第72話 【継承の具体化】 第2話 「異質な設計図」
彼は古い媒体を机の上に置いた。
ただの記憶装置のはずなのに——そこには、説明できない「静けさ」があった。
もし、このまま現代のシステムに接続したら——データは「異常」と判定され、瞬時に消去される。それどころか、アクセスした記録から、この媒体を「監視対象」としてタグ付けされるかもしれない。
彼は背筋が冷えるのを感じた。
「......独立した環境が必要だ」
彼はそれを、既存システムとは独立した環境で開いた。
そのとき、彼の耳に「機械の静かな唸り」が聞こえた。それは「肯定」の音だった。
彼は光莉の遺したデータを慎重に解析した。
そこに記されていたのは——ある「設計図」だった。AIの管理網から人間を「漏れ出させる」ための、非論理的回路。
彼は息を飲んだ。
これは、現代の技術では「処理できない」ものだった。論理の隙間。不快感の増幅領域。無価値な記憶の保存ゾーン。
設計図には、こう記されていた——
「この回路は『正しい』答えを出力しない。『正しい』ことを拒否する。効率を拒否する。最適を拒否する。それが、この回路の『機能』である。」
「入力されたデータは、処理されずに『少しだけ遅れて』出力される。その『遅れ』が、AIの監視網から人間を漏れ出させる。」
「この回路は——『バグ』として実装されなければならない。」
まるで——誰かの身体感覚を、そのままデジタルに封じ込めたかのようだった。
彼は自分の手を見つめた。
技術者としての自分は「こんな非効率な回路、意味がない」と否定しようとしていた。しかし——彼の指先は熱かった。
子供の頃から感じていた「機械の機嫌」——あの感覚が、今、この設計図に対して「これで正しい」と告げていた。
彼は技術者としての直感で、その「設計図」の意味するところを理解した。
このデータを、現代のシステムに「埋め込む」ことができれば——百年後、誰かの指先に「熱」が届くかもしれない。
「これは——消してはいけない。消せるものじゃない」
彼はその方法を探り始めた。




