■03まずは着任のご挨拶
からん、からん。
ドアベルの音と共に冒険者ギルドエッセニア支部の扉が開き、一人の若者が中に入ってきた。その音に中にいたギルド職員たちが一斉に若者に目を向けた。
因みに支部の受付ルームには、近所に住むジジイたちや母親がパートに出ている間預かっているらしい数人の餓鬼んちょたちもいたが、彼らは関心がないのか若者をスルーした。
なので若者はそのまま受付カウンターに進み、そこにいた受付嬢に自己紹介をした。
「こほん、えーと私はレオパルド・バーンスタインと申します。本日付でこのエッセニア支部のギルド長に赴任しました。これが辞令です。どうぞよろしく。」
レオパルドは挨拶と共に本部の社印が入った書類を提示した。まぁ、ここら辺は初顔合わせでは当然の確認作業なので、受付嬢も形だけではあるが通達書と照らし合わせてそこに書かれているパスワードを確認する。
そんな作業をしながらも受付嬢は内心「ああ、この子かぁ。本当に若い子だぁ。」と感想を持ったが、それを顔に出さずに事務的な社内営業スマイルで書類を返すとマニュアルどうりの対応をしてきた。
「はい、確認致しました。長旅お疲れ様です。お話は伺っておりますのでまずは執務室にご案内致します。」
そう言うと受付嬢は先に立ってレオパルドを2階のギルド長室へと案内した。
その途中で残りの3人にも声を掛け、ひとりを窓口に残して挨拶があるから着いてくるように促す。
そして執務室にてレオパルドにお茶を出し終えるとおばちゃんたちはレオパルドが座る執務机の前に整列し受付嬢が自分たちの自己紹介を始めた。
「それでは私が代表して説明致します。私は『エレベ・リジエール』と申します。4人の中では一番職歴が長いのでパートタイムという立場ではありますが一応主査を勤めさせて頂いております。そして右から主任の『トロワ・アルブル』、主事の『ブランシュ・アルブル』で、窓口業務に残した者が『シャンセ・リジエール』です。」
受付嬢からの説明にレオパルドは手元の職歴書類を一瞥しながら確認した。因みにその書類の年齢欄は何故か黒く塗りつぶされていた。
そう、女性にとって年齢はトップシークレットなのだ。なのでギルド長の権限を持ってさえ知る事は出来ないのである。
「はい、判りました。では改めて私も自己紹介しましょう。名前はレオパルド・バーンスタイン。一応役職はギルド長だけど、また22歳になったばかりのひよっこで実務経験も3年しかありません。なので色々教えて下さい。」
そう言うとレオパルドはおばちゃんたちに頭を下げた。その態度におばちゃんたちは「この子って結構礼儀多々しいのね。これならやって行けるかも。」と心の中で値踏みしたのだった。
そもそもレオパルドとおばちゃんたちは立場が違う。レオパルドは支部の最高責任者であり、おばちゃんたちはパートタイムなのだ。
そんなレオパルドが如何におばちゃんたちの方が年上とは言え丁寧語で接するのだから、おばちゃんたちとしてもレオパルドに悪い印象は持ちようがないだろう。
もっとも組織としては上下関係は厳格化しておく必要があるので、上の者があまり下手に出るのも考えものである。
まぁ、だからと言ってまだこの支部での実績がないレオパルドが、初っ端から上からの物言いをしても関係の構築に失敗する可能性があるのでそこら辺のさじ加減は難しい。
そうゆう意味ではまだ双方とも相手の様子見段階なのだろう。
なので、そんなレオパルドからの挨拶に3人を代表して受付嬢改め、エレベ・リジエールが返礼し、更に次の事案へと話を進めた。
「こちらこそよろしくお願い致します。それでは早速なんですけどギルド長は今晩のご予定はなにかございますか?実はささやかながら歓迎会を準備しました。なのでお時間があるのであればご出席頂きたいのですが?」
「えっ、うわっ、嬉しいなっ!ありがとうございます、是非とも出席させて下さいっ!」
エレベ・リジエールからの申し出にレオパルドは本当に嬉しそうに返事を返した。
それに対してエレベはまたマニュアルに従いギルド長交代時の必要業務報告に話を進めてきた。
「では、まだ時間がありますので私から当支部の業務内容と現状のご説明をさせて頂きたいのですが?」
「はい、お願いします。」
「まず、本来でしたら引継ぎは前任のギルド長がやるべき事なのですが、ご存知だと思いますが前任者は本社からの査察にて業務態度がギルド長にふさわしくないとの判断を下され懲罰人事により降格しました。それを不服とし自主退社という名のトンヅラをかましましたので私が代わりにご説明いたします。」
「あーっ、なんか支部の金を着服して本社の役員たちに配っていたらしいね。」
「はい、まぁ、この支部で動かせる金額なんて高が知れているんですけど、なんとかして本部に戻りたかったんでしょうね。もしくはもう少し羽振りのいい支部に鞍替えしたかったのか。」
「その結果が査察を呼び込み逃げ出す羽目になったんだから一旦レールから外れたやつってのは惨めだね。と言うか本部の査察部もシビアだね。こう言っちゃなんだが、こんな業績が低迷している支部の動向まで把握してちゃんと査察するんだから。」
「まぁ、ぶっちゃけると本部にチクったのは私なんですけどね。本来ならパートタイムである私にはそんな権限は無いんですけど、長く勤めていると本部とも色々繋がりが出来ますから。」
エレベの告白にレオパルドは驚いた様子も無く軽く笑って受け流した。
まぁ、エレベの発言は深読みすれば「あなたも気をつけなきゃ駄目よ。」という警告の意味が含まれていて、それをレオパルドが読み取ったとも取れる。なのでそれ故の苦笑いだったようである。
そんな初対面故の腹の探りあいも済み、次に本格的な業務の引継ぎが行われた。
「ではまず当支部の昨年の業績と収支ですが、相変わらずの低空飛行を続けています。その原因は明らかで当地域が抱えるダンジョンの資源枯渇に起因する冒険者たちの流出です。」
「あーっ、それは報告書で読みました。まぁ、ダンジョン資源の枯渇はこの支部だけではなく他の支部でも問題になっていますからね。だからと言って手をこまねいていても何も解決しない。これに関しては前任者は何か対策を講じていたんですか?」
レオパルドの質問にエレベは黙って首を横に振った。なのでレオパルドもこの件は後回しにする事にしたようである。
「ではダンジョンの状況に関しては後日現地を検分してから考えたいと思います。それで実はここに来る前に書類を読んでいて気なったんですけど、この地区って冒険者が流出しているはずなのに、なんか凄腕のパーティがいるらしいじゃないですか。その方々とは早めにお会いして挨拶しておきたいんですけどアポイントは取れますかね?」
そう、レオパルドが言った凄腕パーティとは何を隠そうおばちゃんたちの事である。そのパーティ名は『ストリング・カルテット』。和名だと『弦楽四重奏』である。
だが何故かエレベはその事をレオパルドに告げるのを躊躇ったようである。
もっとも、これは別に冒険者ギルド内の規則で職員の副業を禁止するという項目に抵触するとかの理由ではなく単に恥ずかしかったかららしい。
なので本部への報告書にも『ストリング・カルテット』が自分たちだとは明記せず、架空の人物がいることにして誤魔化していたようだった。
そもそも『ストリング・カルテット』の活動は副業ではなく冒険者ギルドの業務内として活動していたので別に規則には抵触しない。
ただ、一番最初に魔物討伐をした時に周囲や自身の子供たちに身バレするのが恥ずかしくて変装して対応したので架空のパーティが解決した事にしたのだ。
ところがその案件は冒険者ギルドのクエストとして依頼されたものなので報酬の支払いが生じた。そしておばちゃんたちはその金額にちょっとだけクラっとしてしまい、受け取ってしまったのだ。
まぁ、そこら辺は自分が担当者でもあるので何とでも出来たのだろう。実際、当時のギルド長も全く気にしていなかったので有耶無耶にしてしまったのだ。
とは言え報酬は受け取っていたので、そこだけがおばちゃんたちとしてはレオパルドに対してちょっと引け目があったらしい。
因みに本来おばちゃんたちの身分はパートタイマーなので正確には社員の就業規定は適用されない。
なので杓子定規に対応するならば、『ストリング・カルテット』の活動時間は私用な中抜けとし、勤務時間から差し引いてしまえば何の問題もない。
そしてそれらの書類を作成するのはおばちゃんたち自身なのでどうとでもなったはずなのだ。
しかもその書類に必要なギルド長のサインも実際にはおばちゃんたちが管理していたのだからもうずぶずぶなのである。
ただ、そんな一見でたらめな管理を新任のギルド長であるレオパルドに説明するのが躊躇われたのだろう。
実際に何代か前のギルド長はその事に関して、自分は何もしなかった癖にぐちぐちと文句を言ってきたからだ。
そんなおばちゃんたちの感情を機敏に感じ取ったのかレオパルドはそれ以上追求するのを止めたようである。
そう、レオパルドはまだ若干22歳の若造だったが、そこら辺は3年間の経験の中で立ち回り方を覚えたのである。
なので『ストリング・カルテット』の件はまた後日という事にして、歓迎会までの時間はエッセニア支部が抱える問題点の洗い出しに専念する事にしたようだった。




