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愛の讃歌  作者: 石原裕
第四章 秘めた愛

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第4話 高井、尿道結石で入院する

 夕方五時少し前、高井は何時も通り現場の巡回に出ようと、つと席から立ち上がった。が、立った途端に猛烈な腹痛に見舞われた。一瞬のことだった。それまでに感じたことの無い激痛が下腹に差し込んで来た。下痢や食当たりなどの痛みではなかった。彼は腸が破裂したのではないかと案じた。

高井は椅子に座り込んで、じっと我慢した。だが、痛みは益々酷くなって座っても立っても居られなくなって来た。彼はフロアの床に仰向けにひっくり返った。我慢出来なくて今度は俯せになった。もはや恥も外聞も無かった。腹を抑えうんうん呻きながら、彼は文字通り七転八倒した。

見かねた部下が部長と相談した。直ぐに自社の病院への緊急搬送が手配された。

 

 担架に乗せられて病院の救急治療室へ運び込まれた高井を医師が直ぐに診察し始めた。胃の辺りから腸や下腹部にかけて手で触診し、問診を交えながら、医師は丁寧に診て行った。

「尿検査をしますから尿を排出して下さい」

だが、腹部の激痛で尿は全く出せなかった。

医師は直ぐに鎮痛薬を入れた点滴を行うよう看護師に指示した。点滴の管から一滴、一滴と液が高井の身体に入って行くに従って、十五分もすると、痛みは次第に薄らいでいき、点滴の終わった時には尿検査が可能な状態になっていた。その後、引き続いて行われたのは腹部レントゲン撮影、超音波検査、CT検査の三つだった。

一連の検査を終えた結果を医師が高井に告げた。

「腸や尿管に異常は有りません。尿道結石ですね」

「えっ、石が詰まっているんですか?」

「いや、石ではなく砂のようなものが溜まっています。これを排出しなければいけませんので、暫く入院が必要ですね」

「暫くと言いますと、どのくらいの期間になるのでしょうか?」

「この程度なら、投薬と水運動で排出するでしょうから、一週間も有れば大丈夫でしょう」

「水運動と言いますと?」

「水分を沢山摂って尿の量を増やすと共に、ジャンプや縄跳びなどの運動をして自然排石を促す療法です、明日から頑張って下さい」

それから、高井は寝台ごと病室に運ばれてベッドの上に横たえられた。

 一段落して時計を見ると八時に近かった。腹の痛みは未だ残ってはいたが、高井は信子に今日の食事を断わる電話を入れた。携帯は工場衣の胸のポケットに入っていた。

「もしもし、女将さんですか。済みません、今日は伺うことが出来ませんので・・・申し訳ありません」

「どうかなさったんですか?高井さん」

「尿道結石で入院しちゃったんですよ、会社の病院に。せっかく用意して戴いて真実に申し訳なないんですが」

 翌日の午後、早速に信子は見舞いと面会にやって来た。

「痛かったでしょう、大変でしたわね」

そう言って高井を労った後、呟くように独り言ちた。

「やっぱりうちの食事がいけなかったのかも、ね」

「いえ、そうじゃありません。自分が水を飲まなかったのが悪かったんです。朝食にコーヒー一杯、昼食にお茶を一杯、夕食には酒二本とお茶を一杯、途中には一切飲み物を摂らず、これでは水不足で尿が濃くなって石も砂も溜まりますから。医者の先生にもきつく叱られました」

 

 一週間、信子は毎日やって来た。食料や飲料は病院のもので十分だったので、下着や肌着やパジャマなどの衣料品と歯ブラシや歯磨き、タオルなどの身の回り品を買い、果物も差し入れてくれた。来ると、花瓶に花を入れ替え、病院のコインランドリーで汚れ物を洗濯してくれもした。二人は互いに心の垣根を取り払い、私的な会話を交わすようになって行った。

「高井さん、お子さんは?」

「女の子が二人です。上の娘は来年、中学に入ります。下の子は三歳年下ですから未だ未だ子供です」

「そうですか、可愛いでしょうね、女のお子さんは」

「ええ、女の子は可愛いですね。でも、自分は男の子も欲しかったのですが、なかなか思うようには行かなくて・・・家内と結婚してもう十五年近くになるんですが、その内の半分以上は単身赴任の別居生活でして、家事も育児も全て妻に任せ切り、真実に済まないと思っているんです」

それは初めて高井が信子に語った私事の断片だった。

「サラリーマンというのは渡り鳥なんですよ。辞令と言う紙切れ一枚で北海道から九州まで、いや、アメリカからヨーロッパ、中国から東南アジアまでも飛んで行くんです。ですが、自分はそれが技術屋としての使命だと思っています。己の知識と技能と経験と創意とで、世の中の、世界の、人類の、未来に貢献する新しいものを創り出して行く、それが技術屋たる者の使命だと思っているんです。一カ所に居続けたのでは、其処に在る技術に関わるものしか創り出すことは出来ません。身勝手だと謗られるかも知れませんが・・・」

日頃寡黙な高井がこの日は驚くほど能弁だった。信子は、彼が漸く自分に心を許してくれていることを確信して、この上なく嬉しくなった。


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