前で、エミリーが何度目か分からない確認をする。
「大丈夫!」
チェルシーは大きな荷物を背負い直した。腰には剣を差し、旅用の丈夫な服と歩きやすいブーツを身につけている。
明るい赤髪は、いつものように高い位置で一つに結んでいた。
十年前、空の木皿を抱えていた少女は、もう一人で旅に出られるだけの力を身につけている。それでも、母の心配は尽きないらしい。
「保存食は?」
「入れたよ!」
エミリーは娘の荷物へ目をやり、指を折って確かめていく。
「薬は?」
「入れた!」
「お金は?」
チェルシーは腰の小袋を軽く叩いた。
「ちゃんと分けて持ってる!」
そこまで聞いても、エミリーの表情はまだ真剣だった。娘の顔を覗き込み、念を押す。
「知らない人について行ったら駄目よ」
「お母さん、私十五歳だよ?」
思わず苦笑したチェルシーに、母はきっぱりと言い返した。
「十五歳が独り立ちの年齢だとしても、まだまだ子供なんだから」
その横では、ゴードンが腕を組んでいた。娘の旅立ちを前に、父親として思うところは山ほどあるのだろう。だが結局、彼はチェルシーを止めなかった。
幼い頃からずっと、彼女が世界を旅したいと話していたことを知っている。それが口だけではなかったことも、よく分かっている。
雨の日も風の日も剣を振り、魔法を学び、町の周囲で魔物と戦えるほど強くなった姿を、十年間ずっと見てきた。
ゴードンは旅支度を整えた娘を見下ろし、苦笑した。
「まあ、止めたところで行くだろうしな」
「うん!」
ためらいのない返事に、エミリーが呆れた顔をする。
「そこは少しくらい否定しなさい」
ゴードンは小さく息を吐くと、チェルシーの頭へ大きな手を乗せた。
「無茶はするなよ」
「うん」
父の顔を見上げ、今度は静かに頷く。
「危ないと思ったら逃げろ。勝てない相手と戦う必要なんかない」
「分かってる」
「それから――」
ゴードンは少しだけ間を置き、娘の頭をそっと撫でた。
「帰りたくなったら、いつでも帰ってこい。ここはお前の家だからな」
チェルシーは一瞬だけ目を丸くして、それから大きく笑った。
「うん。ありがとう、お父さん」
その時、背後から元気な声が飛んできた。
「姉ちゃん!」
振り返ると、十二歳になった双子のトーマスとジェームスが、揃って玄関から飛び出してきた。
「王都行くんだろ!? なんか買ってきて!」
「俺、剣がいい!」
我先にとせがむ二人に、チェルシーは目を瞬かせた。
「いきなりお土産の話!?」
双子は顔を見合わせたが、すぐに片方が手を上げる。
「じゃあドラゴンの牙!」
「そんなもの簡単に拾えないよ!」
ゴードンが吹き出し、エミリーも笑った。いつもの黒猫亭に、いつもの家族。その光景を胸に刻んでから、チェルシーは一歩下がった。
「それじゃあ――行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
家族の声に背中を押され、街道へ踏み出す。
十五歳の春、ルクシア王国歴四九五年。
チェルシー・クロンプトンは、生まれ育ったステラリアを旅立った。
最初の目的地は、徒歩で三日ほどのところにある王都シュタルグラード。前世では何度も画面越しに訪れた町へ、今度は本当に自分の足で向かう。
街道を歩きながら、チェルシーは何度も笑みを浮かべた。青い空の下を吹き抜ける風が気持ちいい。遠くには、ゲームでは名前すらなかった小さな森や丘が見える。
「……ほんとにあの世界を旅してるんだ」
十年間待ち続けて、ようやく始まったのだ。大好きだった世界を、自分の目で見て回る旅が。
その日は、途中で休憩を挟みながら朝から歩き続けた。持ってきたパンと干し肉を食べ、街道脇に出てきた小型の魔物を二匹倒す。
日が傾き始めた頃、街道から少し外れたところに小さな池を見つけた。
周囲には低い草が生え、少し離れたところには木々もある。水場があり、視界も悪くない。
「今日はここにしようかな」
初めての一人旅。そして、初めての野営。
チェルシーは少し浮かれながら池の周囲を確認し、荷物を下ろした。近くで拾った小枝を集め、焚き火の準備を始めたところで、背後から男の声が聞こえた。
「お嬢ちゃん、一人か?」
振り返ると、四人の男が街道側からこちらへ歩いてきていた。着ているものは汚れ、腰には粗末な剣や短刀を下げている。その視線はチェルシーの顔よりも、足元に置かれた荷物へ向けられていた。どう見ても、友好的な雰囲気ではない。
「はい。一人ですけど」
チェルシーが答えると、先頭の男が笑った。
「そうかそうか。こんなところで女の子一人じゃ危ねえぞ」
「そうなんですか?」
チェルシーは周囲を見回した。魔物の気配はないし、水場にも問題はない。野営場所としては悪くないと思ったのだが。
「この辺、何か出るんですか?」
「出る出る」
男は口元を歪め、腰の剣へ手を添えた。
「俺たちみたいなのがな」
チェルシーが首を傾げると、男の笑みが苛立ちを含んだものに変わった。
「分かんねえか?」
ほかの男たちも、チェルシーを囲むように広がっていく。
「金と荷物置いていきな。そうすりゃ痛い目には遭わなくて済む」
そこで、ようやく意味を理解した。
「ああ。あなたたち強盗なんですね!」
チェルシーはぽんと手を打った。
「そうだよ!」
なぜか男は素直に認めた。
◇
同じ頃、少し離れた街道を歩いていた三人の冒険者が、その様子に気づいていた。
一人はひょろりと背が高く、一人はがっしりと丸い体格、もう一人は小柄だった。
そして三人とも、見事なリーゼントに色の濃い眼鏡という、やたらと目立つ姿をしている。
「おい、ポッキオ。あれ、まずくね?」
丸い男――ガルヴォが足を止めると、背の高いポッキオも池の方を見た。
赤い髪の少女一人を、四人の男が囲んでいる。どう見ても穏やかな状況ではなかった。
「強盗か?」
小柄なアルフォトもそちらへ目を向け、眉を寄せた。
「人数多いな」
「行くぞ」
ポッキオが即座に進路を変え、二人もあとに続く。
三人とも、冒険者として十年近く旅をしている。多少腕の立つ強盗が相手でも、追い払うくらいはできる。
何より、一人旅らしい少女を見捨てる気にはなれなかった。
「おい! そこの――」
ポッキオが声を上げかけた瞬間、強盗の一人が少女の荷物へ手を伸ばした。少女――チェルシーは、その腕を掴んだ。
「え?」
強盗が間の抜けた声を漏らすと同時に、その体が宙を舞った。
「は?」
ポッキオたちの足が止まる。投げ飛ばされた男が地面へ叩きつけられ、その横から別の男が殴りかかった。チェルシーは半歩ずれて拳をかわし、その腹へ一撃を入れる。
男の体がくの字に折れるのを横目に、今度は短刀を抜いた男の手首を蹴り上げた。落ちた短刀を遠くへ弾き飛ばし、そのまま足を払う。
「危ないですよ!」
注意された男は返事をする間もなく、地面へ転がった。最後に残った男が剣を抜いたところで、チェルシーもようやく腰の剣へ手を伸ばす。鞘ごと腰から外すと、刃を抜くことなく一歩踏み込み、相手の手へ柄を叩き込んだ。
「いっ!?」
剣を取り落とした男の足を引っかけると、男は仰向けに倒れた。わずか数十秒で、池のほとりには四人の男が揃って転がっていた。
ポッキオたちは、口を開けたまま立ち尽くしていた。助けに入る必要など、最初からなかったらしい。
チェルシーは地面に倒れた男たちを見回した。
「もうおしまいですか?」
返事の代わりに、呻き声だけが返ってくる。
「よし」
満足そうに頷いたところで、背後から声がした。
「……かっけえ」
チェルシーが振り返ると、三人の男がこちらを見つめていた。最初に目へ飛び込んできたのは、髪だった。
背丈も体格もばらばらなのに、三人とも見事なまでのリーゼントで、なぜか揃って色の濃い眼鏡までかけている。
(――すごい髪型)
思わずその頭を見つめていると、背の高い男が感動したように口を開いた。
「姐さん!」
「……はい?」
チェルシーの戸惑いにも構わず、男は身を乗り出してくる。
「今の、めちゃくちゃかっこよかったっす!」
「姐さん?」
なぜそうなったのか分からない。丸い男も、興奮したように何度も頷いていた。
「俺ら、助けに行こうと思ったんすよ! でも全然いらなかったっすね!」
その隣では、小柄な男が倒れた強盗たちを眺めている。
「むしろ俺らより動き良かったな」
真顔で言われ、チェルシーは三人を見比べた。
「ええと……どなたですか?」
「あ、すんません!」
背の高い男が慌てて姿勢を正した。
「俺、ポッキオっす!」
続いて丸い男が自分の胸を叩き、小柄な男も軽く手を上げる。
「ガルヴォです!」
「アルフォト」
名前を聞いて、チェルシーもぺこりと頭を下げた。
「私はチェルシーです」
「チェルシー姐さん!」
さっそく呼ばれてしまい、顔を上げる。
「なんで姐さんなんですか?」
「姐さんは姐さんっす!」
ポッキオは迷いなく言い切った。まったく説明になっていない。
けれど三人とも、先ほどの男たちとは違って悪意は感じなかった。むしろ、眼鏡越しでも分かるほど目を輝かせている。
ポッキオはそこで、地面に倒れている強盗たちへ視線を落とした。
「こいつら、このままにはできないっすね」
「そうですね。どうしようかと思ってて」
チェルシーも足元を見下ろす。倒すところまではよかったが、この辺りの詰所がどこにあるのかまでは分からない。
「俺らが近くの詰所まで連れていきますよ」
「いいんですか?」
顔を上げると、ガルヴォが力強く胸を叩いた。
「もちろんっす! 俺ら冒険者ですし、この辺の憲兵とも何度か顔合わせてるんで」
アルフォトも頷き、荷物から縄を取り出した。三人は強盗たちの武器を取り上げ、手際よく縛り上げていく。
「ところで姐さん、王都方面へ向かってるんすよね?」
縄を結びながら尋ねたポッキオに、チェルシーは頷いた。
「はい。まずはシュタルグラードへ行こうと思ってます」
「だったら、こいつらは俺らが憲兵に引き渡しとくんで、姐さんは王都へどうぞ」
アルフォトが縄の緩みを確かめながら言う。
「でも、皆さんの旅は?」
チェルシーが三人の顔を順に見ると、ポッキオは明るく笑った。
「急いでないんで大丈夫っす!」
そこまで言ってくれるなら、甘えてもよさそうだ。
「ありがとうございます!」
チェルシーが笑うと、三人はなぜか揃って胸を張った。
「任せてください、姐さん!」
ひとまず強盗たちの始末がついたところで、ポッキオが街道の先を指した。
「王都へ行くなら、この先の分かれ道は南寄りの道を選んだ方がいいっすよ」
先ほどまでとは違う真面目な口調に、チェルシーは街道の先へ目を向けた。
「北寄りの道は森を抜ける近道なんすけど、最近強盗が増えてるんす。森の中にアジト作ってる連中もいるって話で」
「……この人たちみたいな?」
地面に転がっている男たちを見下ろすと、ポッキオも頷く。
「たぶん同類っすね」
ガルヴォも街道の先へ目を向け、言葉を続けた。
「南寄りの道なら少し遠回りですけど、その分見通しもいいですし。王都までなら、一日余計にかかるほどじゃないっす」
「そうなんですね!」
これはありがたい。黒猫亭で冒険者からいろいろな話を聞いてきたとはいえ、旅先の最新情報までは分からない。
「教えてくれてありがとうございます!」
チェルシーが頭を下げると、ポッキオは得意げに笑った。
「なんでも聞いてください、姐さん!」
「俺ら、この辺詳しいんで!」
ガルヴォも胸を張る。その横から、アルフォトが念を押した。
「姐さん一人旅なら、治安悪い場所は特に気をつけてくださいね」
「はい!」
チェルシーが頷く横で、ポッキオたちは縛り上げた強盗たちを立たせた。
「それじゃ、俺らはこいつらを詰所に引き渡してくるっす」
「ありがとうございます。助かりました!」
頭を下げると、ポッキオは照れたように笑った。
「これくらいお安い御用っす! 姐さんもお気をつけて!」
ガルヴォが強盗たちを街道へ促し、アルフォトも軽く手を上げる。
「王都で会ったら声かけます」
「はい! 皆さんもお気をつけて!」
三人を見送ったチェルシーは、中断していた野営の準備に戻った。
「護身術も教わっておいてよかったなあ」
しみじみと呟きながら、集めておいた小枝を組んでいく。日が暮れる前に、寝床と焚き火の準備を済ませなければならない。
旅立ちの初日から強盗四人を叩きのめし、なぜか自分を「姐さん」と慕う三人の冒険者に出会った。
「親切な人たちに会えてよかったなあ」
焚き火に小枝をくべながら、チェルシーは嬉しそうに笑った。




