その5
地底のレストランを出た後も、魔王は様々な場所を案内してくれた。
常に高速で移動している家や、床も壁もベタベタネトネトしている家、天井から雨が降り続く家……どこも日本人が住めそうにない、非常に個性的な家ばかりだった。
見る分には面白いけど、普通の人が住める環境ではないよなあ……。
だけどお施主様の清水さんも普通の人かと言うと、ちょっと個性が強いし、案外魔界風の家の方がしっくりくるのかも……?
うーん……。
「サクラ、次が最後だよ。楽しみだね」
「楽しみ…?はい、そうですね」
考え込んでしまっていた私に、魔王がなぜかニマニマしながら手を差し出してきた。
またどこかに転移するのだと察して、躊躇わずに魔王の手を取る。
あちこち連れ回されて、転移にもすっかり慣れたものだ。
違和感を覚えた瞬間にお尻に力を入れて踏ん張る。こうすると不快感を軽減できるのだ。
☆☆☆
地に足がついた感覚を確認して、ゆっくりと目をあける。
「え…?ここって……」
「最後は僕のお家、魔王城だよ」
以前ポポタンの犬小屋をリフォームした際に毎日目にした、RPGに出てくるようなコテコテのお城が目の前にそびえ立っている。
城の上には黒く分厚い雲が浮かび、絶え間なく雷が落ち続けている。
外壁のいたるところに蔦が茂り、朽ちたような雰囲気を醸している。
威圧感に気圧されていると、どこかから「ウォーン」 と遠吠えのような声がした。
……びっくりしちゃったけどこれはポポタンの声かもしれない。
恐る恐る周囲を観察する私を尻目に、魔王は弾んだ声で言う。
「城の中には入ったことないよね。案内するよ」
「ありがとうございます…」
魔王がマントを翻し、軽快な足取りでアプローチを進む後を小走りで追いかける。
自分の家を紹介するのが嬉しいのか、やたらとご機嫌な様子だ。
肩の二匹のコウモリが羽を開いたり閉じたりしてウキウキ感を表現している。
「さあ、ここが玄関だよ。中へどうぞ」
魔王に促され、大きな木製の玄関ドアの前に立つと、ウィーンという音と共にドアが自動で左右に開いた。
開き戸かと思っていた重厚感ある扉はまさかの自動ドアだった。
肩透かしをくらいつつ城内に足を進める。
一歩踏み込んだ瞬間にパッと照明がついて室内が明るくなり、赤絨毯の広いエントランスが視界に広がる。
「いいでしょ。オール電化なんだよ」
「オール電化……」
自慢気に言われるが、腑に落ちない。
なんというか…魔王城を名乗るなら電力じゃなくて魔力を主な原動力としていてほしかった。
魔王は反応の薄い私をどう捉えたのか、「雷が多いおかげで電気はいっぱいあるからね」とつけ足してきた。
城の上空でゴロゴロと鳴り響いていた雷を思い出し、「SDGsでいいじゃないか」と無理やり自分を納得させる。
その後も、魔王は楽しそうに城内を隅々まで案内してくれた。
「ここがシアタールームで、こっちは大浴場。ジャグジー付きだよ。いいでしょう」
「なんでもありますね……。あ、マッサージ機だ。いいなあ」
「図書室も作ったんだけど、新しい本は電子書籍ばっかりになっちゃった。漫画もたくさんあるよ。読む?」
「いえ…今は大丈夫です。うわあ、トレーニングルームもある…!」
おどろおどろしい外観とは裏腹に、各種設備が整った魔王城は、下手なホテルよりもよっぽど快適に暮らせそうだった。
自分の狭い賃貸マンションで、毎月家賃のためにひいひい言いながら図面を引いているのが急に虚しくなってくる。
いっそ魔王軍に転職しようかな。
「いいなあ…。私もここに住みたい……」
思わず呟くと、魔王が嬉しそうに金色の瞳を輝かせる。
「いいよ、1人で住むには広すぎたんだ。サクラの部屋はどこがいい?」
「待って待って、冗談です!まだ魔界移住の予定はありません!」
「そう?残念だなあ」
しょんぼりと肩を落とす魔王に、なんだか申し訳なくなる。
変な所で素直な魔王の前では今後、不用意な発言には注意しなければ。
行動力が凄まじいだけに、取り返しのつかないことになるかもしれない。
ふと、この充実したお城で清水さんが暮らしたらどうなるだろうと想像してみる。
広い赤絨毯のエントランスの中心で、黙々とろくろを回す姿が頭に浮かぶ。
作業にひたすら没頭し、夜になったら隅っこに布団を敷いて眠る想像上の清水さん。
「清水さんはきっと、マッサージ機もジャグジーも使わないんだろうな……」
「そうなの?すっごく気持ちいいのに」
「陶芸にしか興味がなさそうな方なんです。
…なんか、清水さんってこだわりが強すぎる所が魔界の皆さんと似てるかもしれません」
洞窟の妖精も、地底のシェフも、みんな自分にとって【特別】な事柄だけに特化した極端な家を作っていた。
清水さんにとっての【特別】は陶芸で、それ以外は何も求めていないのだろう。
そこまで考えて、ハッとする。
――そうだ、きっと清水さんは充実した設備やオシャレなお部屋なんかは必要としていない。
私は無意識のうちに、自分が思う「便利で快適な家」を清水さんに押し付けていた。
一般的に広く求められているような「良い家」は、陶芸に全てを捧げたい彼からすると、ノイズだらけの頓珍漢な空間に感じるのではないだろうか。
「けど、清水さんが求める家ってなんだろう…」
陶芸をするための工房さえあればいいなら、既存の車庫や倉庫等を借りるという手もあるはずだ。
もしくは、今の自宅を修繕して使うということも考えられる。
新しく建て替えるということは、清水さんにも何か変えたいものがあるんだろうけど……。
「サクラ、せっかく来たんだからお茶でも飲んでいってよ」
廊下に突っ立って悩んでいた私に、魔王が手招きをする。
魔王の前には、なぜか私の腰ほどまでの高さしかない木製の引き戸がある。
促されるまま扉を開けて、腰をかがめながら室内に入ると、そこは四畳半の小さな和室だった。
部屋の奥の床の間には、謎の言語が書かれた掛け軸が飾られている。
「これは…お茶室ですか?」
「うん。よく遊びに来る魔神が、日本文化ファンでね。2人でお茶を飲むために作ってみたんだ」
『よく遊びに来る魔神』というパワーワードはさておき、魔王にポポタン以外の友達がいることに少しホッとする。
魔王が指をパチンとならすと、空中から現れたたくさんの腕が手際よくお茶を淹れてくれた。
せっかくなので湯呑を持ち上げ一口すすると、中身はなぜかチャイだった。
美味しいけど。
「……もしかして、魔王さんが日本好きなのも魔神さんの影響ですか?」
「そうかもね。魔神はすごいよ。毎日のように日本に遊びに行ってるし、知識も豊富で、この魔界を作ったときも日本を参考にしたらしいよ」
「……どの辺が?」
魔界を作ったという言葉にも驚いたが、日本神話とかでもそういう話があった気はする。
神とはそういうものなのかもしれない。
しかし、魔界は日本を参考に作られていると言うのは解せない。どこをどう参考にしたらこの仕上がりになるのか、ぜひ教えてほしいものだ。
色々なところに引っ掛かっている私を置き去りにして、魔王は饒舌に語る。
「魔神に連れられて初めて日本に行った時は感動したなあ。変わったものばっかりだし」
「そうですか?私にとっては魔界の方が変わってますが」
「サクラからすればそうかもね。
だけど、初めて自動車を見たときは驚いたよ。
日本では命がなくても物が動くんだもんね。
食べ物の種類も多くて美味しいし、お花や星も綺麗だし、本当に良いところだよね。
それに日本は、誰も僕のことを気にしないから楽でいいね」
その言葉の響きに、四畳半の茶室がシン……と静まり返ったような気がした。
私は湯呑みを持つ手を止め、隣に座る魔王の横顔をそっと見つめる。
どこか寂しそうに見えるのは、私の気のせいだろうか。
「王様ですもんね。魔界だと、魔王さん相手じゃ皆さん遠慮しちゃうんですね」
「まあ、それもあるけどね」
なんだか意味深な発言をして、魔王は喋るのをやめてしまった。
結構仲良くなったつもりでも、魔王については知らないことが多すぎる。
これ以上話すつもりはないと言わんばかりに、魔王は話題を変えてきた。
「サクラは、何かアイデアは思い浮かんだ?」
「…難しいです。
改めて考えると、私まだ清水さんのことも、よく分かってないのかもしれません」
「そう、ならそれが分かっただけ良かったね」
そうなのだろうか?
魔王の簡潔な言葉はいつも私の胸にストンと落ちてくる。
確かに、分かったような気になっていた今までよりも、自分の勘違いに気づけた分、少しは進歩しているのかもしれない。
「……なんとなく、私のやることが見えてきたかもしれません。
魔王さん、私日本に戻りますね」
湯呑の中のチャイを飲み干して、宣言する。
魔王は私を見つめて何度か瞬きをしたあと、名残惜しそうな顔で立ち上がった。
「わかった。日本まで送るね。……次来たときは、映画でも見てゆっくりしていってよ」
友達の少ない魔王は、自宅に人を招くという行為が嬉しかったのかもしれない。
帰る前から次回の約束をするのは初めてだ。
「いいですね、一緒にポップコーンも作りましょう」
「……!いいね、楽しそうだ。
キャラメル味と抹茶味のをつくりたいな」
私からも提案してみると、魔王は顔を輝かせてわかりやすく喜んでくれる。
日本への帰り道は、以前にも通ったグニャグニャのマーブル模様の通路を進む。
魔王と2人で「何の映画を観ようか」なんて話をしていると、あっという間に日本についてしまった。




