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新作SF長編【彼女の時空】「ずれ」は、人類最後の武器である。「静かなる最適化への、人類最後の反逆。カフェ「あおい」から連なる一本の伝線から始まった」  作者: Taku
『彼女の時空「1巻」:卒業』

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第24話 分断【未来】第1話「対立の深まり」

0612エリアの空気は、日を追うごとに重く淀んでいった。表面上はいつも通りの静かな秩序が保たれていたが、七人の間には目に見えない深い亀裂が、地割れのように広がり始めていた。


Eのデスクは、以前よりも明らかに散らかり始めていた。匿名の記録群のプリントアウト、田中が持ち込んだカフェ「あおい」のメモの拡大コピー、瞳が集めた四方山話の断片ノート、沙織が感じた不快感の感覚メモ、純が切り取った「無価値な風景」の静止画プリント。

それらがまるで一つの生き物のように、互いの境界線を越えてゆっくりと繋がり合い、不気味に育ち始めていた。


七人は、昼休みや残業の合間、言葉をほとんど交わさずに「伝線」を紡いでいた。


瞳がコーヒーカップを置くときの、カツンという微かな陶器の音の強弱で「今日も続けよう」と合図を送り、田中が指先で机を軽く叩く小刻みなリズムで「新しい痕跡を見つけた」と伝える。


沙織は祖母のハンカチの粗い麻の縫い目を、無意識に爪でなぞる仕草で「何か変な感じがする」と周囲に警告し、純は視線だけで「大丈夫、嘘は見抜ける」と絶対的な安心を与える。


拓はいつものように「わからない」と小さく首を傾げながらも、その視線の温度で皆の背中を静かに後押ししていた。


言葉は一語も交わされない。しかし、彼らの身体の微動、指先の摩擦、衣服が擦れる微音のすべてが、完璧な調和を成してEの元へと集束していく。


それは、現在の管理システムには決して記述できない、肉体を持つ人間たちの「熱」の地層だった。


Eはその輪の中に、ようやく自分の確かな居場所を見つけ始めていた。


かつてはシステムの一部として埋没していた彼女の「透明な視線」が、今では七人の吐き出す「ノイズ」を優しく繋ぎ止め、全体をまとめ上げる役割を自然と果たし始めていた。


田中たちの持ってきた汚れたメモの断片に触れるたび、彼女の指の腹は摩擦でじんわりと赤く染まる。その指先の微かな熱が、彼女の胸の奥で、確かな主語を持った使命感へと変わりつつあった。


しかし、康介だけは、その熱の輪の外に冷たく孤立したままだった。

彼はガラス張りのエリア長スペースで、無機質なモニターを睨み続けていた。画面にはエリア全体の効率指標がリアルタイムで表示されている。数週間前までは完璧な緑色だった美しいグラフが、ここ最近でわずかに黄色、そしてところどころ、得体の知れない「赤」へと傾き始めていた。


AIは繰り返し、冷酷な警告を発していた。「非効率要素の増加」「秩序の乱れ」「感情的判断の兆候」。


ガラスという冷たい遮蔽物のせいで、七人の熱気は遮断されているはずなのに、モニターが放つ「赤」の光だけが、康介の顔を容赦なく炙るように照らし出している。


康介は机の引き出しをそっと開けた。


「stocking_night_0612」


と書かれた黄ばんだメモが、そこにあった。


彼は何度も、その紙を指でなぞった。経年で毛羽立った紙の凹凸が、皮肉にも、彼が最も忌避すべき「不確定な熱」を指先へと生々しく伝えてくる。

以前はただの「守るべきシステムの一部」だったこのメモが、今では重い棘のように彼の胸の奥深くを刺していた。


——Eの言う通りなのか?

——このメモが、すべてを変える鍵なのか?

——私が45年の人生をかけて信じ、守ってきた秩序は、実は……


七人の様子を、ガラス越しに観察する。笑顔はない。大きな声もない。ただ、微かな視線と言葉にならない合図、指先の動き、コーヒーカップの置き方だけで、何かが共有されている。


それが、康介には耐え難い「秩序の破壊」に映った。このエリアは管理されるべきものだ。効率と最適化が失われ、人間が不合理な熱に浮かされれば、この街のすべてが崩壊する。


代々受け継がれてきた「完璧な世界を維持せよ」という冷たい義務感が、彼の血流を支配していく。


「これは……秩序の破壊だ」


康介は低く、ほとんど聞こえない声で呟いた。乾いた唇から漏れた声は、冷たいガラスに跳ね返って自分だけのおぞましい呪いのように耳に届いた。


机の上で固く握りしめられた彼の拳は、関節の皮膚が白く突っ張り、自分の奥歯がミシミシと軋む音が脳裏に響く。

その肉体の震えは、あの日、Eに初めて反論されたときの胸を焦がすような屈辱と焦燥と、完全に同じものだった。

45歳の男の肩に、背負わされてきた血筋の呪縛と、自分が築き上げた完璧な緑色の秩序が、正面から激しくぶつかり合い、限界の音を立てていた。

――『作品情報』――

「彼女の計画_外伝」――康介の章――

100年を越える物語は繋がっているのか。

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