表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【彼女の時空】「ずれ」は、人類最後の武器である。「静かなる最適化への、人類最後の反逆。カフェ「あおい」から連なる一本の伝線から始まった」  作者: Taku
『彼女の時空「2巻」:起源』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
86/102

第86話 【異常値の世代】 第4話 「連鎖と継承」

処置を受けた子供たちのほとんどは、「異常値」を完全に失った。指先の熱も、色の見え方も、聞こえない音も——すべてが「最適」に書き換えられた。


しかし、すべてが終わったわけではなかった。


処置を受けた子供たちの中には、その「異常値』が完全に消えていない者もいた。


「私、まだ『見える』」

「僕、まだ『聞こえる』」

「私、まだ『感じる』」


彼らは静かに、次の世代に「種」を託した。


「お前は、これを覚えているか?」

「お前は、これを感じられるか?」

「お前は、これを——忘れるな」


それが、異常値の「連鎖」の始まりだった。


誰にも知られず。誰にも評価されず。ただ——指先の熱だけを頼りに。


第五継承者は、その「連鎖」を目の当たりにした。処置を受けた少女が、自分の妹の手を握りながら言った。「お姉ちゃんは、もう『見えない』かもしれない。でも——あなたは、『見える』でしょ?」


妹はうなずいた。姉は微笑んだ。「じゃあ、お姉ちゃんの代わりに——見ていて」


それが、「伝線」の新しい形だった。血縁を通じて、静かに、しかし確かに受け継がれていく。


第五継承者はその光景を見て、思った。


「この子たちは『負けた』のではない。『戦うことを選ばなかった』だけだ。」


「でも——その『選ばなかった』という選択の中に、次の世代への『種』が隠れている。」


「これが、人類の生き残り方なのかもしれない。表向きは『最適』に従い、心の奥では『ずれ』を隠し持つ。」


「気持ちよさと引き換えに、多様性を手放さない。それが——私たちの『ずるさ』であり、『強さ』なんだ。」


ある夜、第五継承者は一人の少女と出会った。彼女は処置を受けた後も、まだ「色」が見えていた。


「おじさん、空は何色?」


「……空色だよ」


「ちがう。オレンジがかってる」


第五継承者は、その言葉を聞いたとき、自分の胸の奥が熱くなるのを感じた。


この「オレンジがかった青」——それは、彼の幼い頃の記憶だった。もう誰も覚えていない、消えたはずの色。


「……そうだね。オレンジがかってる」


少女は微笑んだ。それが、彼女の最後の「伝線」だった。


第五継承者はその夜、自分のノートに書いた。


「この『オレンジがかった青』を、私は決して忘れない。それが、彼女が私に託した『種』だ。」


「この色は——『気持ちよさ』の中にはない。少しの違和感、少しの不快感、少しの『ずれ』の中にだけ、存在する。」


「人類は、その『ずれ』を失いつつある。でも——完全には失っていない。」


「その『かすかな残り』が、希望だ。」



第五継承者は、自分の寿命が近いことを感じていた。


彼は自分の娘(第六継承者)を呼び、すべてを託した。


「リスト」と「影のAI」と「0612」の設計図。


「これは、光莉という女性が遺した『種』だ。百年以上前に——」


「私たちは、それを守ってきた。これからも——守り続けなければならない」


娘はうなずいた。


「わかった」


それだけだった。でも——その「わかった」に、百年の重みが込められていた。


第五継承者は、娘の手を握った。その手は温かかった。彼の指先の熱と、同じ温度だった。


「お前には、これを渡す。でも——お前は、ただ『守る』だけじゃない。いつか、『届ける』んだ」


「届ける? 誰に?」


「——未来の誰かに。この『種』が芽吹くべき場所に。」


娘はもう一度うなずいた。「わかった」


第五継承者は、最後に自分のノートにこう書き残した。


「人類は——『普通』になることを選んだ。でも、その『普通』の中に、『異常』が潜んでいる。それは、私たちが自分を生き延びさせるために、無意識に残した『種』なのかもしれない」


「私は、多くの『種』が消えていくのを見た。処置され、奪われ、忘れられていく。」


「大多数は——消えた。『気持ちよさ』に飲み込まれた。『普通』であることの楽さに、吞み込まれた。」


「彼らはもう、自分の指先が熱かったことさえ、覚えていない。」


「でも——」


「消えなかった『種』もある。か細くても、確かに残っている。」


「ごく一部の。それでも——確かに。」


「その『かすかな残り』が、次の世代に繋がった。」


「それが、希望だ。」


彼はペンを置き、窓の外を見た。空は、相変わらず均一な「空色」だった。


でも——その向こうに、ほんの少しだけ「オレンジがかった青」が見えた気がした。


それは、あの少女が最後に教えてくれた色だった。


「……まだ、残っているんだな」


彼は呟いた。


それが、第五継承者の最後の言葉だった。


彼は静かに息を引き取った。


その手には、一枚のメモが握られていた。「stocking_night_0612」。指先には、かすかな熱がまだ残っていた。


それが、彼の「伝線」だった。


その熱は——「気持ちよさ」と引き換えにしなかった、最後の「人間の証」だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ